第120話 おれはしょうきにもどった!

 時は少し流れ、2月の最終土曜日。


 今日は卒業式の当日である。


 卒業式に参加するのは、教会学校を卒業する全コースの卒業生とその担任の教師陣、校長、次年度の生徒会メンバー、卒業生の保護者である。


 次年度の生徒会メンバーに関して言えば、卒業式が午前に行われるため授業の参加は免除されている。


 在校生は昼休みに入ってから、卒業生と最後に話す時間が設けられるようになっている。


 卒業証書の授与については、卒業生を代表した生徒が受け取るだけだ。


 流石に、1コースの1学年が100人以上おり、4コース合計で400人は超える数の生徒がいれば、1人ずつ授与などやっていられない。


 それをやってしまえば、授与だけでも半日が終わってしまうからだ。


 シスター・アルトリアから卒業証書を受け取るのは、メイリンだった。


 本来であれば、生徒会長のジェシカが受け取るべきかもしれないが、ジェシカには他の役目がある。


 だから、生徒会副会長のメイリンが卒業証書を受け取った。


 では、ジェシカが何をするのか。


 それは、卒業生代表の挨拶だ。


 卒業生代表の挨拶はジェシカが務め、在校生代表の挨拶はヒルダが務める。


 例年通り、新旧生徒会長が挨拶を交換する流れで卒業式は進められた。


 シスター・アルトリアが校長として卒業を祝う言葉を述べると、最後にヒルダが卒業式を閉式した。


 無事に卒業式は新生徒会によって運営され、閉式まで済んだ。


 そうなれば、後は昼休みに入るまでの僅かな時間だが、新生徒会メンバーにはほかの在校生よりも卒業生と話すことができる。


 ライト達がジェシカとメイリンに会いに行こうとすると、そこにケニーが駆け寄って来た。


 ケニーの手には、何か青緑色の液体の入った瓶が握られていた。


「ライト、悪い! 完成が今日になっちまった!」


「その手にあるのは、もしかしてあのレシピの薬ですか?」


「そうだ! 完成したんだよ、ユグドランαが!」


 瓶に入った液体、ユグドランαをケニーから受け取ったライトは、すぐに<鑑定>で調べ始めた。


 (うわっ、すごい。マジでユグドランαじゃん)


 ユグドランαとは、ライトが調合クラブを見学した際にケニーに託したルクスリアのレシピの内容である。


 その効能は【中級治癒ミドルキュア】程までとはいかないが、【治癒キュア】の効力よりは上で状態異常にも効果がある。


 ある程度の状態異常に効果があれば、瘴気による病気も広く世間に知られている病気の1/4は治せる。


「おめでとうございます、ケニーさん! これは間違いなくユグドランαです!」


「これで、君も、パーフェクトボティ!」


「・・・ケニーさん、疲れてるんですね。【疲労回復リフレッシュ】」


「おれはしょうきにもどった!」


「マジか。1回じゃ治らないなんて、相当疲れてますね。【疲労回復リフレッシュ】【治癒キュア】」


「・・・すまない。もう大丈夫だ。ちょっとハイになってたらしい」


 ちょっとどころではないボケを披露していた気もするが、ライトはわざわざそれを指摘しなかった。


 指摘しないことが優しさだと思ったからである。


「でも、まさか本当に在学中に完成させるとは思ってませんでしたよ」


「俺の名前を懸けて約束したんだ。出回らせることはできなかったが、完成だけは絶対にさせてやるって気張ったのさ。昨日まで徹夜続きだったから、気づかぬうちにテンションもおかしくなってたみたいだな」


