第177話 そんなに血を見たいの?
アンジェラ以外の参加者が着席すると、会議が再開された。
「最後の議題ね。人口の減少対策だけど、資料にもある通りここ5年ぐらいはかなり減少のペースが緩やかになってるわ。これはライト君のおかげね」
「それは良かったです。でも、あくまでペースが減少しただけで、減ってることに変わりはないんですよね?」
「残念ながらその通りよ。ライト君のおかげで、今までなら治療できずに亡くなってた者達を助けられた。だけど、ライト君は1人しかいないから、病気や怪我で亡くなる人を0にすることは極めて難しいわ」
それは当然のことだと言えよう。
いくらライトでも、全ての領地に分身体を配置するなんて神の御業はできない。
そうなれば、どうしても治療が間に合わない者だって存在する。
「ヘレンさん、私から提案してもよろしいでしょうか?」
「ジェシカさん、何かあるなら言ってちょうだい」
「亡くなる者をこれ以上減らせないのならば、増やすことに力を入れましょう。私からの提案は2つです。1つ目は三兄弟政策です。夫婦には子供を最低3人以上作ってもらうことを義務とする政策です」
(一人っ子政策の逆ってことか)
前世で数が増え過ぎた人口大国が、その人口増加を抑えるためにそんな政策を行っていたことをライトは思い出した。
「3人以上の子作りを義務化すれば、両親が亡くなっても収支はプラス1ということね?」
「その通りです。ただし、こちらにはそれを養うだけの財力が必要になるので、一朝一夕では実現できないと思いますが」
「そうね。制度を教会が用意するにも、子供を産んで養えるだけの稼ぎがなければ人口は増えないわ。雇用を生み出すところから始めなければならないわね」
「残念ながら、私もどうやって雇用を生み出すかまでは考えつきませんでした。日雇いの仕事だけでは不安定で意味がありません。ですから、雇用を生み出す方法を皆さんと話し合いたいです」
ジェシカが1人でここまで考えたとしたら、その頭脳は大したものだと言えよう。
普通の考えならば、死亡数が多いならばそれ以上に子供を増やせば良いというところで思考が停止する。
子供を増やすにはどうすれば良いか。
そこまで考えられる者の方が少ないのが現状だ。
しかし、ジェシカは子供を増やすためには何が阻害要因となっているか考え、その原因を取り除く策も良いアイディアは出せなかったが考える所まで至った。
そして、自分だけで答えを出すことに拘らず、最高機関である護国会議でそれを相談できるだけ非凡である。
(ヘル様も子供を増やせる環境を作れって言ってたっけ)
ジェシカの提案から、ライトはヘルと対面した時に言われたことを思い出した。
ライトもライトなりに、雇用を増やすためにどうすれば良いか考えていたので、この場にいる者達の意見を聞くついでに話してみることにした。
「僕からの案ですが、領地の基盤を整備するのはどうでしょうか?」
「ライト君、具体的には何をするんですか?」
ライトなら何か良いアイディアを出してくれる気がしていたので、ジェシカは期待して先を促した。
「道の整備、乗り合い
「道の整備はイメージしやすいからわかります。ですが、残り2つがよくわかりません。もっと細かく教えて下さい」
「乗り合い
「数さえ確保できれば、領地内の人の動きがスムーズになりそうですね」
ジェシカはライトの説明でイメージできるようになったらしく、脳内で交通の便が良くなったドゥネイルスペードを思い浮かべていた。
そこから派生して、あれやこれができるのではないかと思いつくことがあったようで、ジェシカはすっかり自分の世界に入ってしまった。
そんなジェシカを放置して、ヒルダはライトに疑問をぶつけた。
「ライト、学習塾って前に話してくれたこと?」
「その通り。残念なことに、ヘルハイル教皇国でちゃんとした教育を受けられるのはセイントジョーカーの教会学校だけです。しかし、校長不在で休校になってますから、いっそのこと各々の領地で学校より規模は小さくなるけれど学習塾を開けば人材育成に繋がりますし、教員や事務員を雇えます」
ライトの説明を聞いていたヘレンは、その内容をしっかりと理解したうえで口を開いた。
