第180話 信じられるか? イルミが空を駆けるんだ

 屋敷に戻って来たライトとヒルダは、護国会議の結果を報告するためにパーシーの執務室に行った。


 そこにはエリザベスもおり、報告が二度手間にならずに済むとわかってライトの気持ちが楽になった。


「「おかえり、ライト、ヒルダちゃん」」


「ただいま戻りました」


「戻りました」


「護国会議は長引いたようだけど大丈夫だったかい?」


「すごい疲れました。会議は短く済ませたいものです。押し付けられた会議なら尚更です」


 パーシーから労いの言葉をかけられると、ライトは内容の濃い会議に参加しなければいけなくなった元凶パーシーに皮肉を込めた感想を述べた。


 ライトの皮肉に耳が痛い様子のパーシーだったが、どうにかライトから向けられるジト目に打ち勝って報告を促した。


 全ての報告が終わると、エリザベスがライトとヒルダの頭を撫でた。


「性悪女から爵位を剥奪させて、乞食堅物男を撃退したなんてとても立派な戦果じゃない。よくやったわね」


「はい! ありがとうございます、お義母様!」


「えっ、母様が注目するのはそこですか?」


「そこ以外だったら、ギルバート君が次期ドゥネイル公爵家になったことかしら?」


 (母様の中だと、護国会議で話し合った中身よりもあの2人を蹴散らしたことの方が重要なのか)


 なんて過激な母親だろうかとライトが思うのも無理もない。


「次のドゥネイル公爵がギルバート君なのは、俺達にとって都合が良い。ネチネチしてない好青年だからね」


 ギルバートが次期ドゥネイル公爵だとわかると、パーシーもホッとした様子だった。


 パーシーとエリザベスがどれだけグロアを嫌っていたのか、ライトはこのやりとりでよくわかった。


「問題があるとすれば、呪信旅団がグロアを脱走させたことですね」


 既に爵位を剥奪されており、敬いたいという気持ちは微塵も感じなかったのでライトは呼び捨てである。


「そうだね。ライトへの逆恨みは相当なものだから、呪信旅団で匿われてて力を手に入れたら厄介かもしれない」


「それなら私が燃やすわ。私、あの女なら上手に焼ける気がするの」


 (上手でも下手でも燃やすことに変わりはないんだよなぁ)


 エリザベスの過激な発言を耳にして、ライトの顔は若干引き攣っている。


 焼くことから話題を変えるべく、ライトはまだ報告していない内容を口にした。


「そういえば、帰る途中に呪信旅団のパーティーと遭遇しましたが、ヒルダとアンジェラが僕を守ってくれました。1人死亡、5人捕縛という結果で、今はアンジェラに預けてます」


「ヒルダちゃん、ライトを守ってくれたのね。ありがとう」


「ライトの未来の妻として当然のことをしたまでです」


 エリザベスがヒルダを抱き締めてお礼を言うと、ヒルダは得意そうに言葉を返した。


 そんな仲の良い嫁姑を放置して、パーシーは表情を険しくした。


「これはダーインクラブも見回りを強化しないといけないな。結界はアンデッドから守ってくれても、呪信旅団からは守ってくれないんだから」


「そうですね。とりあえず、アンジェラが尋問して情報を引き出してくれるのを待ちましょう」


「そうだな。アンジェラは変態だけど優秀だ。今までにない情報を得られることを期待しよう」


 パーシーからもしっかり変態認定されているアンジェラだが、今は尋問、もとい拷問中である。


 変態による拷問なんて、ぞっとする。


 少なくとも、ライトはアンジェラが自分に対して強硬手段を取らないでいてくれることに感謝しているのは間違いない。


「それはそれとして、以前から着々と準備してた件ですが、そろそろ本腰を入れてやりましょう」


「雇用の創出のことかい?」


「はい。順番としては、道を石畳にする作業の後に乗り合い蜥蜴車リザードカーの導入です。石畳にする作業は、他所から移住してきて職がない者を中心に仕事を与えましょう。これでかなりの者がしばらくは安定した収入を得られるはずです」


