第170話 彼等は一体何と戦ってるんですか?
3日後、ライトはヒルダと一緒にセイントジョーカーへやって来た。
御者はアンジェラが担当し、ライト達はこの3人でセイントジョーカー入りした。
イルミはダーインクラブに留守番である。
セイントジョーカーに同伴したところで、護国会議ではいてもいなくても変わらないのだから当然だ。
むしろ、ついて来て場をかき乱される可能性を考えれば、置いて来たと言った方が良いかもしれない。
もっとも、イルミ本人も護国会議という言葉を聞いた瞬間に、頭を使うのはパスと答えているので同行する心配をせずに済んだのだが。
「ライト君、ヒルダちゃん、待ってたわ。それにアンジェラも、この2人をよく連れて来てくれたわ」
ライト達を迎え入れたヘレンの顔は、血色が良いとはとでもではないが言えない様子だった。
「叔母様、こんにちは。酷く疲れてるようですが大丈夫ですか?」
「大丈夫とは言えないわね。できれば【
「わかりました。【
ライトが技名を唱えることで、ヘレンの顔色が健康な色に戻った。
「助かったわ。これじゃオールドマンのことを言えないわ」
「確かにそうですね。あの人は大丈夫なんですか? またげっそりしてたりしませんか?」
「げっそりしてないはずがないわ。聖水作成班諸共ね。悪いんだけど、研究室に立ち寄って良いかしら? お代は払うから彼等も治療してほしいの」
「わかりました」
ヘレンから頼まれ、ライト達は先に研究室へと向かった。
そこには死屍累々という様子で、働き過ぎでぐったりしている聖水作成班が倒れていた。
しかも、一足先に採用が決まっていたメアまでいた。
一応布団が敷いてあり、そこに倒れていることから仮眠を取っているのだと状況的に推察はできるが、酷い有様なのは間違いない。
「【【【・・・【【
倒れている聖水作成班の面々は、ライトが技名を唱えたことで顔色がマシになった。
「ライト君、ありがとう。これでまだまだ彼らも戦えるわ」
「彼等は一体何と戦ってるんですか?」
「これと戦ってるの」
研究室の机に置いてある紙を手に取ると、ヘレンはライトに手渡した。
(これは・・・、聖水の発注書か。尋常じゃない発注量だ。こんなに作れるのかな?)
読んだ発注書に書かれている量が、以前自分が【
「遠征ですか?」
「違うわ。結界を張りたいと望む貴族達が発注したのよ。1人や2人なら、例外は認めないって断ろうとしてたんだけど、連名の署名で結界用の聖水を発注されたら教会としても動かざるを得ないの。勿論対価は払ってもらう約束だけど、それも期待できないわ」
「聖水だけでは結界は張れませんよ?」
ライトがご存じでしょうと言わんばかりの口振りで言うと、ヘレンは苦笑いした。
「ええ。その通りよ。彼等は聖水を用意したらあの手この手でライト君に結界を張るように動くはずよ」
「教会ではそれをシャットアウトできないんですか?」
「ネチネチした性悪女と自分こそが正義だと頭の固い馬鹿が手を組み、後ろで糸を引いてるのよ。そのせいで、下手に教会から口を挟めなくなってるの」
「僕に”ヘルの代行者”があってもですか?」
「それを使えば問題ないわ。けど、強権はいざって時に使うからこそ効果があるのであって、日常的に使ってたら圧政と変わらないわ」
「おっしゃる通りですが、自分達の都合ばかり押し付けて来てるくせに、それを正当化されたら堪ったもんじゃないですよ」
既にエマが自分の身を差し出してでも自分の領地に結界を張ってほしいと頼んだ前例があるので、もうあんなことは勘弁してほしいとライトは心の底から思っている。
「アンジェラ、ライトのことを利用しようと画策する屑がいるらしいわ。そんな屑がいたらどうすれば良いかわかってるよね?」
「ヒルダ様、ご安心下さい。数日あれば、きっと突発的な体調不良で表舞台から姿を消しますよ」
「私は一向に構わないわ。やってしまいなさい」
「かしこまりました」
「いや、駄目だからね? ヒルダもアンジェラも不穏な話をしないでよ」
ライト絶対主義の2人が、ライトの後ろで怪しげな話をするものだから、ライトは止めずにはいられなかった。
