第122話 不可能を可能にしてしまったんですね。わかります
帰省した翌日、ライトは早速治療院に顔を出した。
アンジェラが手入れを欠かさなかったおかげで、治療院は埃一つ落ちていなかった。
変態は変態でも有能な変態である。
ライトが治療院を開けると、朝から顔を出す者が多かった。
その大半は、ライトが教会学校に行っている間に聖水によって治療された者達ばかりで、ライトが帰って来たと知ってお礼を言いに来たのである。
ライトがアンジェラを通じ、症状が軽度の段階ですぐに使うように指示をしていたおかげで、症状が悪化してしまった者は出なかった。
「若様のお手を煩わせることがないように、私から旦那様に進言して各世帯に1瓶ずつ聖水を配らせていただきました。領民の皆様からは、給付金の配布よりも喜んでいただけましたよ」
「アンジェラ、いたのか?」
「ええ、ずっと」
いつの間にかライトの後ろに控え、ライトの考えていることを先読みしてライトが不在にしていた時の治療院について報告するとは、アンジェラ恐るべしといったところだろう。
「怖いっての。でも、その仕事ぶりだけは評価しよう。アンジェラ、よくやった」
「・・・おっと、若様に褒めていただけたおかげで下着が大変なことになってしまいそうです」
「落ち着け変態」
「ありがとうございます。では、若様の吐いた息が混ざったこの室内で深呼吸しろということでよろしいでしょうか?」
「良くないに決まってるだろ。外で深呼吸して来い」
「かしこまりました」
昨日は昨日、今日は今日ということで、アンジェラがライトと3時間一緒に過ごしたいと言い出すことはなかった。
だが、今日も今日とてアンジェラは変態なので、ライトの精神的苦労は絶えない。
アンジェラが深呼吸して治療院の中に戻って来ると、ライトは気持ちを切り替えて訊ねた。
「アンジェラ、僕が月食後の手紙の中で言い付けた仕事の進捗を聞かせてくれ」
「承知しました。公共事業として所得が低い領民を雇って道の端に溝を掘り、若様の指示通りの陣がダーインクラブに刻まれました」
「わかった。それじゃあ、屋敷に戻ろうか。仕上げは屋敷でやるよ」
ライトが何をしようとしているか気づき、アンジェラはライトに訊ねた。
「若様、もしやダーインクラブを
「その通りだよ」
「まさか、そんなことまでできるとは思いもしませんでした。流石は若様です」
「そういうのはできてから言ってよ」
「いえ、若様はできないことを口にすることはありません。ですから、口にされた以上必ず成功すると信じております」
「期待し過ぎだよ。とりあえず、戻ろうか」
ライトは戸締りをした後、アンジェラを連れて屋敷に戻った。
屋敷に戻ると、ライトは庭にある噴水の前に移動した。
この噴水は、ダーイン公爵家の庭全体に水を行き届かせ、庭にある植物に水を与える役割を持つ。
ダーイン公爵家の屋敷は、ダーインクラブの中心にある。
屋敷から伸びる道の端に、アンジェラはライトに命じられて溝を掘った。
その溝は屋敷の水を堰き止めなければ、屋敷の庭の水がダーインクラブ中に行き渡るようになっている。
そして、現在、噴水の水はライトの実験のために止められている。
ライトは仕上げとして、<
「・・・若様、その神々しい壺はなんですか?」
「ホーリーポットだよ」
「ホーリーポットですか? 初めて聞きますね」
「そりゃそうだよ。だって、この国に1つしかないんだから。アンジェラ、スプリングポットって知ってる?」
「国宝級の
「それがこれだったんだよ。前に叔父様から貰ったんだ」
「はい?」
アンジェラは自分の耳を疑った。
国宝級の
しかも、ライトはスプリングポットではなく、ホーリーポットだと紹介した。
それはつまり、ライトがスプリングポットに手を加えたことで、ホーリーポットができたことに他ならない。
そこまでアンジェラの思考が追い付いたと悟ると、ライトは再び口を開いた。
「もう気づいたと思うけど、スプリングポットに【
「不可能を可能にしてしまったんですね。わかります」
「いやぁ、思い付きでやってみたら、国宝級の
