第178話 ローランドの顔を見れば、眠気なんて吹き飛ぶと思ったのよ
ジェシカの提案は、三兄弟政策だけ前向きに検討することになった。
一夫多妻制を導入すると、貴族で悪用する者が現れる可能性を否定できないし、ジェシカの狙いであるライトが明確に拒否したことで実現性がなくなったからだ。
ライトの第二夫人枠を狙っていたジェシカは、ライトに一夫多妻制を断られた後は魂が抜けているかのような表情だった。
ジェシカがこれ以上傷口を広げないようにするためにも、ヘレンは一夫多妻制から話を雇用の創造にシフトした。
「三兄弟政策実現のため、新たな雇用を生み出したいわ。ライト君、先程提案してくれた3つ以外に仕事はないかしら?」
「需要を生み出せればないこともないですが、それには時間がかかります。先程の3つは、既にニーズがあるにもかかわらず着手できてなかったものなので、どれも取り掛かろうと思えばすぐにできますから」
「そうよね・・・」
ヘレンもライトが実現しやすいものをピックアップしてくれたことは理解している。
それゆえ、それ以上の案がすぐには出ないことをわかっていた。
その時、ローランドが横から口を挟んだ。
「ライト、それこそアイドルじゃ駄目なのか?」
「はい?」
「だから、新しい需要ってやつだよ。元々存在しなかったのに、ライトが新人戦で披露したからあれとか丁度良いんじゃねえの?」
「・・・ローランドって偶に核心を突くのよねぇ」
ローランドが思いついたのに、自分が思いつけなかったのでヘレンはジト目を向けた。
「偶にってなんだよ。偶にって」
「偶にで合ってるでしょ? さっきはアイドルのことをまともに覚えてなかったんだし」
「うっ・・・」
ヘレンの反撃にローランドは言葉を詰まらせた。
夫婦喧嘩を始められては困るので、そうなる前にライトは口を開いた。
「先程も申し上げた通り、<祝詞詠唱>を会得しており、アリトンさんと近い年齢の女性で容姿がある程度整ってる人を確保できるなら需要を生み出せると思います」
「聖水作成班から引き抜いたら、過労死する者が出て来そうね」
「となると、聖水作成班に入れなかった者から探すしかないか」
「アリトンさんならば、そういった人も把握してるんじゃないでしょうか? 聖水作成班になることを強く希望してましたから、ライバルとなる生徒を知ってるかもしれません」
「ちょっと研究室から連れて来るわ」
(叔母様、アリトンさんはまだ寝てると思いますよ?)
そう言うと同時に会議室から出て行ってしまったので、ライトは眠っているところを起こされるメアに心の中で合掌した。
数分後、メアは眠い目を擦りながらヘレンによって会議室に連れて来られた。
「へっ!? 教皇様!?」
「ローランドの顔を見れば、眠気なんて吹き飛ぶと思ったのよ」
「ヘレン、それは酷くねえか?」
「しょうがないじゃない。メアさんは寝起きが弱そうだったんだもの」
(いや、それは疲れてたからだと思います)
【
むしろ、目覚ましに
そんなことよりメアである。
彼女の状況をありのまま表現するとしたら、こんな所になるのではないだろうか。
聖水作りでグロッキー状態になり、MPもほとんど空になって倒れるように眠っていたら、急に体が軽くなった。
いつの間にかぐっすり快眠状態だったのに、ヘレンに無理矢理起こされて頭がぼーっとしたまま会議室に連行されて
これはやらかしたと思ったって顔面が真っ青になるのも無理もない。
「アリトンさん、落ち着いて下さい。【
メアをフォローするため、突発的な精神的ストレスを癒すためにライトは【
そのおかげで、メアは精神的な安らぎを取り戻した。
「ダーイン君、ありがとうございます。でも、どうして
「護国会議に参加するためです。僕は父様の代理です」
「私も同じよ」
「あっ、ヒルダもいたんですね。・・・なんで私が護国会議に呼び出されたんでしょうか? 私、何か失敗しました?」
錚々たる面々がいる場に呼び出されたせいで、メアはすっかりネガティブになっていた。
「違うわ。むしろ逆よ。メアさんをきっかけに需要を生み出せないか話し合ってるところなの」
「私をきっかけに需要を生み出す、ですか? どういう意味なんでしょうか?」
いきなり自分をきっかけに需要を生み出すと言われたら、普通の人なら間違いなく混乱する。