「医者の不養生なんて言葉がありますが、それは薬師も同じです。気を付けて下さいね」


「おう。だが、来年から俺はこの学校の生産者プロダクターコースの先生になるから、そこまでキツイことにはならないはずだ」


「そうなんですね。では、ケニー先生と呼んだ方が良いですか?」


「よしてくれ。ユグドランαに挑んでわかったが、これを自力で作れるライトに先生呼ばわりされるなんて笑えない冗談だ。今まで通りで構わない」


「わかりました。ケニーさん、今日はゆっくり寝て下さいね」


「おう。じゃあな」


 ケニーは手を振ると、調合クラブのメンバーに合流するためにこの場から離れた。


「ライト、良かったね」


「うん。クラブ見学が無駄じゃなかったよ。ヒルダ、ありがとう」


「そう言ってもらえると嬉しいな。役に立てて良かったよ」


 ニコッと自分に笑いかけるヒルダを見て、ライトは本当にできた婚約者を持ったものだと嬉しくなった。


 ライトとヒルダが見つめ合っているのを見て、このまま激甘空間を展開されては困ると思い、クロエがわざとらしく咳払いした。


「ウォッホン。早くジェシカさんとメイリンさんを探しましょう」


「ごめん、そうだったね」


「私の邪魔するのね・・・」


「ヒルダ、落ち着いて。行くよ」


「うん♡」


 クロエを許さんとばかりに睨み始めたヒルダに対し、ライトが手を握って引くとヒルダはすぐに頬が緩んだ。


 クロエはヒルダの視線を受け、冷や汗がしばらく止まらなかったようだが、それに触れる者は誰もいなかった。


 それはさておき、ライト達はジェシカとメイリンに合流した。


「ジェシカさん、メイリンさん、ご卒業おめでとうございます」


「感謝」


「ありがとうございます、ヒルダ。それにイルミ、ライト君、クロエ。ついでに愚弟」


「ついでにとか、愚弟とか言うな」


「あら、聞き間違い? 生徒会庶務になるために、都合の良い時だけ私に泣きついて来たのは誰だったかしら?」


「・・・愚弟で良い」


「よろしい。ついでに約束も忘れないこと」


 (アルバスが折れた。一体、ジェシカさんに協力してもらうのにどんな取引をしたんだか・・・)


 とりあえず、やり込められたアルバスを放置して残りのイルミがジェシカとメイリンに話しかけた。


「ジェシカさんとメイリンさんは、これからは領地に戻るの?」


「そうですね。私はドゥネイルスペードに帰り、両親の手伝いをすることになります。後は婚活ですね」


 ライトはチラッと見られた気がしたが、気のせいだろうと判断してスルーした。


「メイリンさんは?」


「同じ。両親の、手伝い。でも、婚約者はいる。だから、準備ができたら、結婚する」


「へぇ、そうだったんだ」


「「「えっ、婚約者いたんですか?」」」


 メイリンから知らされた衝撃の事実に対し、イルミは簡単に受け入れたがライトとヒルダ、ジェシカはそうではなかった。


 というよりも、5年も同じクラスにいたにもかかわらず、ジェシカがメイリンに婚約者がいると知らなかった方が驚きである。


「トーレス子爵家の長男が、婚約者」


「トーレス子爵家と言えば、取り潰しになったゴーント伯爵家の領地を引き継いだ貴族の家ですよね」


「その通り。ライト、よく知ってる」


「まさか、メイリンに先を越されるとは思ってませんでした」


「一体いつから、私が婚活してないと、錯覚してた?」


「なん・・・ですって・・・?」


 メイリンに自分の目は節穴だという事実を突き付けられ、ジェシカの体はプルプルと小刻みに震えた。


「ははっ、ざまあ」


「お黙り」


「ぐぇっ」


 ジェシカが無様に思えたアルバスは、ここぞとばかりに精神的に追い打ちをかけたが、ジェシカに腹パンを喰らってその場に蹲った。


 (アルバス、成人した未婚の女性に婚活の話で攻撃するなんて、無茶しやがって・・・)


 自業自得なので、ライトはアルバスを治療することはなかった。


 この話題は自分にとって精神的に辛かったようで、ジェシカは話題を変えた。


「ヒルダ、次の生徒会を頼みます」


「任せて下さい」


「ライト君、ヒルダを支えてあげて下さいね」


「勿論です」


「イルミ、ヒルダとライト君に迷惑をかけないで下さいね」


「あれ、私だけ最後まで心配されてる?」


「逆に心配されないとでも思いましたか?」


「思った!」


 少しも迷うことなくイルミは頷いた。


 そんなイルミを見て、ジェシカはやれやれと首を振った。


「・・・はぁ。この自信はどこから出て来るんでしょうね。まぁ、生徒からの人気が高いイルミですから、生徒から協力を得る時は期待してますよ」


「任せて!」


「クロエ、初めて生徒会メンバーになると思うから、最初に言っておきます。ヒルダとライト君がイチャイチャするのは止められません。諦めなさい」


「夢も希望もないじゃないですか」


「堪えなさい」


 根性論というアドバイスにならないアドバイスだけを受け、クロエはがっくりと肩を落とした。


「愚弟は蜥蜴ランドリザードの如く働きなさい。率先して雑務を引き受けるのよ。良いわね?」


「はい」


 アルバスはもう、歯向かう気力もなかったので素直に頷いた。


 言いたいことを言い終えると、ジェシカはニッコリと笑った。


「1年間、私とメイリンを助けてくれてありがとうございました。領地からではありますが、ヒルダ達の活躍を祈ってます。頑張って下さい」


「頑張れ」


「「「「「ありがとうございました!」」」」」


 こうして、ジェシカとメイリンは生徒会長と副会長として最後の日を終えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る