「わかった。セバスに指示を出しておくよ」


 パーシーが決裁を下ろしたことで、領民が確実に増えているダーインクラブは治安が悪化することのないようにコントロールされるのは間違いなくなった。


「それと、結界の件で補足なのですが」


「言ってごらん」


「結界の価格設定も済みましたから、今後は常識に則った依頼が来ると思います。そうすると、僕があっちこっち行く必要があるのですが構いませんか?」


「ライトを代理として送り出したのは俺だ。そこはライトの意思を尊重するよ」


「ありがとうございます」


「お義父様、ご安心下さい。私がライトに同行しますから」


「そうだね。ヒルダちゃんがいれば安心だ。ライトを頼むよ」


「はい!」


 これでライトはヒルダと一緒に大陸中を旅することになる。


 もっとも、それは相手側の準備もあるのですぐにという訳ではないし、アンジェラが御者として同伴するから2人きりの旅になることはないのだが。


 その時だった。


「その話、ちょっと待った~!」


 イルミがノックもせずに執務室に飛び込んで来た。


「イルミ姉ちゃん、ノックぐらいしようよ」


「お姉ちゃんは過去を振り返らないんだよ」


「いや、振り返ろうよ。身内としてすごい恥ずかしいから」


「後で反省するよ。そんなことより、ライトとヒルダが旅に出るんでしょ?」


 (イルミ姉ちゃんの嗅覚恐るべし)


 護国会議なんてイルミには縁遠い話だったので、報告に立ち会うことはないとライトは油断していた。


 それゆえ、普通の声の大きさでいずれ旅に出る可能性があることをライトは報告した訳だが、イルミはそれを察知して執務室までやって来たのだから恐ろしい。


 イルミが一緒に来ると、面倒事も漏れなく付いてきそうだからライトは諦めてもらえるように頭を回した。


「面白くなんてないよ。ただ依頼を受けて結界を張りに行くだけだよ。イルミ姉ちゃんのことだから、ドゥラスロールハートで見て飽きたでしょ?」


「そうだよイルミ。結界を張る作業は退屈だよ?」


 ヒルダもイルミにライトといる時間を邪魔されたくないので、ライトを援護する。


 だが、ちょっと待ってほしい。


 イルミがライトについて行くのは面白いからだけではない。


「でも、その間お姉ちゃんはライトの作るご飯が食べられないんだよね?」


 (しまった。食欲お化けの方が解決できてなかった)


「ちゃんと作り置きを残して行くよ」


「お姉ちゃんは出来立てが食べたい。異論は認めない」


 (暴君かよ。いや、暴君だな)


「出来立てって言っても、結局は<道具箱アイテムボックス>に作り置きを入れておくだけだよ? それに、依頼を受けた領地では現地のものを食べるから僕の料理じゃないよ?」


「私は一向に構わない」


 全く退かないイルミを見て、パーシーが助け舟を出した。


「ライト、イルミを連れていってくれないか?」


「え゛?」


「ライトと一緒にいないと、イルミが呪武器カースウエポンを使った後に適切な処置ができる者がいないんだ」


「そうだよ。お姉ちゃんにはライトが必要なんだよ」


「イルミ、それは得意気に言えることじゃないから」


 駄目な方向に自信満々なイルミを見て、ヒルダはすかさずツッコミを入れる。


「それに、ライトが襲われた時、イルミは立派な戦力になるだろ?」


「ライト襲われたの? 大丈夫。お姉ちゃんに任せてくれればもう安心」


 (やってくれたな父様)


 イルミが更に調子づいてしまったため、ライトはパーシーになんてことをしてくれたんだと恨みがましい視線を向けた。


 だが、それと同時にパーシーがどうしてイルミを自分に押し付けたがるのか気になった。


 自分がいなかった間に、何かがあったに違いない。


 では何があったのかというところまで思考を巡らせると、ライトは1つの答えに辿り着いた。


「さては父様、イルミ姉ちゃんに模擬戦で負けましたね?」


「信じられるか? イルミが空を駆けるんだ」


「負けて悔しいから、僕達にイルミ姉ちゃんを預けてその間に鍛えるんですね?」


「俺が考えてることを言い当てたな!? とんでもない洞察力だ!」


「パーシー、貴方わかりやすいわよ。ライトじゃなくてもわかるわ」


「なん・・・だと・・・」


 エリザベスから援護どころか追い打ちをかけられ、パーシーは打ちひしがれた。


 しょぼんとするパーシーをスルーして、エリザベスはライトの方を向いた。


「真面目な話、イルミがパーシーに模擬戦を強請るとパーシーの仕事が滞るのよ」


 (厄介払いですね、わかります)


 結局、多数決でイルミはライト達が外出する時に同伴することが決定した。


 ライトとヒルダががっくりと肩を落としたのは言うまでもない。

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