混乱しない者の方が異常だろう。
ローランドやヘレンでは、メアが物怖じしてしまうかもしれない。
そう考えてライトが自ら説明することにした。
「アリトンさん、前に新人戦でアイドルデビューしてもらいましたよね?」
「はい。あれは楽しかったです」
「実は、
「本当ですか?」
「本当です。それで、アリトンさんに伺いたいのは、<祝詞詠唱>を使えてアリトンさんに年齢が近い女性を知ってるかどうかです。該当者がいれば、アイドルとしてデビューさせられないか検討します」
「あぁ、そういうことでしたか。であれば心当たりがありますよ。ライバルになりそうな人は一通りチェックしてますから」
(やっぱりか。アリトンさんならそうしてるって思ってた)
ライトの予想が命中したことで、ローランドとヘレンも期待できそうだと笑顔になった。
それから、メアはアイドル候補者を渡した紙に書き連ねた。
そのリストにはかなりの数が書かれていたため、ヘレンは絞り込みをかけることにした。
「メアさん、この中でかわいいとか美人だって思う人はいるかしら?」
「この子とこの子、あとこの子ですね」
ヘレンの質問に対し、メアはテキパキと答える。
聖水作成班に所属するメアからすれば、ヘレンは教皇の秘書で直属の上司よりも更に上の存在だ。
回答をもたつかせる訳にはいかないと素早く応じた。
お偉いさんには覚えを良くしてもらいたいと思えば当然の対応だろう。
「出身がどこかわかるかしら?」
「最初と真ん中の子はセイントジョーカーの一般家庭出身ですから、移住していなければセイントジョーカーにいるはずです。最後の子は貴族なので、特に用事がなければ領地にいると思います」
「ありがとう。ところで、メアさんは聖水作成班とアイドルのどっちをやりたい?」
(これは難しい質問だな)
ヘレンの質問を聞いたライトは、メアには即答できないだろうと思った。
憧れの聖水作成班になれたけれど、現実はブラック企業そのものだと知った今、楽しく歌えても聖水作成は仕事ではないアイドルとどちらを取るかは悩みどころだからだ。
しかし、メアはライトの予想を裏切ってすぐに回答した。
「甲乙つけがたいですが聖水作成班です。私は実家に聖水を供給することを目標としてきましたから」
「じゃあ、アイドルに聖水を作る特権を認めるとしたら?」
「アイドル一択です」
(ですよねー)
誰だって過酷な労働環境で働き続けたくはない。
目標があって頑張るにしても、結果が変わらないならば楽な手段を取る方が自然だ。
メアの目に迷いはなかった。
メアの答えを聞くと、ヘレンは少し考えてから頷いた。
「聖水を作らせてあげるから、アイドルに復帰し「やらせて下さい!」」
ヘレンの提案に対し、メアは食い気味に反応した。
それぐらい聖水作成班での作業が辛いのだろう。
「そ、そう。わかったわ。じゃあ、詳しいことが決まったらまた連絡するから、研究室に戻って休みなさい」
「はい! 失礼します!」
メアは満面の笑みで挨拶をしてから研究室に戻っていった。
「ふぅ。聖水作成班って本当にキツイみたいね」
「聖水作っても良いって言ったら食い気味でアイドルを選びましたもんね」
「オールドマンが泣く羽目になるかもしれないけど、アイドルも聖水を作れるようになれば結果的に楽になるかもしれないから良しとしましょう」
「叔母様、恐らくアリトンさんは少数派だと思います」
「ライト君、どうしてそう思うの?」
「もし、<祝詞詠唱>が<聖歌>に強化されたら、効果は弱まりますが【
「・・・なるほど。そっちの方がマジョリティよね。オールドマン、ごめんなさい」
ヘレンはライトの仮説が現実になるだろうと思い、ここにはいないエーリッヒに謝った。
それはさておき、これで護国会議で話し合うべき内容は全て話し終えた。
護国会議は終了と言うことになったが、今から帰るには外が暗くなり過ぎていたため、ライト達はセイントジョーカーに一泊してからダーインクラブに帰還することにした。
教会は貴族が宿泊できる場所ではないため、ライト達はヘレンの手配に寄り教会学校の寮の部屋を使うことになり、ライトとヒルダは久し振りにスイートルームに泊まり、アンジェラも空き部屋を使うのだった。
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