第171話 それは違います

 会議室に入ったライト達だが、そこには目つきがきつい細身の女性と細マッチョで融通が利かなそうな短髪の男性が座っていた。


 その奥にはそれぞれの使用人がいるが、この場にはいないものとして目礼だけして壁際に静かに立っていた。


 座っている2人を見ると、ヘレンは一瞬目を見開いたがすぐに表情を戻して話しかけた。


「グロア、ブライアン、もう来てたのね」


「10分前行動が私の基本だからな」


「私もそんなところよ。それにしても、パーシーもケインも来ないのね。それにしても、私達よりも遅く到着するなんて流石は小聖者マーリンとその婚約者。良い身分だわ」


 グロアの発言に対し、ヒルダとアンジェラは無言で剣に手をかけるが、ライトが手で2人を制して口を開いた。


「すみませんね。どこぞの馬鹿が教会の聖水作成班のキャパも考えずに発注をかけるものですから、その治療で研究室に立ち寄ってたんですよ。全くどこの馬鹿があんなことを仕掛けたんでしょうね」


 イラっと擬音が聞こえそうなぐらい、ライトの反撃でグロアの額に青筋が浮かんだ。


「最近の子供は年長者を敬う姿勢もないのね。初対面なら名乗るのが筋でしょうが」


「敬われるだけの器量の持ち主だとわかれば敬うのですが、自己認知もできない人がいるのは嘆かわしいことです」


「黙りなさい、ガキが! ちょっと<法術>が使えるからって良い気になるんじゃないわよ!」


「おやおや? 別にどこの誰のことと言った訳でもないのですが、どうして声を荒げてるのでしょうか? それと、子供を怒鳴れば言うことを聞かせられると思ってるなら親になる資格はありませんね」


 前世でブラック企業に勤めていた経験から、ライトは上司や顧客からの罵倒に耐性があった。


 少なくとも、グロアの口撃なんて笑顔で反撃できるぐらいの余裕がある。


 今にもライトに飛び掛かりそうなグロアを止めたのは、予想外なことにブライアンだった。


「止さないかグロア。子供の挑発に乗せられるなんて程度が知れるぞ」


「煩い! あんたは誰の味方なのよ!?」


「別に誰の味方でもない。私は騒がしいのを好まないだけだ」


「ブライアン! あんたねぇ!」


「年長者ともあろう者が、子供の前でぎゃんぎゃん喚いて恥ずかしくないんですか?」


「「プッ」」


「流石は若様です! 私にできないことを平然とやってのけますね!」 


 追い打ちで煽りに行くライトを見て、ヒルダとヘレンは我慢できなくなって吹き出し、アンジェラは感激を言葉に表した。


 騒がしくなってきた会議室に、ローランドが遅れてやって来た。


「すまん、遅くなった。んで、なんだこの騒ぎは?」


「叔父様、こんにちは。いえ、僕が自分よりも遅く来たことが気に食わないとグロア様がいうものですから、研究室で聖水作成班の治療をしてここにやって来たことを説明してたところです」


「このガキ!」


「あぁ、名前がわからないからガキと呼ぶんですね? 紹介が遅くなりました。僕はライト=ダーインと申します。今日は父の代理で参りました。よろしくお願いいたします」


「ライトの婚約者、ヒルダ=ドゥラスロールです。同じく父の代理で参りました」


「$#&*%!?」


 もはや言葉になっていないレベルでキレているグロアを見て、ローランドとヘレンがライトに戦慄した。


 自分達が扱いに困るグロアをここまでやり込めるなんて、ライトは絶対に11歳ではないと思ったのだ。


 その感想は間違いではない。


 前世の年齢も合算すれば、30代後半になるのだから。


 とはいえ、その事実を知るのはこの世にライトとヘルだけなので、今のライトは11歳として扱われる。


「とりあえず、全員席に座れ。時間は有限だ。最後に来た俺が言うのも変な話だが、護国会議を始めるぞ」


 この場のトップであるローランドは、ライトがグロアをやり込める様子をもう少し見たいと思わなくもなかった。


 だが、いつまでもこうしていられる訳ではないので、一旦この場を仕切り直した。


 ライトとヒルダが着席してアンジェラが壁際に控えると、ヘレンが護国会議の司会を引き継いだ。


「護国会議を始めるわ。本日は兄さんとケインが来れないから、代理としてライト君とヒルダちゃんに来てもらったわ」


「「よろしくお願いします」」


「お願いするわね。では、今日取り扱う議題だけ先に話すわね。追加があれば後で言ってちょうだい。今日この場で話し合いたいのは、呪信旅団とネームドアンデッドへの対応についてよ」


