第128話 滅された奴だけが良い奴だよ

 月見の塔の2階の探索では、ライト達はゾンビとしか遭遇しなかった。


「次はお姉ちゃんのターン! 【輝拳乱射シャイニングガトリング】」


 拳を引いて半身になったイルミが力を溜め、ゾンビの群れに狙いを定めて輝く拳を前に突き出すと、拳から光が散弾のように放たれてゾンビの群れを蹴散らした。


「ゾンビ以外いないのかな? 【範囲浄化エリアクリーン】」


 ゾンビばかり出現するので、ライトは首を傾げつつ周囲の空気とドロップした魔石を浄化した。


「前回はボールクラッカーに遭遇したよね」


「今回もネームドアンデッドに遭遇したりして。出て来ないかなぁ」


「イルミ姉ちゃん、縁起でもないから止めてくれる?」


「えぇ~、良いじゃん。強いアンデッドと戦わないと、体が鈍っちゃうもん」


 ライトとヒルダが喋っていると、イルミが意図的にフラグを立てた。


 イルミの言い分も一理あるが、それでもわざわざ戦いたいという訳でもない。


 というよりも、ライトはできれば強いアンデッドになんて遭遇したくないとさえ思っている。


 その時、ライト達の視界の端に、新たなアンデッドが映った。


「敵見っけ」


「ゾンビ?」


「イルミ、ただのゾンビが武器を持ってると思う?」


「思わない。ライト、<鑑定>お願い」


「わかった」


 真剣なトーンのイルミに頼まれ、ライトも警戒度を上げて現れたアンデッドに<鑑定>を発動した。



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名前:なし 種族:ゾンビイーター

年齢:なし 性別:雄 Lv:35

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HP:3,500/3,500

MP:2,800/2,800

STR:2,500

VIT:2,000

DEX:1,000

AGI:1,200

INT:2,000

LUK:1,000

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称号:なし

二つ名:なし

職業:なし

スキル:<毒触ポイズンタッチ><呪爪カースネイル><短剣術>

    <屍探知><屍食>

装備:肉切り包丁

備考:同族喰らい

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 (えっ、ゾンビがゾンビを捕食すんの?)


