第176話 地図を持ち歩いてるはずないでしょ? 今から書き起こすわね
ジェシカが結界を張ってほしいと意思表示すれば、ライトにそれを拒むつもりはない。
「わかりました。ドゥネイルスペードの地図はありますか?」
「そう言われると思ってここに用意してます。どうぞ」
準備は万端だと言わんばかりに地図を取り出し、ジェシカはライトにそれを渡した。
(ドゥネイルスペードは台形なのか・・・)
受け取った地図を確認すると、ライトはジェシカに訊ねた。
「ジェシカさん、ここに書き込んでも構いませんか?」
「ええ、構いませんよ。書き込んでも構わないように模写させたものですから」
「わかりました」
加筆して良いと言質を取ると、ライトはどの道に溝を掘れば良いのか細かく指示を書き加えた。
「この指示通りに溝を掘り、それを満たせるだけの聖水を用意して下さい。そこまでできたら、僕が結界を張りましょう」
「ありがとうございます。結界に値段をつけられませんでしたので、事前に目録を用意しました。その中から代金として欲しいものを決めておいて下さい。結界を張ってもらう時に用意しておきます」
「わかりました」
地図と目録を交換すると、ライトは席に着いた。
すると、今度はローランドが口を開いた。
「ライト、ドヴァリンダイヤも頼む。ギルがここにいねえから俺が代理で頼むぜ。ヘレン、ドヴァリンダイヤの地図はあるか?」
「地図を持ち歩いてるはずないでしょ? 今から書き起こすわね」
「「「「「え?」」」」」
ヘレンのまさかの発言を聞き、その場にいる者全員がキョトンとした。
道順を覚えているならまだしても、地図を覚えていると聞けば驚くのも当然だろう。
「ライト君、どこにどんな道があるかわかれば良いのよね?」
「はい。建物は基本書かなくて構いませんが、ドヴァリンダイヤの中心周辺だけは書いて下さい」
「わかったわ。私が書き起こしてる間に、公爵未満の貴族の領地の結界をどうするか話し合っといてちょうだい。ローランド、進行しといて」
「お、おう」
ヘレンが進行できないならば、代わりはローランドがやるしかない。
何故なら、ローランド以外は
「んじゃ、俺が進行するけどよ、まずは情報共有からだ。ライト、ダーインクラブにどれだけの結界を張る依頼が来てる?」
「僕がここに来るまでで20といったところでしょうか。最も高い位からの依頼は、オリエンス辺境伯家ですね」
「赦せない・・・」
ヒルダの中では、ライトを種馬扱いするエマ、正確にはオリエンス辺境伯への怒りが再燃したらしい。
体を強張らせるヒルダを見て、ローランドは何かあったのだろうとライトの方に顔を向けた。
「実は、オリエンス辺境伯の使いが娘のエマさんだったんですが、ネームドアンデッドを討伐した時の消耗で代金を用意できないと言い、その代わりにエマさん自身を差し出すと言って来たんです」
ガタッと音を立てたのはジェシカだ。
当初は自分もエマと同じ方法を取ろうとしていたため、思わず反応してしまったのである。
その反応は、先を越されてしまったという焦りなのか、結果がどうなったのか知りたいという興味なのかはジェシカのみぞ知る。
「つーことは、当然ライトは引き受けなかったんだな?」
「勿論です。誰かを愛人として貰う代わりに結界を張るなんて鬼畜じゃないですか。僕はそんなことをするつもりはありません。ヒルダがいればそれで十分です」
「ライト・・・。エヘヘ」
ライトの言葉が嬉しかったようで、ヒルダの機嫌が元通りを通り越してデレデレになった。
「お前達の仲が良いのはわかったが、どこにも結界は張ってねえんだな?」
「張ってません」
「なるほどな。教会に来た陳情だが30弱だ。おそらく、直接頼んで駄目だった奴等がグロアに唆されて徒党を組んだんだろうぜ。おかげで聖水作成班がグロッキーだ」
「そのようですね。治療する前は酷い有様でした」
【
「なあ、1つ気になったことがあるんだがよ」
「なんでしょうか?」
「結界の展開に対する適正価格ってわからなくねえか?」
「そうですね。ケイン様には言い値で払うと言われました」
「作業が高度で負担がかかるってのはわかるが、ライトの治療院みたいに幅を持たせた価格設定にできないのか?」
