第127話 イルミ姉ちゃん、シッ。これは医療行為だよ
月見の塔の1階は、基本的にロッテン系統の腐臭のするアンデッドの縄張りらしい。
ロッテンウルフの群れと遭遇した後、しばらくアンデッドとは遭遇しなかったが、2階への階段に繋がる道でロッテンコクーンの巣に行き当たった。
「うへぇ、ロッテンコクーンがこんなにいる・・・」
「倒さないと、ロッテンモスに羽化しちゃうわ。倒しましょう」
ヒルダの言う通り、ロッテンコクーンは時間の経過によってロッテンモスになるため、放置を推奨できないアンデッドだ。
そのロッテンコクーンも、ロッテンクロウラーが一定以上のレベルに到達して蛹になった姿であり、できればロッテンクロウラーの状態で倒すのがベストである。
「じゃあ、僕がやっちゃうね。【
パァァァッ。
《ライトはLv46になりました》
ゲイザー戦以来、ライトは初めてレベルアップした。
ロッテンコクーンが壁にぎっしり張り付いている巣で一気に駆除したのだから、流石に今までの取得経験値も併せてレベルアップしない方がおかしい。
「経験値ウマウマだね! レベルアップした!」
「私も」
「僕も」
イルミが嬉しそうに言うものだから、ヒルダとライトもそれに釣られて頬を緩ませた。
ロッテンコクーン達の魔石を回収していると、通路の奥から何やら羽ばたく音が聞こえて来た。
「ヒルダ、イルミ姉ちゃん、聞こえた?」
「うん」
「聞こえた」
「ここが巣だって考えれば、多分ロッテンモスが来るよね」
「そうだと思う。ライト、次は私がやるね」
「1人でやるの?」
「イルミもライトも1人でやったのに、私だけ協力してもらうのは情けないもん。よっぽどの大物じゃない限り、私に任せて」
「わかった」
ヒルダとしては、自分だって役に立つとライトにアピールしたかった。
だから、無理をするつもりはなくとも、倒せる相手なら自分だけで倒してみせる気でいた。
そんなヒルダの意気込みを汲んだのか、通路の先から現れたのはロッテンモス1体だけだった。
ぶよぶよの腐った体に、瘴気を撒き散らす翅が生え、口からはグルグル巻きのストローのような舌が垂れていた。
控えめに言っても直視したくなくなるぐらいキモい。
ヒルダはそのような感想を抱き、いきなり戦いを決めに行った。
「気持ち悪い! 【
ヒルダがエクスキューショナーを素早く振るうと、光り輝く狼の爪を模った斬撃がロッテンモスを切り裂いた。
少しでも早く、ロッテンモスを倒してしまいたかったのだろう。
ヒルダはロッテンモスの接近を許さず、ロッテンモスは魔石をドロップして消えた。
「【
ロッテンモスがやってきたせいで、この先に瘴気が振り撒かれているとわかっていた。
それゆえ、ライトは魔石の浄化とセットで通路の浄化も済ませた。
「ライト、終わったよ」
「うん、見てた。お疲れ様」
ライトがヒルダを労っていると、ライトの袖をイルミが引っ張った。
「お姉ちゃんお腹空いた。ライト、おやつちょうだい」
「・・・ロッテンモスを見た後で食欲があるとか、イルミ姉ちゃんの感性が心配だよ」
「食べれる時に食べとくのがお姉ちゃんスタイルなのさ」
「あっ、はい」
何を言っても結果は変わるまいと思い、ライトはイルミ用の賢者クッキーの入った袋を取り出して渡した。
「ライト、お姉ちゃんの手はヴェータライトとナグルファルで塞がってるの」
「だから?」
「ライト、お姉ちゃんの手はヴェータライトとナグルファルで塞がってるの」
「食べさせろと?」
「ライト、お姉ちゃんの手はヴェータライトとナグルファルで塞がってるの」
最後の1回については、イルミは頷きながら言ってのけた。
(イルミ姉ちゃん、さては母様がタピオカミルクティーを催促した時のやり方を覚えたな?)
