第124話 いやいや、こんな時だけ子供ぶられても困るよ
3月2週目の月曜日、ダーインタピオカミルクティーは瞬く間にダーインクラブ内で急上昇ワードとして広まっていた。
それとは別に、今日のライトは朝からパーシーに呼ばれ、パーシーの執務室にいた。
突然だが、ヘルハイル教皇国の
1つ目は、教会所属の
2つ目は、貴族の治める領地の衛兵になり、領主の命令に従って働く
昨年の月食の際、ライト達が協力したのは前者の
「ライト、今日呼んだのは他でもない。結界が展開されたことで、移住者がダーインクラブに押し寄せて来ることは想像に難くないから、今後のダーインクラブや衛兵について意見をくれないか?」
「わかりました」
パーシーがライトを執務室に呼んだのは、結界の影響を考慮してのことだった。
ダーインクラブに結界が張られて以降、噂を聞きつけて移住者が少しずつではあるが確実に増えてきている。
人口が増えれば、考えたくない事態ではあるが治安の悪化が起こる可能性は否定できない。
それに加え、結界のおかげで領内にアンデッドが出現する可能性がなくなったので、衛兵の役割や人数配分を改める必要が出て来たのだ。
そんな事態になったのなら、結界を張った当事者に話を聞くのがベストなので、パーシーはライトを執務室まで連れて来たという訳である。
ダーインクラブの駐屯地にいる衛兵となる
パーシーの権限で動かせる1,000人という数字は、決して少ないものではない。
この人数は、ダーインクラブの領民10,000人の1/10程度であり、税金によって衛兵が成り立っているのだから、多過ぎても領民の負担が増えてしまうので妥当な数なのだ。
ちなみに、教会のダーインクラブ支部所属の
これはあくまでダーイン公爵家の納めるダーインクラブだからであって、他の領地、特に侯爵以下の貴族が治める領地では戦える人数はもっと少ない。
人類とアンデッドの長きにわたる闘争により、ニブルヘイムの人口は地球と比べ物にならない程少なく、10,000人という数の領民でもダーインクラブはセイントジョーカーに次いで国内2番目の人口の都市になっている。
公爵家が4つあるにもかかわらず、どうしてダーインクラブがセイントジョーカーに告ぐ人口の都市になったかと言えば、ライトのおかげだ。
ライトが生まれるまで、<法術>を使える者は
しかし、ライトが<法術>を使えることで、今まで救えなかった命が救えるようになり、貧困層や一般層から治療費を毟り取ることもないから領民が定着しやすい。
誰だって死にたくはないから、少しでも生存し続けられる可能性が高い領地にいたいという訳だ。
ライトの治療だけでも、年々ダーインクラブの人口は微増していた。
そこに結界という要素が加われば、間違いなく周辺の貴族の領地から移住者は増えるのは間違いないので、かつてない事態にパーシーはお手上げというのが正直なところだ。
「ライト、率直に訊こう。今後、ダーインクラブの治安は悪化するか?」
「何もしなければ、悪化するでしょうね」
「やはりか。ライト、治安を維持する方法はないか?」
「パッと浮かぶのは、領地法の確立と見回りの強化ですかね」
「見回りの強化はわかるけど、領地法とはなんだい?」
衛兵となった
「領地限定のルールですよ。破れば罰金、投獄、強制労働ってルールは今もありますよね?」
「そういうことか。でも、今だって明文化されてないけど慣習法があるぞ?」
「慣習法では、時代が移っても残ってしまう悪法が出て来るかもしれません。だから、大枠となる法律を定め、時代に即して適宜修正するのが良いと思います」
「領主の権限で裁くのでは駄目なのかい? 今だって、一応は機能してるじゃないか」
「父様、子供の気持ちになって考えてみて下さい。親の匙加減で罰を与えられるのと、親から予めルールが開示されてて、何をしたら罰則なのか明らかなのとどっちが過ごしやすいですか?」
ライトに言われ、パーシーは自分が子供だった時のことを思い出してよく考えてから結論を出した。
「・・・後者だな」
「でしょう? 親を領主、子供を領民と置き換えたって、同じことが言えるんじゃありませんか?」
「それはそうだ。わかった。じゃあ、俺は頭を使うのは苦手だし、法律の作成はライトに任せるよ」
「そう言うと思って、もう用意してあります」
ライトは<
「余りにも用意が早過ぎやしないかい?」
「結界を張ることは、教会学校にいた時から考えてましたから。その後どうなるかも考えれば、必要な準備です」
「もうライトが領主をやれば良いんじゃないかな」
「何言ってるんですか、父様? 未成年の僕に領主を任せるだなんて無責任です」
「いやいや、こんな時だけ子供ぶられても困るよ。エリザベスだって、偶に俺よりもライトの方が賢いって小言を言って来るし」
(母様、父様を虐めないでくれ。そりゃ、父様が脳筋なのは事実だけどさ)
パーシーは
それに対し、エリザベスは
だから、領内の政治はエリザベスに頼りがちなのだが、エリザベスだって政治に精通している訳でもない。
そもそも、エリザベスの実家は貴族でもなんでもない一般階級であり、遠い昔に亡くなっている。
そうなると、パーシーが頼れるのは
「父様、しっかりして下さい。父様が元気なうちは、父様がダーインクラブを修めるのが道理です。僕が後を継ぐのは、僕が成人して父様が戦えなくなったらですよ」
「あはは、厳しい息子だなぁ」
「父様は
ライトがこのように言うのにはちゃんとした理由がある。
実は、パーシーはイルミと同じで人に好かれやすい。
賢いと言うには無理があるが、一応はダーインクラブをどうにか運営している。
その運営を維持できているのは、パーシーが人当たりの良い性格のおかげであり、パーシーならば助けてあげようと皆がパーシーに協力するからである。
そんなパーシーから、無理にでも領主の地位を引き継ぐのは悪手でしかない。
領民の心を離さないようにするには、パーシーの引退という名目で引き継ぐのがベストなのだ。
という訳で、ライトはパーシーが元気でいる間はその補佐に留まっておきたいと考えている。
「わかった。ライトにそこまで言われたらやるしかないか。さっきのは聞かなかったことにしてくれ」
「わかりました。では、話を戻しますが、これを読んでもらえませんか?」
「読ませてもらうよ」
ライトから領地法の草案を受け取ると、パーシーは先程までの弱った表情とは打って変わってキリッとした表情で読み始めた。
だが、パーシーは少しして顔を上げて困ったような笑みを浮かべた。
「公序良俗って何?」
(しっかりしてよ父様。領主なんだから)
法律ということで、難しい言葉で書いてしまった感はあるが、領主なんだからそれぐらいの意味はわかってほしいとライトは思った。
「領地の秩序や社会の一般的な利益なことです。その条文を要約すると、領地の秩序や社会の一般的な利益に違反することは認めずに罰を下すということです。罰の重さについては、下の方に記してあります」
「そういうことか。ライトは難しい言葉を知ってるんだな。大したもんだよ」
(感心してほしいのはそこじゃないよ)
内心溜息をついたが、どうにかパーシーに内容を理解してもらいGOサインが出た。
念のため、ライトはこの後エリザベスにも意見を貰い、翌日にはダーインクラブに領地法が大々的に掲示された。
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