第125話 未来のダーイン公爵夫人だもの。これぐらいできなきゃね
3月2週目の木曜日、ドゥラスロールハートから1台の豪華な
その
このタイミングで
アンジェラにヒルダ訪問を知らされたライトは、急いで応接室にヒルダを迎えに行った。
「ライト!」
「ヒルダ!?」
ライトの姿を視界に捉えた途端、ヒルダの目に光が戻って全力でライトにダイブした。
ラグビー選手のタックルにも等しい衝撃をその身に受け、ライトは強制的に息を吐き出させられた。
「エヘヘ~♡ ライトだ~♡」
ライトに抱き着いたヒルダは、ライトの首筋に顔を近づけると深呼吸してライトの匂いをこれでもかと吸い込んでは吐き出すのを繰り返した。
どうやら、エクスキューショナーのデメリットに耐え切れず、ヒルダは春休み2週目にしてダーイン公爵家に押し掛けたらしい。
「あぁ、若様に抱き着いて深呼吸。なんて羨ましい・・・」
(口を閉じろ変態。これは医療行為だ)
ヒルダに抱き着かれて動けないライトは、部屋の隅に控えて変態発言を口にするアンジェラに心の中でツッコんだ。
ここでアンジェラにツッコめば、二次災害が起きるのは間違いない。
ヒルダを落ち着かせるので手一杯な今、アンジェラの相手なんてまともにやってられはしないのだ。
ヒルダの深呼吸する回数が減ると、ライトはヒルダに話しかけた。
「ヒルダ、大丈夫? もう落ち着いた?」
「・・・うん。ごめんね」
「僕の方こそ、ヒルダをもっと気遣ってあげれば良かったよ。ごめんね」
「ライトが謝ることじゃないよ。私がライトに会えないのが我慢できなくなっちゃっただけなんだから」
「でも、春休みとかヒルダが卒業した時のことを考えると、ヒルダとずっと一緒にいられる工夫をしなきゃ駄目だよね」
ライトの懸念はもっともなことで、ヒルダのエクスキューショナー対策は急務だ。
ヒルダの精神が不安定になると、エクスキューショナーのデメリットにより、ヒルダに殺人衝動を引き起こさせる。
ヒルダの精神を安定させる条件として、ライトに他の女性がくっつく危険がないとわかれば今までは問題なかった。
だが、ライトと1週間以上離れたことで、ヒルダに禁断症状に近いものを発症してしまったようだった。
「春休みの件は大丈夫だよ。この手紙を読んで」
「手紙? わかった」
ヒルダから差し出された手紙を受け取ると、ダーイン公爵家宛てにヒルダとライトに同棲させてほしいという内容が書かれていた。
元々、婚約関係にあるのだから、同棲するのが速いか遅いかの違いしかない訳だし、ヒルダの精神を安定させるためにも頼むとのことだった。
ライトとしては、ドゥラスロール公爵家がそれを許可してくれるのならば、その対応がベストなので異論はない。
エクスキューショナーをヒルダが使うことになった時、いや、ヒルダと自分が婚約関係になった時から、いずれは同棲するとわかっているのだから当然だろう。
実際、2人は学生寮でもスイートルームで同棲しているのだから、ヒルダのいない日常の方がライトにとっては不自然なものと化しているぐらいだ。
(ヒルダが卒業する時は、セイントジョーカーに家を借りてそこから通えるようにできないか交渉しよう)
流石に、ヒルダが卒業してなおスイートルームを2人が使うのはおかしいという考えから、ライトは学生寮に住むのではなく、校外から教会学校に通えるようにすることを考えた。
イレギュラーな状況に対し、イレギュラーな対応を
そんな枠組みからアプローチする対症療法はさておき、折角ヒルダがダーインクラブに来てくれたのだから、流行り出したダーインタピオカミルクティーをヒルダに用意した。
ライトは来客があった時のことを考えて、事前に作り置きしたダーインタピオカミルクティーを<
だから、ヒルダに出したそれも出来立てに変わりはない。
「ちょっと遅くなったけど、飲み物でも飲んで」
「これ、噂になってるライトの新作だよね!? ありがとう!」
既に、ダーインタピオカミルクティーの噂は聞きつけていたらしく、ヒルダは大喜びでグラスを手に取り、ストローで中身を吸い始めた。
「美味しい!」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
「良いなぁ。ドゥラスロールハートって、これがすごいって特産品がここまで充実してないもん」
「そこは僕が頑張ったからね。それに、ヒルダは未来のダーイン公爵夫人だよ? いずれはダーインクラブをセイントジョーカーに負けない都市にするのを隣で見ててもらわないと」
「もう、ライトってば。子沢山な家庭にしようね」
(おぉ、まさかの肉食発言・・・)
そんな返しが来るとは思っていなかったので、ライトは反応に困った。
ヒルダが自分の飲み物を飲み干すと、少し真剣な表情になった。
「ねぇ、ライト。ダーインクラブにアンデッド避けの結界を張ったって本当?」
「うん。結構大掛かりなものだから、準備期間に時間がかかったけどね」
「その結界、ドゥラスロールハートにも張れないかな? 勿論、この結界がダーインクラブにとって切り札だってことはわかってるの。それでも、私が育ってきたドゥラスロールハートに住む領民達にも、ここの領民みたいに安心させてあげたい」
ヒルダの発言は、結界に守られていない領地に住む者の願いを代表する者だった。
「出し渋るつもりはないけど、現地か正確な地図を見てみないことにはなんとも言えないよ」
「ライトだもん。そこは信用してるよ。じゃあ、地図があれば判断できる?」
「多分ね」
「わかった。じゃあ、これを見て」
ライトの言葉を受け、ヒルダは鞄から地図を取り出した。
「ヒルダ、これってドゥラスロールハートの地図?」
「そうだよ。地図が必要になるかもって思って、写して来たの。安心して。ちゃんと父様と母様の許可は貰ってるから」
「用意周到だね」
「未来のダーイン公爵夫人だもの。これぐらいできなきゃね」
先程のライトの言葉を引用し、ヒルダはドヤ顔で言ってみせた。
「そっか。僕もヒルダに失望されないように頑張らないとね」
「大丈夫。ライトに失望することなんて、絶対にあり得ないから。私、ライトが死んだら一緒に死ぬ覚悟だってあるし」
(重い、いや、それだけ僕を愛してくれてるんだよね。そう思っておこう)
エクスキューショナーのデメリットが定着化しているせいで、ヒルダの思考もヤンデレに近いものへと変わっている。
それを重いとか怖いと思うか、自分をそれだけ愛してくれていると思うかで自分にかかるプレッシャーが変わるので、ライトは後者だと思うことにした。
話は逸れたが、ヒルダの相談も放置しておけないものだから、ライトは地図に目を通した。
ドゥラスロールハートの領地は、ダーインクラブよりも狭い。
とはいえ、それは2つの領地を比較した時の話であり、他の侯爵以下の貴族の領地と比べれば十分大きいものである。
(ドゥラスロールハートって、正円形というよりは楕円形なんだね)
ダーインクラブは正円形なので、【
陣は正円形がベースであり、区画整理がしっかりされていたこともあって、陣が刻み易かったからである。
区画整理については、公爵家の領地ともなればドゥラスロールハートもできているのだが、正円形の陣を楕円形に改変することはできない。
それを考えると、楕円を覆うように陣を掘り、領地との境界の壁を越えたところにも陣を掘る必要がある。
「ヒルダ、結論から言うとドゥラスロールハートでも結界は張れると思う。ただ、準備には時間もお金もかかると思ってほしい」
「領民を守るためだもん。それぐらいは承知の上だよ」
「それなら大丈夫。ヒルダ、この地図に書き込んでも良い?」
「良いよ」
「ありがとう」
ライトは詳細を知らないドゥラスロールハートの者でもわかるように、陣の掘り方と掘った際の完成図を地図に書き加えた。
「アンジェラ、父様は執務室にいる?」
「いらっしゃいます」
「わかった。ヒルダ、父様の執務室に行こう。この地図を持って父様に今までの流れを説明し、実施の許可を取る必要がある。家族になるからと言って、他所の領地への越権行為になるから、父様にも事情を知らせておきたい」
「うん、そうだよね。一緒に行く」
ライトは結界を張る協力をしてくれると言ったが、パーシーが同意してくれるとは限らない。
そう思うと、ヒルダは緊張した。
そんなヒルダのために、ライトはヒルダの手を握ってパーシーの執務室に移動した。
執務室に入り、ヒルダから事情を説明すると、ヒルダの予想とは違うことが起きた。
「ドゥラスロールハートに結界を張る? 良いよ」
「よ、よろしいのですか?」
「ケインとは教会学校時代から仲良かったし、ライトの結界で救える命が増えることは良いことだ。それに、
(父様マジかっけー)
「「ありがとうございます!」」
パーシーのイケメン発言により、ヒルダのお願いはあっさり通った。
その後、ライトの指示書がドゥラスロールハートへと送られることになり、指示書が届き次第、結界を張る準備が始まることになった。
ヒルダの心の中で、ダーイン公爵家に嫁げることがまた嬉しくなるのだった。
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