第182話 お代は結構です。良いものを見せてもらいましたから

 ランチミーティングを済ませると、ライトはすぐに結界を展開することにした。


「【祈結界プレイバリア】」


 その瞬間、ロアノークノブルスに描かれた陣に流し込まれた聖水が神聖な光を放ち、その光が円形に広がっていく。


「なんと神々しい」


「綺麗」


「芸術」


 結界が展開される様子を見て、ディートリヒとメイリン、ザックが感想を漏らした。


 イルミは昼にたっぷり食べたおかげでウトウトしており、神聖なイベントを台無しにしているが誰もツッコんだりはしない。


 結界の展開が終わると、ライトを心配してヒルダが駆け寄った。


「ライト、お疲れ様。MPは大丈夫?」


「鍛えたから問題ないよ。MPストックもあるし」


 <超回復>のおかげで、ライトのMPは日々増え続けている。


 それに加え、今となってはダーインスレイヴのMPストックも上手に使いこなせるようになっているおかげで、1回結界を張った程度ではライトも大して消耗しなくなっていた。


「ライト様、結界を張っていただき誠にありがとうございました。こちらがお約束の代金200万ニブラでございます。お確かめ下さい」


 ディートリヒが金貨200枚の入った袋を差し出すと、ライトはまともに数えるのが手間なので<鑑定>で金貨の枚数を確かめた。


「確かに受け取りました」


「あの、実はもう1つだけお願いがあるのですが聞いていただけないでしょうか?」


 ライトが結界を張ってもかなりの余力を残しているとわかり、ディートリヒは本来は口にする予定ではなかった依頼に触れた。


「内容次第ですね。すぐにできることであれば構いませんが、時間がかかるようであればこの後のスケジュールが詰まってますのでご期待に添えません」


 パッと解決できる類の頼みであれば良いが、解決までに数時間かかるとなれば話が変わって来る。


 それゆえ、まずは聞いてみないと判断できない。


 自分のスタンスをライトが明らかにすると、ディートリヒは当然だと頷いた。


「それは勿論です。無理を言う訳には参りません。頼みとはとある呪武器カースウエポンの処分です。一度屋敷の中に戻りましょう」


 ディートリヒに先導され、ライト達は庭から屋敷の応接室へと移動した。


 応接室に着くと、そのすぐ後に屋敷の使用人が頑丈な箱を持って来た。


「ロアノーク子爵、これがその呪武器カースウエポンですか?」


「その通りでございます。私の妻が相打ちとなって倒したアンデッドがドロップした物です」


「拝見します」


 教会学校に通っていた頃、ライトはザックから自分の母がアンデッドと刺し違えたことを聞いていた。


 知っていたおかげで、動揺することなくライトは箱に手を伸ばせた。


 箱の蓋を外すと、その中には悪魔の翼を模った片刃の大剣が治められていた。


 ライトはすぐに<鑑定>を使い、呪武器カースウエポンについて調べ始めた。


 (デビルウイングって見たまんまじゃん)


 デビルウイングという大剣は、攻撃した相手のLUKの能力値を奪って1分間だけ使用者にその分だけ上乗せする。


 そのデメリットとして、この大剣を使用するとアンデッドからのヘイトを一身に背負って襲われてしまう。


 つまり、一時的にLUKが上がる呪武器カースウエポンのくせに、使用者がアンデッドに集中砲火される不運ハードラックダンスってしまうことを強要される武器だということだ。


 戦闘狂ならば垂涎の呪武器カースウエポンかもしれないが、まともな神経を持つ者ならば手元に置いておきたくはないだろう。


「失礼ですが、こんな武器なんでとっておいたんですか? しかも、瘴気を纏ってないですから、市販の聖水で清めた布で拭いたんじゃないですか?」


「流石はライト様ですね。この大剣、元はと言えば妻のものだったんです。アンデッドと刺し違えた時、妻の大剣が呪武器カースウエポンになってしまいました。妻はあまり物を持たないタイプだったので、形見として残る数少ない物を捨てるに捨てられなかったんですよ」


「そんな事情があったんですね。それでも今日処分を僕に依頼したのは、呪信旅団を警戒してのことでしょうか?」


「おっしゃる通りです。使わないで保管してると、呪信旅団に狙われる恐れがありますからね。盗まれる前にどうにかしなければならないでしょう」


「そうですね。盗まれる前に処分するという判断は賢明だと思います。やってよろしいでしょうか?」


「お願いします」


 ディートリヒが頭を下げると、ライトはすぐに技名を唱えた。


「【聖付与ホーリーエンチャント】」


 その瞬間、悪魔の翼を模った大剣が銀色の片刃の大剣へと変わった。


 ただし、それはただの大剣ではなかった。


 柄の部分に3つの穴が開いており、握る際に指で塞げるようになっていたのだ。


 聖銀ミスリル製の呪武器カースウエポンならば、北欧神話に載っている名前を持つ物の可能性が高い。


 それゆえ、ライトはすぐに<鑑定>を発動した。


 (ギャラルホルンって角笛じゃなかったっけ?)