「結界の供給と人口の減少対策が抜けてるわ」


「僕からもあります。死霊魔術師ネクロマンサーの待遇についてご相談があります」


「わかったわ。こちらの用意した議題が終わり次第、そちらも話し合いましょう。それで良いわね?」


「フン、それで良いわ」


 (この人、あくまで自分の方が上だと思わなきゃ気が済まない性格なのかねぇ)


 ヘレンにも噛みつくグロアを見て、ライトはこの会議が無駄に荒れないようにと祈った。


「最初は呪信旅団について話しましょう。教会で把握してる情報から共有するわね」


 そう言うと、ヘレンは事前に用意していた資料を代理を含む4公爵とローランドに配った。


 配られた資料には、ライトの知らない情報が2つ載っていた。


 教会の守護者ガーディアンが各地で被害を出した呪信旅団の構成員を捕らえたところ、今の呪信旅団のボスがノーフェイスであると発覚した。


 呪信旅団にはいくつかの領地に拠点があり、そこには呪武器カースウエポンが貯め込まれている。


 それ以外の情報については、ライトが既に知っているものだった。


 もっとも、ヘレンが用意した資料にしては情報量自体が少なかったのだが。


 その理由は、捕まえた構成員を尋問していると必ずその途中で構成員が死んでしまって情報が上手く集まらないからだ。


 構成員は舌を噛んで自殺する訳ではない。


 拷問に近い尋問で口を割ると、自白中に突然構成員の目の焦点が合わなくなり、「呪信旅団万歳!」と叫んで泡を吹いて死んでしまうのである。


 一同が資料を一通り目を通したと判断すると、ヘレンが再び口を開いた。


「ここに載ってない情報で間違いや補足すべき内容、疑問はあるかしら?」


 ヘレンの問いに真っ先に反応したのはグロアだった。


「ノーフェイスの情報が間違ってるわ。私が手に入れた情報によれば、ということよ」


「それは違います」


「は?」


 ライトが即座に否定すると、グロアが目を見開いた。


「ライト君、どうしてそう断言できるの?」


「僕が<鑑定>持ちで、ノーフェイスに使ったからです」


「これだから調子に乗ったガキは困るわ。<偽装>持ちならば、見させるステータスに<偽装>は残さないでしょうが」


「これだから話を最後まで聞かない人は困りますね。<偽装>と<隠蔽>では、<鑑定>を使用した時の結果が違います。ノーフェイスに<鑑定>をかけた時、ノーフェイスに<鑑定>を弾かれました。これは<偽装>ではなく<隠蔽>の効果です」


「なんですって?」


 グロアは溜飲を下げようとしたら、むしろムカムカさせられてしまった。


 そんなことお構いなしにライトは続ける。


「そもそも、ノーフェイスが嘘のステータスだとしても簡単に<鑑定>を使わせるはずないじゃないですか。僕が<鑑定>を使った時は、その対抗策としてピーピングジャマーまで使ってましたよ?」


「ライト君の報告では、<鑑定>を使った相手を発狂させる呪武器カースウエポンよね?」


「その通りです。僕が偶然<状態異常無効>を会得してなければ、発狂したタイミングで殺しに来たはずです。そもそも、ノーフェイスが<偽装>持ちだなんてどこから仕入れたんですか? 嘘を握らされてるじゃないですか」


「この私が嘘の情報を握らされた・・・ですって・・・?」


 信じられないとばかりに目を見開くグロアに対し、ライトは黙らせるために追い打ちをかける。


「相手は情報操作もするようですね。仮にも公爵に嘘の情報を握らせられるってことは、案外近くまで入り込まれてそうです」


 自分が得意とする情報戦で嘘を握らされていると明らかになり、グロアの目がそれはもう血走っていた。


 その眼力で心の弱い者を気絶させそうな迫力がある程である。


「真面目な話、グロアが偽の情報を掴ませられたことは由々しき事態だわ。情報の正否は多角的に吟味しなければ、私達が後手に回ることになるわ」


「叔母様、<看破>持ちの者はどれだけいますか? 書類での虚偽の報告はわかりませんが、相手が嘘をついたかどうかは<看破>で見抜けます」


「なるほど。その手があったわね。後で<看破>持ちには協力を募っておくわ。それ以外に指摘がなければ、呪信旅団への対応について話し合いましょう」


 これ以上情報が追加されることはないようなので、ヘレンは会議を先に進めた。

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