しかし、その効果は薄かったようで、ヒルダもアンジェラも目の笑っていない笑みを浮かべていた。
「心配しなくても大丈夫だよ。すぐに終わるわ」
「そうですよ、若様。少し大きなゴミを掃除をするだけです。焼いて良し、
「いやいや、いくらなんでもそれは良くないよ。というか、裏で手を回してるのってドゥネイル公爵とドヴァリン公爵なんでしょう、叔母様?」
「私の調べた限りではそうなるわね。もっとも、その証拠は掴めなかったけれど」
「なるほど。父様とケイン様がここに来るのを嫌がる訳だ」
ライトはこの時になって初めて、パーシーとケインが護国会議に参加したがらないことに納得した。
アンデッドという共通の敵がいるにもかかわらず、自分に都合の良いようにしか解釈せずに味方の足を引っ張るのだから、パーシーもケインもまともに相手をしたくないのは当然だ。
「確かに兄さんはあの手のタイプは苦手ね。ケイン様も同じくそうね。義姉さんは・・・、生理的に受け付けないでしょうから、鉢合わせしたら教会が大惨事になってたわね」
(叔母様にも納得される母様の過激さとはいかに)
ヘレンの顔が引き攣っていることから、ライトはパーシーがここにエリザベスを連れて来ずにダーインクラブに残ったことは英断だったのだと悟った。
「叔父様との相性はどうなんですか?」
「ローランドもグロアと相性が悪いわね。性格が正反対だから。ローランドが教皇にならなければ、ドヴァリンダイヤはローランドが治めてたんだけどね」
グロアとはローランドの妹だ。
ローランドが公爵家当主を継いですぐに、教皇候補として早い内から名前が売れていたので、他家に嫁がずに婿を取った。
それにより、4公爵家で唯一ドヴァリン公爵家の現当主は女性のグロアが担っている。
婿となった男も貴族の家の者だったが、今はドヴァリン公爵家の屋敷で
グロアは肉弾戦や体を動かすことは得意ではないが、その分頭を使うことを得意としていて裏から手を回すことを好む。
職業は
その時の伝手から、情報網が広くてあれこれ裏で画策できるという訳だ。
ちなみに、ローランドには強くなりたいという野心があるが、成り上がりたいという気持ちはないのに対してグロアは出世欲が強い。
「そういうことなら、言いたいことは直接言わせてもらいますよ」
「そうしてもらえると助かるわ。私やローランドが介入すると、依怙贔屓だなんだって煩いのよあの性悪は」
「叔母様でも口論では勝ち切れませんか?」
「完全勝利は難しいわね。あれはどんなに不利でも逃げ道だけは確保するもの。思い出しただけでも腹立たしいわ」
(こりゃ相当頭が切れるんだろうね。マジで会いたくなくなってきた)
ヘレンが苦虫を噛み潰したような顔になるのを見て、ライトはグロアへの警戒度を上げた。
「ドヴァリン公爵のことは置いといて、ドゥネイル公爵について教えてもらえませんか? 今のところジェシカさんとアルバスの父親で厳しい人ということしか知りません」
「ブライアンは堅物よ。調和を重んじてるつもりらしいけど、その本質は調和を守る自分こそ常に正しいと思い込んでるいけ好かない男よ」
「面倒そうですね」
「実際面倒よ。義姉さんではないけれど、頭をぶち抜いてやろうかと思ったことはあるわ」
(叔母様も実は過激なんじゃないかと思えて来たよ)
今は取り潰されたゴーント伯爵家の一件の時も、当主を腐れデブと呼んでいたことを思い出し、グロアとブライアンに対する評価も併せてライトはヘレンがイライラすると危険だと理解した。
「あの、研究室に長居するのも仮眠の邪魔になってしまいませんか? そろそろ行きましょう」
「そうね。じゃあ、
「あれ、今なんて言いました? 聞き間違えたかもしれません」
「
(うん、聞き間違えてなかった)
聞き間違いであって欲しかったが、残念ながら現実は非情だった。
その後、ヘレンに案内されてライト達は会議室へと到着した。
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