「若様、この事実を知ってる者は何人いますか?」
「僕とヒルダ、それからアンジェラの3人だよ。下手に公表したら大変なことになるでしょ?」
「当然です。無論、私は若様がそんな馬鹿な真似をするとは思っておりませんが、これからもくれぐれも扱いには注意して下さい」
アンジェラが普段の変態らしさを抑え、真剣な表情で言うのだから間違いなく重要な話であることは間違いない。
「言われなくてもわかってるよ。それはそうとして、聖水を噴水に注ぐから水を堰き止めてる石をどけてくれる?」
「かしこまりました」
ライトの指示を受け、アンジェラはテキパキと屋敷の敷地の外に水が流れるように石を取り除いた。
すると、屋敷の庭の水が流れ出した。
屋敷の庭の水が、ダーインクラブ中に掘られた溝に流れていくと、今度はライトが噴水にホーリーポットの
それにより、噴水を経由して屋敷の庭に聖水が行き渡り、そのまま聖水がダーインクラブ中の溝を伝って流れ出した。
作業を始めてから小一時間程度経過すると、庭の水の水位が変わらなくなった。
つまり、聖水が掘ってできた溝の陣に行き渡ったのである。
それを目で見て確認すると、ホーリーポットを<
「【
その瞬間、屋敷の庭の聖水が神聖な光を放ち、その光がダーインクラブ中に広がっていく。
ライトが使った【
その特徴として、一旦発動してしまえばライトのMPに関係なく効果が持続するというありがたい効果がある。
というより、聖水を媒介に発動したからこそ、そのような効果になったという方が正しい。
常識的に考えて、ダーインクラブの隅々まで行き渡らせる聖水を用意するなんて、軽く領地の予算が飛ぶぐらいの資金が必要だ。
それを自前で出費なくできるのだから、ホーリーポットという
ライトの【
イルミは出かけているようで、この場には姿を現さなかった。
「ライト、これは一体何が起きてるんだい!?」
「父様、<法術>と聖水を使ってアンデッドの接近と進入を阻む結界を作りました。これで、ダーインクラブはセイントジョーカーと同じく領内ではアンデッドの被害が出ません」
「・・・まさか、そんなことまでできるとは」
「ライト、大丈夫? これだけの技を使えば、MPが足りないんじゃないかしら?」
実際、膨大なMPを有するライトでも、ホーリーポットの使用と【
それでも、ライトにはまだMPを回復する手段があった。
「大丈夫です。回復手段はあります。アンジェラ、椅子を用意してくれる?」
「かしこまりました」
ライトに頼まれ、アンジェラは庭に出ている椅子をライトの後ろに用意した。
ライトはそこに座ると、再び手を組んだ。
「【
技名を唱えた瞬間、ライトの体を神聖な光が包み込んだ。
【
<法術>の技にしては珍しく、MPを使わずに発動できる技だ。
ただし、技の発動中は身動きが取れなくなる。
だから、ライトはアンジェラに椅子を用意するように命じたのだ。
MPを回復させている間、立ちっぱなしなのはしんどいからである。
実のところ、ライトはアンジェラの口から自分が椅子になると言われなくてホッとしている。
それにツッコむ元気がないからだ。
5分程祈ると、まだまだ全快には程遠いものの、<超回復>によるMPの回復もあって、動ける程度になったのでライトは技を止めた。
神聖な光が止むと、エリザベスはライトに話しかけた。
「ライト、少し顔色がマシになったわね。もう平気なの?」
「はい。もう大丈夫です」
「そう。それじゃこの後取るべき行動について教えてちょうだい。この結界を維持するために、領民に守らせなければならないことがあるなら大至急伝達する必要があるから」
「わかりました」
エリザベスはライトが無茶をしたとわかっているので、とりあえずライトが展開した結界の維持を最優先に考えた。
ライトに色々問い詰めるのは、ライトの体調が回復してからでも遅くはないからである。
その後、ライトは結界に対する諸注意を伝えると、疲れによって猛烈に眠気に襲われたため、夕食まで長い昼寝についたのだった。
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