 <鑑定>の結果、ライトが真っ先に着目したのは備考欄だった。


 ゾンビ同士で勝手に戦い、その数を減らしてくれるのならば、人類にとって都合の良いことこの上ない。


 そうはいっても、そんなに都合の良いはずがないことは、<屍食>の効果からもお察しである。


 <屍食>とは、ゾンビやロッテン系統のアンデッドを捕食し、自身を強化するスキルだ。


 仮に、ゾンビイーターが月見の塔内のそれら全て喰い尽くしたとしたら、ライト達の前には今よりも遥かに強くなった姿で襲い掛かって来ただろう。


 ゾンビイーターが持つ肉切り包丁だが、これは呪武器カースウエポンではない。


 だが、決して迂闊には触れられない程の瘴気が纏わりついている。


「こいつ、ヴェータラより少し弱い程度。ゾンビを食べて強くなるから、放置すると危険」


「了解。次は私の番だよね」


「良いなぁ」


「良くないでしょ。ヒルダ、気を付けて」


「ヴェータラ未満なら油断しなければ大丈夫」


 ライトに声をかけられると、ヒルダはライトに心配させないようにニコッと笑う。


「キヒヒッ、キヒヒヒヒッ」


「気持ち悪い笑い方ね」


「キヒヒヒヒッ」


 気味の悪い笑い声を出しながら、ゾンビイーターは肉切り包丁を片手に駆け出した。


 それに応じるように、ヒルダも前に出た。


「キヒッ!」


「遅い」


「キヒヒッ!」


「当たらないってば」


 ゾンビイーターは笑いながら、ヒルダに向かって肉切り包丁をガンガン突き刺すが、ヒルダはそれらをひらりと躱す。


 すると、ゾンビイーターが声を上げずに肉切り包丁を振り抜き、斬撃を飛ばした。


 それをヒルダはエクスキューショナーで弾き、そのすぐ後に反撃した。


「【水弾乱射ウォーターガトリング】」


「ゲヒッ?」


 目の前のヒルダが剣を手に持っていたので、ゾンビイーターはまさか魔法系スキルで攻撃されるとは予想していなかったのだろう。


 脚を重点的にいくつもの水の弾丸に撃ち抜かれ、バランスを崩してそのまま前に倒れた。


「【聖十字刃ホーリークロスブレード】」


 十字架を模った聖気を纏う斬撃が、倒れたゾンビイーターの首を切断した。


 それにより、ゾンビイーターは動かなくなり、時間差で魔石と肉切り包丁だけを遺して消えた。


「ヒルダ、お疲れ様。安心して見てられたよ。【水弾乱射ウォーターガトリング】って、メイリンさんから貰った魔導書で覚えたの? すごい威力だったね」


「エヘヘ。そうだよ。メイリンさんから貰った魔導書、中級者以上を対象にした魔導書だったんだ。いくつか技を会得したけど、まだまだ覚えられてないものもあるよ」


「良いプレゼントだったね」


「うん。メイリンさんに感謝だよ」


 ライトが万能になりつつあるせいで霞んでいるが、ヒルダだって近接戦闘と遠距離戦闘のどちらもこなせるし、職業も魔法剣士マジックフェンサーという希少なものだ。


 戦術の幅広さなら、ライトにも劣らないと言えよう。


 そんなヒルダに勝ち越しているイルミは、純粋に近接戦に特化しており、ヒルダが猛勉強中の<水魔法>を使う隙を与えない。


 それが原因で、ヒルダはイルミよりも勝ち星が少ない。


 逆に言えば、<水魔法>で使える技が増えれば、ヒルダにもイルミに安定して勝てる可能性が増すのだ。


 事実、ヒルダの【水弾乱射ウォーターガトリング】を見たイルミは唸っていた。


「むぅ、ヒルダが新技を覚えるなんて・・・」


 どうやら、いずれヒルダとの模擬戦でも自分が不利になるかもしれないと考えているらしい。


 それはそうとして、ライトにはドロップした魔石よりも気になる物があった。


 そう、肉切り包丁である。


 ゾンビイーターに<鑑定>を発動した時点では、それはまだ呪武器カースウエポンではなかった。


 しかし、ゾンビイーターを倒した際にその場に留まったということは、先程の戦闘で肉切り包丁が呪武器カースウエポンに変化した可能性が高い。


 そこまで考えると、ライトは肉切り包丁に<鑑定>を発動した。


 (アンチロッテンナイフか。ロッテン系統とゾンビ系統のアンデッド限定の効果だね)


 肉切り包丁には、アンチロッテンナイフという名前が付いていた。


 その効果は、ロッテン系統とゾンビ系統のアンデッドと戦う時、このナイフの切れ味が増すというものだった。


 その代わり、スケルトンのような骨のみで構成されるアンデッドとの戦闘時は、ただのなまくらと化す。


 ゾンビイーターに長く使われていたせいで、アンチロッテンナイフはそのような効果を持つようになったのだろう。


 この呪武器カースウエポンは、一発逆転の切り札にはなり得ないが、短剣を使う守護者ガーディアンがロッテン系統とゾンビ系統のアンデッドと戦う時に遠慮なく使える武器だと言えよう。


 とりあえず、魔石と一緒にアンチロッテンナイフも浄化し、そのままライトが回収した。


 回収作業を終えると、ライト達は探索を再開したが、ゾンビイーターがゾンビを倒して回ったらしく、2階でこれ以上アンデッドと遭遇することはなく、3階への階段に到着した。


 3階に到着した途端、ゾンビイーター同士があちこちで殺し合っていた。


 どのゾンビイーターも傷だらけで、ここで介入すれば漁夫の利という言葉が相応しい展開になることは間違いなかった。


「ラッキー」


「どういうこと?」


「勝ち残った猛者が私の好敵手ライバルだよ」


「違うから。滅されたゾンビだけが良いゾンビだよ。【範囲昇天エリアターンアンデッド】」


 パァァァッ。


《ライトはLv47になりました》


「あぁ、私の対戦相手がぁ・・・」


 レベルアップを告げる声が聞こえてすぐ、イルミから落胆する声が漏れた。


 もし、ライトが【範囲昇天エリアターンアンデッド】で一掃しなければ、強くなったゾンビイーターと戦えたのにと本当に思っていたようだ。


 2階のゾンビイーターとは異なり、ライトが倒したゾンビイーター達は呪武器カースウエポンをドロップしなかった。


 どうやら、3階にいたゾンビイーター達は、同族同士の戦いが長引いていたらしく、武器が呪武器カースウエポンに変化するまでの負の感情が溜まらなかったらしい。


「イルミ、馬鹿言ってないで魔石を回収するよ」


「イルミ姉ちゃん、早く帰ってお菓子が食べられると思えば、悪い話でもないでしょ?」


「確かに。お姉ちゃん魔石拾うよ」


 ライトの言葉に従順なイルミを見て、イルミの操縦はまだ自分には難易度が高いとヒルダは思った。


 それと同時に、そこまでライトに理解されているイルミを妬ましく思ったのだった。

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