 <鑑定>の結果、【聖付与ホーリーエンチャント】によって強化された大剣がギャラルホルンになっていたことがわかった。


 その効果はダーインスレイヴやグラム程ではなかったが、ナグルファルやフリングホルニ並みではあった。


 穴を塞いで握るとSTRが10%上昇するが、塞がずに振るとアンデッドが嫌がって動きを止める音が鳴る。


 塞がない穴の数が多い程、効果範囲は広がるようになっていた。


 その代償として、戦闘中はアンデッドからのヘイトを稼ぎやすくなる。


 デビルウイングだった時よりも効果は使い勝手が良くなり、デメリットは緩和されたと言えよう。


「ロアノーク子爵、おめでとうございます。奥様の形見が聖銀ミスリル製の呪武器カースウエポンのギャラルホルンに強化されました」


「本当ですか!?」


「本当ですとも。<鑑定>で確認したので間違いありません」


「あっ、いえ、決してライト様を疑うつもりがあったわけではございません。まさか、妻の形見が私達の新たな力になってくれるとは思っておりませんでして・・・」


 予想外の結果になったせいで、ディートリヒは現実をすぐに受け止められないようだった。


 そんな父親ディートリヒとは逆に、ザックはギャラルホルンを手に取った。


「父上、使う」


「ザックが使うのかい?」


「諾。母上の意思、俺が継ぐ」


 ザックにしては長めに喋ったため、ライトは珍しい物を見た気分になった。


 だが、その感想は失礼だとすぐに思い直して頭を横に振った。


「私は大剣を使わないから構わないが、ザックは使えるのかい?」


無問題モーマンタイ


 なんで中国語とツッコみそうになったが、ライトはそれをグッと堪えた。


 そして、ザックの意思を尊重してフォローを入れた。


「ロアノーク子爵、ザックであればきっと使いこなせるはずです。彼は普段この大剣よりも扱いが難しい両剣ドボルザークを使ってますから。それに、母親の意思を継ぐってザックが意思表示を明確にするのは滅多にないことですから、任せてみてはどうでしょうか?」


「・・・ザック、使えるんだね?」


「諾」


 ザックとディートリヒが数秒間見つめ合うと、先に頷いたのはディートリヒだった。


「わかりました。ギャラルホルンはザックに託しましょう。妻が天国からザックを見守ってくれるに違いありませんから」


「ええ。きっと見守ってくれてますよ」


 ライトは笑顔でディートリヒの解釈を肯定した。


「ありがとうございます。それで、ギャラルホルンのお代ですがいくらお支払いすればよろしいでしょうか?」


「お代は結構です。良いものを見せてもらいましたから」


「い、良いんですか?」


「構いません。奥様の代わりに僕からの贈り物とさせていただきます。ザック、大事に使ってね」


「感謝。有事、連絡希望」


「ありがとう。困った時は相談させてもらうよ。では、ロアノーク子爵、スケジュールが詰まってるのでこれにて失礼します」


「結界のこと、妻の形見のこと、誠にありがとうございました!」


「「感謝」」


 ライト達はロアノーク一家に見送られ、次の依頼先へと出発した。


 蜥蜴車リザードカーが走り出してからしばらくして、ヒルダはライトに訊ねた。


「ライト、無償で渡して本当に良かったの? あれ、とっても貴重だったんじゃない?」


「良いんだよ。あの場で言った通り、あそこで報酬を貰うのは違うと思ったんだ。それに・・・」


「それに?」


「イルミ姉ちゃんがガッツリご馳走になっちゃったから、せめてもの恩返しにあれぐらいはしないとと思って」


「あぁ・・・」


 知り合いの貴族の家でご馳走になったとはいえ、イルミは常識の範囲を軽く通り越した量の食事を取ってしまった。


 そう考えれば、ライトが無償でギャラルホルンを託したことにヒルダも納得できた。


 目の前でぐっすり寝ているイルミを見て、ライトはヴェータライトのデメリットを真剣にどうにかせねばと思うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る