「・・・ライト君、貴方やっぱり11歳じゃないわ」
「僕はまだ11歳です。今月12歳になりますけど」
「信じたくないけど本当なのよね」
「僕は11歳です。いい加減信じて下さい」
年齢詐称疑惑が未だに晴れないので、ライトはヘレンにジト目を向けた。
「ごめんなさいね。わかってはいるんだけど、どうしても考え方が11歳に思えなくて」
「ヘレンさん、ライトはまだ11歳です。そのせいで、私がこれから先どれだけ我慢することになるか想像できますか?」
「・・・そうね。そうなのよね」
ヒルダの言葉を聞いた瞬間、ヘレンはヒルダに同情的な視線を向けた。
ヘルハイル教皇国での結婚は、例外を除いて両者が15歳以上になってからだ。
今年、ヒルダが15歳になったとしても、ライトがまだ12歳だから結婚するまで3年かかる。
気分的にはライトの妻でいるヒルダも、残念なことに正式に籍を入れられていないのでとても歯がゆいのだ。
ヒルダがライトをどれだけ愛しているのか理解しているため、ヘレンがヒルダに同情的な視線を向けた訳である。
この時になってようやく、ジェシカが自分の世界から戻って来た。
ジェシカに話しかけても問題ないとわかると、ヘレンは2つ目の提案を訊き出すことにした。
「ジェシカさん、少し脱線してしまったけれど、2つ目の提案を教えてもらえないかしら?」
「そうでした。人口を増やす2つ目の方法は、一夫多妻制の導入です」
(そんなに血を見たいの?)
ジェシカが言ってのけた時、ライトは心の中でジト目になっていた。
新学期が始まってすぐ、アルバスがジェシカの企みを自分に教えてくれていたおかげで、ライトはジェシカの今の発言に驚くことはなかった。
無論、遂に言ってしまったかという気持ちはあったが。
ジェシカにどんな意図があるかしらないので、ヘレンは真剣に自分の認識が合っているか確認した。
「それはつまり、三兄弟政策とは別に、男性が複数の女性を娶って子供を増やすということ?」
「その認識で合ってます。貴族であれば、跡継ぎを残すことは必要です。それならば、貴族から導入するのは前者よりもハードルは低いと考えております」
ジェシカが完全に自分を狙っていると悟ると、ライトはヒルダがキレる前に口を開いた。
「僕はそれには反対です」
「ライト君、どうしてですか?」
「人口を増やすことで真に求められることは、一般階級層の人口を増やすことです。税金を徴収する貴族の数だけ増やしても、下手をすればその領地の税が上がって一般階級層の人口が減る恐れがあります」
「それは否定できないわね。もしも搾取なんてことになれば、子供1人を養うので精一杯なんてことになるかもしれないわ。貴族を何もせずとも豪遊できる特権階級だと勘違いした馬鹿はいつの世にもいるもの。そんな馬鹿の治める土地に住まう者達がかわいそうな目に遭うことは避けたいわね」
(叔母様、ナイスフォローだよ!)
実際のところ、ヘレンにライトをフォローするつもりはなかったのだが、ライトの反論が実際に起こりそうだと思えたのでそう言ったまでだ。
「ですが、アンデッドとの種の生存をかけた戦いで貴族も戦場に赴きます。跡取りは多い方がよくありませんか? もしかしたら、親が優秀なスキルを会得してた場合、子供が多ければそれを引き継ぐ可能性だって増えるはずです」
完全にライトをロックオンした発言である。
ここまで言えば、この場にいてジェシカの発言の意図を察することのできない程鈍感な者は存在しない。
ヒルダが立ち上がって反論しようとしたその時、ライトはそれを手で制してジェシカにニッコリと笑った。
「僕に関して言えば、ヒルダに愛を注ぐだけでいっぱいいっぱいです。2人目を考えられる余裕なんてありません」
「ライト!」
ライトに結婚するのは自分だけと言ってもらえたヒルダは幸せな気持ちで満たされ、立ち上がってライトに抱き着いた。
その一方、ジェシカはライトに脈がないとわかると歯を食いしばった。
「ジェシカさん、ライト君の遺伝子を受け継ぐ子はヒルダちゃんに任せた方が良いわ」
「・・・」
ヘレンの駄目押しにより、ジェシカの目の前が真っ暗になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます