第123話 ライトの物はお姉ちゃんの物。お姉ちゃんの物もお姉ちゃんの物

 ダーインクラブを結界で覆った翌日、ライトはイルミに部屋に乗り込まれていた。


「ライト~、お姉ちゃんに新しいスイーツが食べたい~」


「イルミ姉ちゃん、昨日の大仕事で僕は疲れてるんだけど」


「大丈夫でしょ? ライトには【疲労回復リフレッシュ】があるんだから」


「チッ、バレたか」


「あっ、お姉ちゃんに舌打ちした。酷い」


「酷いのは弟を酷使する姉だと思うんだ」


「ライトの物はお姉ちゃんの物。お姉ちゃんの物もお姉ちゃんの物。つまり、ライトが作るスイーツはお姉ちゃんの物なのさ」


「ナチュラルにジャイアニズムを発揮しないでほしいよ」


「ジャイアニズム? 何それ美味しいの?」


 あまりに惚けたこと口にするものだから、ライトはイルミにジト目を向けた。


 しかし、ジト目を向けてもイルミが自分の意見を撤回するとも思えないので、ライトはイルミを黙らせるスイーツを作れないか考えることにした。


 (仕方ない。厨房に行こう)


 イルミを連れて、ライトは厨房に向かった。


 すると、どこからともなくアンジェラが現れた。


「若様、どうかされましたか?」


「イルミ姉ちゃんが新しいスイーツを作れってうるさいんだ」


「ライトがスイーツを作ってくれるんだよ。良いでしょ?」


「率直に申し上げて羨ましいです。若様の作る物は美味しいですから」


 ドヤ顔全開のイルミを見て、アンジェラは自分の気持ちを正直に口にした。


「だったら、ライトにお願いすれば作ってくれるよ。ね、ライト?」


「勝手に作る量を増やさないでよ」


「え~? 2人分作るのも3人分作るのも変わらないじゃん」


「そういうことは、自分で料理できるようになってから言おうね?」


「私は食べるの専門だから」


「そうはいかないよ。新しいスイーツが作りたいなら、働いてもらうよ」


「働きたくない」


「働け。さすれば新たなスイーツを作って進ぜよう」


「もう、しょうがないなぁ」


 (なんで譲歩したみたいになってんだよ・・・)


 イルミの態度を見て、ライトはイラっとしたけれどもいつものことなのですぐに平常心を取り戻した。


「アンジェラ、屋敷の食材で余ってる物はある?」


「余剰な食材ですか? それならトゥピですね。昨日仕入れた者が、格安で大量に買ってきましたから」


「トゥピか・・・。うん、なんとかなるかもしれない」


 トゥピとは地球で言うキャッサバであり、ダーインクラブではよく収穫できる作物だ。


 正確には別物だが、ライトの<鑑定>によれば限りなくキャッサバに近いものだった。


 キャッサバで作れるスイーツと言えば、地球ではおなじみのタピオカである。


 ヘルハイル教皇国には、タピるとかイン〇タ映えなんて言葉は存在しないが、多分ウケるとライトは思っている。


 作る物が決まれば、ライトは行動に移った。


 アンジェラにトゥピを用意させている間に、ライトは他に必要な食材を用意した。


 全てが揃うと、ライトはニッコリと笑ってイルミの方を向いた。


「イルミ姉ちゃん、早速出番だよ」


「何するのさ?」


「このトゥピを全部摺り下ろして粉状にして」


「それぐらいなら任せて」


 もっと難しい作業を任されると思っていたため、イルミは想定よりも簡単な作業を頼まれて安心して引き受けた。


 だが、ちょっと待ってほしい。


 本来であれば、トゥピを粉末にする作業は力を必要とする作業なのだ。


 それを簡単と思えるのは、イルミに<剛力>があるからだと言える。


 そうでなければ、この作業は苦痛だと言っても過言ではない。


 屋敷の料理人コックが作れと言われたら、命令には逆らえないからやるしかないが、内心はやりたくないと思うに決まっている。


 イルミがトゥピを粉末にする作業をしている間に、ライトは黒砂糖と水を鍋に入れて火にかけた。


 タピオカを黒くするためには、この手順は外せない。


「ライト、終わったよ」


「えっ、早くない?」


「お姉ちゃん頑張った」


「そ、そっか。わかった。じゃあ、鍋の中が蜜みたいになるまで待ってて。イルミ姉ちゃんの出番は、また少し後にあるから」


「は~い」


 イルミがスイーツ食べたさに本気を出すものだから、ライトは無駄にプレッシャーを感じた。


 そのプレッシャーを受けつつも、鍋の中身が黒蜜になったので、ライトは黒蜜の半分をボウルに入った粉状のトゥピの中に注ぎ込んだ。


 残りの黒蜜は氷室に入れて冷やしておく。


 トゥピの粉末と黒蜜を混ぜると、徐々にボウルの中でまとまりができる。


 それをまな板の上に移し細長く練り上げると、包丁で細かく切り分ける。


 その速さには、ある種の職人芸とすら呼べる洗練された何かがあった。


 等間隔で1センチ程度に切り分けたら、ライトはアンジェラに用意させた3つの乾いた瓶にそれらを分けて入れた。


「はい、イルミ姉ちゃん、アンジェラ、出番だよ。蓋を閉めて零れないようにしてから、中身の角が取れて丸くなるように振って」


「は~い」


「お任せ下さい」


 振ること5分、ライト達の瓶の中身は丸くなった。


 瓶の中身を取り出すと、鍋に水を多めに張って沸騰させたところに投入し、そのまま20分茹でる。


「イルミ姉ちゃんはグラスとストローを3人分用意して」


「わかった」


「アンジェラ、冷えたミルクティーの用意をお願い。グラスに注いどいて」


「かしこまりました」


 仕上げが近づいて来たので、ライトはイルミとアンジェラに指示を出した。


 ちなみに、ストローはプラスチック製ではなくガラス製だ。


 そもそも、プラスチックのストローなんてものは、ダーインクラブどころかヘルハイル教皇国に存在しないので、以前ライトがガラスで作らせたのである。


 20分経つと、最初に作った黒蜜の残りにタピオカを投入して5分浸した。


 そうしている間に、アンジェラがグラスに冷えたミルクティーを注ぎ終えていたので、黒蜜濡れになったタピオカをミルクティーの中に入れる。


 そして、ガラスのストローをグラスの中にセットすれば、手作りタピオカミルクティーの完成だ。


 純粋なスイーツと呼ぶには少し違うかもしれないが、目新しさだけで言えば申し分ない。


「ライト、完成?」


「うん。タピオカミルクティーの完成だよ。飲む時はストローで底にあるタピオカを吸うんだ」


「なんか面白そう」


「じゃあ、早速飲もうか」


「うん!」


「いただきます」


 イルミとアンジェラは、ライトに教わった飲み方でタピオカミルクティーをストローで吸った。


「美味しい!」


「これは・・・、女性に人気が出ること間違いなしですね。セイントジョーカーでもここまでのものは飲んだことがありません」


 イルミは無邪気に喜び、アンジェラも変態らしさを忘れて1人の女性目線でコメントした。


 2人が喜んでくれたので、ライトも自分のタピオカミルクティーに手を付けた。


 (まさか、ニブルヘイムでタピれるとは思ってなかったなぁ)


 自分で作ったくせに、実際に飲んでみるとライトは感慨深く感じていた。


 少し強めに吸うことで、ストローの中をタピオカが登って口の中に入っていく。


 これぞタピオカの醍醐味である。


 イルミのリクエストに応じ、これでイルミがおとなしくなるとホッとしたライトだったが、解放されるのはまだだった。


 何故なら、目の笑っていない笑みを浮かべるエリザベスが、厨房の目の前に立っていたからだ。


「あら、3人で美味しそうなものを飲んでるわね」


「うん! ライトが作ってくれたの!」


 (イルミ姉ちゃんの馬鹿! 余計なことを言うんじゃないよ!)


「か、母様。珍しいですね、厨房にいらっしゃるなんて」


「あら、3人で美味しそうなものを飲んでるわね」


 口を塞ぐ前に、イルミが余計なことを言うものだから、エリザベスが同じセリフを繰り返した。


 (母様がゲームのNPCみたいな受け答えをしてる・・・)


 この時点で、ライトは再びタピオカミルクティーを作らねばならないことを悟った。


「あら、3人で美味しそうなものを飲んでるわね」


 エリザベス、ここでまさかの駄目押しである。


 それだけ初見のタピオカミルクティーに興味津々なのだろう。


「母様も飲みますか?」


「催促したみたいで悪いわね」


 (いや、思いっきり催促してるから)


 口が裂けてもそんなことは言えないので、心の中でツッコむに留めると、ライトはエリザベスの分のタピオカミルクティーも作った。


 タピオカミルクティーを飲むと、エリザベスは立ち上がった。


「ライト、タピオカミルクティーをダーインクラブの特産品にしなさい! 異論は認めません!」


 エリザベスの一声により、タピオカミルクティーはダーインマヨネーズ同様ダーインクラブの特産品に決まった。


 パーシーの意見は聞くまでもなく、エリザベスがそこまで気合を入れるならと二つ返事で許可した。


 ダーインタピオカミルクティーが流行るのも、時間の問題だと言えよう。

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