「・・・盲点でした。爵位ごとに価格設定をすれば良いかもしれません」
ローランドに指摘されて初めて、結界の展開に必要な代金を治療院と同じ方法で決める有用性に気づいた。
どの領地でも一律同じ価格で請け負えば、小さな領地を運営する領主が支払えない。
であれば、領地の広さは爵位の高さに比例するから、爵位ごとに価格を決めれば無駄なトラブルも起きなくなるだろう。
「できたわ。ライト君、指示の書き込みお願い」
「わかりました」
ヘレンが簡易的な地図を描き終えたため、結界の価格設定の話は中断となった。
(ドヴァリンダイヤは菱型か。少し難しいな)
どこに溝を掘るかの指示の追記をすると、ライトはヘレンに手書きの地図を手渡した。
それにより、ヘレンが司会に復帰した。
「ライト君の結界を張る対価を爵位ごとに決めるのよね。ちなみに、ドゥラスロールハートはいくらだったの?」
「資源の現物支給になりましたが、お金に換算すれば500万ニブラでしょうか」
「・・・公爵家で500万なら、辺境伯家と侯爵家で400万、伯爵家で300万、子爵で200万、男爵で100万、騎士爵で50万ってところかしら? ライト君の消耗度合いが正確にはわからないけど、損にはならないように調整したわ」
「計算速いですね。流石は叔母様です」
「ローランドの補佐をしてると、気づけばこういうこともサッとできるようになるのよ。じゃあ、これからはこの価格を公開して構わないかしら?」
「それで良いです。聖水にかかる費用は別だとしても、これで無茶な依頼をして来る人も減ってくれると助かります」
その言葉は紛れもないライトの本心だった。
自分の娘を好きにして良いから結界を張ってくれなんて依頼を受けたところで、ライトはひたすらに困るだけだ。
貴族間では、未婚の娘が家から出されたのに返されることは恥でしかない。
ライトは別に相手に恥をかかせたい訳ではないので、相手がライトの都合を一切考えずに自爆しているだけだ。
それでも気分の良いものではないから、無理な依頼は遠慮したいと思うのが当然である。
自分にはヒルダがいれば十分だという気持ちは、ライトの嘘偽りのない本音だ。
一時期よりもヤンデレ度合いがマシになったとはいえ、ヒルダに精神的負荷をかけたい訳ではない。
だから、護国会議で結界を展開する代金の価格設定ができたことはライトにとって良いことなのは間違いなかった。
ここまで話が決まると、会議は一旦休憩を挟むことになった。
この休憩の後、最後の議題について話し合う。
その前に休憩を入れなければ、ずっと頭を働かせ続けることになって疲れてしまうだろう。
「ライト、疲れちゃった」
「【
「・・・ありがとう。でも、求めてたのはそうじゃないの」
疲れたという言葉を聞くと、ライトは反射的に【
体が軽くなった気分になり、ヒルダはライトに感謝した。
しかし、ヒルダが求めていたのはそういう治療ではなかったので、ライトにわかってもらうために抱き着いた。
「私はライトに抱き着きたかっただけだよ?」
「ごめん。つい反射的にやっちゃった」
「もう、ライトってば」
わざと頬を膨らませるが、ヒルダの機嫌は悪くなっていない。
その証拠に、ライトを抱き締めているヒルダの顔は緩んでいる。
そこに、ジェシカがやって来た。
「ライト君、ヒルダ、お父様が悪かったわね」
「ジェシカさん、護国会議に参加するとは思ってませんでしたよ」
「元々はお父様の仕事を手伝うためだったのだけれど、準備しておいて正解だったわ」
「準備ってあの腕輪ですか?」
「そうです。ライト君達が参加しなければ、最後まで黙って聞くだけの予定でした。しかし、”ヘルの代行者”を持つライト君は参加するだろうと思ってましたから、お父様と賭けをしたんです」
「僕に追い詰められたら代表を交代するってことでしたっけ?」
「その通りです。お父様も自分が負けるとは思わなかったと思いますし、良い薬になったでしょう」
そこまで読んでブライアンと約束したジェシカにライトは戦慄した。
その後、時間が来たので休憩は終わり、会議が再開された。
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