ごり押しする時は、ゲームのNPCみたいな受け答えが効果的であることをイルミは先日学んだ。
それを活かすのは今だと言わんばかりに、ライトに対して同じセリフを3回繰り返してみせた。
「しょうがないなぁ。じゃあ、それっ」
「わわっ」
ライトが賢者クッキーを1枚手に取り、イルミに向かって山なりに投げた。
イルミは最初こそ慌てたものの、すぐに落下地点を予測して移動してジャンプし、あっさりと賢者クッキーを口の中に収めた。
よく噛んで飲み込むと、イルミはライトの行動に抗議した。
「ライト、お姉ちゃんが望んでたのと違うよ」
「当店ではヒルダ以外にあ~んは取り扱っておりません」
「ぐぬぬ・・・。ヒルダだけ贔屓するのは良くない」
「婚約者にするのと同じことを求める方がおかしいよ。ほら、食べるなら片方だけでも外して食べな」
「は~い」
ライトの言い分に納得はしなかったが、従わないと投げられた賢者クッキーを食べることになるので、イルミは渋々ライトの言う通りにした。
イルミがぼりぼりと食べている間、ライトとヒルダも飲み物を口にして休息を取った。
それから、休憩が終わるとライト達は通路の奥にあった階段を上り、2階へと移動した。
2階に行くと、今度はゾンビが6体待ち受けていた。
「ヒルダ、イルミ姉ちゃん、僕がやっても良い?」
「良いよ」
「は~い」
2人から許可を得ると、ライトは【
「【参式:
「「えっ?」」
ライトが手前の1対に高速で突きを放つと、突き刺した瞬間にゾンビから発火した。
ゾンビは火に弱いようで、異臭をその場に放ちながら燃えて消えた。
「汚物を消毒するには火力不足か。いや、練度不足かも。【参式:
ライターぐらいの大きさの火が起こった。
「違う。【参式:
ライターよりは大きな火が起こった。
「そうじゃない。【参式:
松明ぐらいの火が起こった。
「もっと速く! 【参式:
フランベのような勢いで火が生じた。
5体目への【参式:
実際、発火する際の音も燃え上がり方も4体目までよりも激しかった。
「この感覚だね。【参式:
6体目のゾンビは、5体目のゾンビを倒した時と同じ感覚を再現できたので、こちらも納得のいく一撃だった。
ライトがこの場にいるゾンビを全滅させると、ヒルダが疑問を口にした。
「ライト、今の技ってどうやったの? すごい速さで突きを放ったのは見えたけど」
「ヒルダの見た通りだよ。高速で突きを放っただけ。ただ、MPをカースブレイカーの先端に集めるように流し込んで、刺した瞬間に解放するんだ。刺して引き抜く時に摩擦が生じて発火するって訳」
「私の技もMPを注ぐけど、発火したりはしないよ?」
「僕とヒルダの違いは、<法術>を使えるかどうかだね。アンデッドにとって弱点の<法術>を使える僕のMPは、アンデッドを滅そうとして発火させるんだ」
「うぅ、ライトが攻撃までできるようになったら、私の立場がないよ・・・」
ライトの説明を聞き、ライト1人で攻撃と防御、回復、支援の全てをこなせるとわかるとヒルダは落ち込んだ。
今までは頼ってもらえた攻撃面でも、ライトが自分で対応できるとなれば、ヒルダは自分が要らないのではないかという不安でいっぱいになってしまったのだ。
(あっ、ヤバい。言い方が悪かったな。すぐにフォローせねば)
ヒルダの落ち込み方を見て、このままでは良くないとライトはすかさずフォローに移った。
「僕だって、万が一1人でいる時に強いアンデッドに遭遇したら、戦わなきゃいけないでしょ? その時が来ないと良いけど、可能性がないとは言い切れないから準備だけしてるんだ。普段はヒルダが僕の代わりに攻撃を引き受けてくれるからこそ、僕は安心して、とどめを刺すまで支援に集中できるんだ」
「私が必要?」
「必要だよ」
「本当に?」
「本当さ」
「本当に本当?」
「本当に本当だよ」
「・・・ちょっとだけ抱き着かせて」
「どうぞ」
ライトが自分の目を逸らさずに見つめたまま言うから、ヒルダはライトが本気で自分を必要としてくれているのだと理解した。
それでも、不安になった気持ちがすぐにクリアにならなかったので、ヒルダはライトに抱き着いた。
ライトの鼓動を聞くことで、自分の気持ちを落ち着かせるためである。
「もう、ヒルダってば甘えん坊だね」
「イルミ姉ちゃん、シッ。これは医療行為だよ」
「ライト、お姉ちゃんはアンジェラじゃないんだよ?」
「わかってる。けど、事態がややこしくなるから静かにしてて。帰ったらお菓子あげるから」
「わかった!」
(なんてチョロいんだろう。でも、そのおかげで助かった)
イルミがおとなしく周囲を警戒してくれれば、自分はヒルダの気持ちを落ち着かせることに専念できる。
だから、ライトはイルミをおやつで釣ってヒルダのケアに入った。
数分後、気持ちを落ち着かせたヒルダが復帰し、ライト達は探索を再開した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます