第172話 騙されたおばさんは黙って
呪信旅団への対応といっても、本拠地をまだ特定できている訳ではない。
そうなると、できることは限られてくる。
ヘレンは今まで沈黙を守っていたヒルダに話を振ることにした。
基本的にライトと同じ立場を取るにしても、ヒルダなりの意見があると考えてのことだ。
「ヒルダちゃん、何か意見はないかしら?」
「そうですね。各自が呪信旅団の構成員を捕縛したら、自殺を防止してから尋問して手に入れた情報は教会に集約し、教会から全体に向けて発信するというところでしょうか」
「良いと思うわ。手に入れた情報を精査するなら、1ヶ所に集約して情報に矛盾がないか調べた方が効率的だもの。それぞれの領地で情報を溜め込まれても困るし、ヒルダちゃんの考えはありね」
ヒルダが口にした回答は、ヘレンが求めていた答えそのものだった。
普段はライトを好き過ぎて、ライトと一緒にいること以外考えていないのではないかと思われているかもしれないが、ヒルダは教会学校で学年主席の生徒会長だ。
当たり前だが、その立場に見合うだけの頭脳を有している。
そこに、ここまでずっと会議を静観していたブライアンが口を開いた。
「ちょっと良いか?」
「良いわ。ブライアンも何かあれば言ってちょうだい」
「構成員については私もその方針に同意する。だが、大事な要素を忘れてる」
「何かしら?」
「
ブライアンがこの話題に触れたのは、それが今後の各貴族の勢力図を大きく変えると確信していたからだ。
ライトが表舞台に上がって来るまでは、
<鑑定>持ちの者は珍しいが、全くいないということはない。
それゆえ、<鑑定>で効果とデメリットさえ把握できれば、被害を最小限にと
そんな癖のある武器を信仰してやまない呪信旅団の構成員が、毎回ではなくとも
そこで鹵獲できた
「基本は見つけた者が所有する運用で良いと思うわ。ローランド、それで良いでしょ?」
「おう。俺はそれで良いと思うぜ。つっても、使い勝手が恐ろしく悪い武器も少なくねえはずだから、そういったものが厄介払いで教会に譲渡されると思うがな」
「私も同意見よ。ブライアンはどうかしら?」
「ライト=ダーインが頭角を現すまでならば、私もそれで構わなかった。だが、<法術>で
「そう、そうよ! 異議あり!」
ライトを攻撃できる材料が目の前に転がって来ると、先程まで偽の情報をつかまされて凹んでいたグロアが急に元気になった。
(このおばさん黙ってくれないかな)
「騙されたおばさんは黙って」
「おばさん!?」
(ヒルダ!? それは心に留めとかなきゃ駄目なやつ!)
婚約者同士、考えることも似るのだろうか。
しかし、考えても心に留めるか口に出すかでその後の展開が大きく変わるのだから、ヒルダの方が容赦ないなのは間違いない。
ライトを攻撃させまいとするヒルダには、ブレーキをかけるつもりがないのだ。
「ブフッ。オホン、ヒルダちゃんそれは言い過ぎじゃないかしら?」
グロアの方が年上だが、ヘレンと歳がそんなに離れている訳ではない。
グロアを叔母さん呼ばわりしたヒルダに思わず吹き出したが、ヘレンは自分の年齢を考えてやんわりとヒルダを注意した。
ヒルダが爆弾を放り投げたことで、グロアが口をパクパクしている間にライトはブライアンを切り崩しにかかった。
「ブライアン様、そうは言いますけど自分が持つ力を使って戦力を増やすことの何が悪いのでしょうか?」
「悪いとは言ってない。パワーバランスを考慮して意見を述べただけだ」
「では、僕はアルバスに
「・・・」
ライトが笑顔で痛い所を突くものだから、ブライアンは眉間に皴を寄せて黙り込んだ。
ジェシカとアルバスからは、ライトに野心がないと言うことは何度も聞かされている。
その上、アルバスはライトからフリングホルニを格安で譲ってもらっている。
現在、
それらの事実を考慮すれば、ブライアンは無理にダーイン公爵家の戦力を切り取ろうと動く方が下策だ。
友好的であるからこそ、ライトはアルバスにフリングホルニを譲ってくれた。
その友好関係に自分が罅を入れれば、ライトがどう動くかわからないと今更ながらにブライアンは気づいた訳である。
ブライアンが黙り込んでいると、ローランドがそこに口を挟んだ。
「ブライアン、持ってても余計な火種になるような武器を処分するのは当然のことだろ? その過程で偶々武器が改良されたんなら、その処分を手伝ってくれたライトに渡すのは報酬を払うのと何が違う?」
「それは・・・。わかった。先程の私の発言は取り下げよう」
これ以上この話題を続ければ、自分の立場が危うくなるのは間違いない。
それを理解するだけの頭はあったので、ブライアンは
「ライト君とヒルダちゃんもそれで良いかしら?」
「構いません」
「私も賛成します」
先にグロアに訊けば、間違いなく難癖をつけて反対するに決まっているから、ヘレンは先に過半数の同意を取り付けられるようにライトとヒルダに意見を聞いた。
流石はヘレン、策士である。
そして、このタイミングで異議を申し立てなければこのまま話が進んでしまうため、グロアは当然口を開いた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! おかしいでしょ! ドヴァリン公爵家には
「不公平も何も、今存在している
「だったら、私が集めた
(はぁ・・・。このおばさんそろそろ黙らせるか)
鬱陶しく感じるようになったので、ライトは論破する気になった。
「グロア様、誰がそんなことをするんですか?」
「勿論あんたよクソガキ!」
「これは常識的に考えられる脳みそがある前提での話ですが、名乗ったのにクソガキ呼ばわりを続け、まるで友好的な態度を取らない相手に誰が協力すると思いますか?」
「うっさいわよ! 私の言うことは絶対よ!」
「いいえ、違います」
「違わないわ! あんたが意図的にドヴァリン公爵家を貶めようとしてるって広めてやるわ! 私のコネを甘く見ないでよ! 今すぐ首を垂れれば赦してやっても良いわ!」
「叔父様、これはドヴァリン公爵家からの脅迫と捉えてよろしいですね?」
「・・・そうだな。一方的にマウントを取ろうとして、失敗したら虚偽の噂を広めるというのは立派な脅迫だ」
「ありがとうございます。【
ライトは言質を取ると、光の鎖でグロアを椅子ごと顔も見えなくなるぐらいグルグル巻きに縛り付けた。
「ライト君、まさか」
「”ヘルの代行者”として、ありもしない事実をでっちあげてダーイン公爵家を貶め、人類の戦力を削ぐ行為は見過ごせません。貴女にはこの場から退場してもらいます」
強権はいざという時に使って効果があると言ったのは自分だったので、ヘレンはライトが言質を取った瞬間からこうなることを予測できた。
ライトが自らグロアを害するために強権を発動したならともかく、グロアがキレてライトを脅したから拘束したとなれば、ここでの発動は許容範囲だろう。
ライトとグロアだけがいる場所での出来事ならば、なかったことにできなくもない。
しかし、今回に至っては教皇を始め公爵家の代表が集まった場所での脅迫だ。
言い逃れができない状況での失言が自身の身を滅ぼすのは当然である。
「余生は牢屋でお過ごし下さい。いや、どこかで強制労働かもしれませんね」
「誰かいるか?」
「はっ」
ローランドが会議室の外に声をかけると、会議室の前に待機していた者が室内に入って来た。
「グロアを牢屋に連れてけ。公爵家当主自らの脅迫の罪だ。当主の身分を剝奪して、次の公爵にギルバートを指名する」
「かしこまりました」
ローランドの命令により、グロアは光の鎖でできた球体を転がすようにして牢屋に転がされていった。
ローランドは額に手をやり、これから先どうするかと溜息をついた。
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