第119話 あなたが神か

 翌日、アルバスは朝からご機嫌だった。


 実技の授業も絶好調で、ライト以外には模擬戦で負けなしの結果を残した。


 そうなった理由は、当然アルバスが次年度の生徒会庶務に選出されたからだ。


 昼休みになり、ライト達はパーティー全員で食堂のオープンスペースにあるテーブルに陣取り、各々好きな料理を食べ始めた。


「アルバス、良かったね」


「おう! これでイルミさんと1日の半分は一緒にいられるぜ!」


「アル君頑張ったもんね~」


「追い込んだ」


「確かに。昨日まで随分ストイックに頑張ってたと思うよ」


 アルバスの努力を知っているパーティーメンバー達は、アルバスが選出されたことを祝った。


「ライト、イルミさんへのアプローチを手伝ってくれ」


「できることは手伝うけど、かなり大変だと思うよ」


 予想通りではあったが、アルバスからイルミへのアプローチを手伝ってほしいと言われ、ライトは困ったように笑った。


「なんで?」


「前にも話したことがあると思うけど、イルミ姉ちゃんは自分への恋愛感情に疎い。元々、この学校では友達も多いから、ラブ好意ライクの違いがわかってない」


「それは難しいな」


「しかも、イルミ姉ちゃんが興味を持つなら、自分よりも強いか自分を満足させられるぐらいの料理ができないと駄目だろうね」


「料理に自信がないならイルミさんよりも強くなるしかないのか。・・・どうやって?」


 そもそもイルミは、ヒルダに模擬戦の成績で勝ち越し、4年生最強の座にある。


 その上、<聖闘術>まで会得しているのだから、ちょっとやそっとのことでアルバスがイルミよりも強くなることはできないだろう。


 アルバスもそれがわかっているからこそ、どうやって強くなれば良いんだろうかとライトに訊ねた。


「幸いなことに、イルミ姉ちゃんは模擬戦好きだ。だから、アルバスが自分の仕事を手早く終わらせて、イルミ姉ちゃんの仕事も手伝うんだ。そして、空いた時間で模擬戦の相手を頼むんだよ。強くなりたいからって言えば、イルミ姉ちゃんは喜んで戦ってくれるはずさ」


「なるほど。流石は姉弟。頼りになるぜ」


「まあ、なんでもかんでも手伝ってたら、アルバスも達成感がないでしょ? だから、ひとまずは今打ち立てた方針で頑張ってみなよ」


「わかった。やってみる」


 イルミへのアプローチ方法が決まると、アルバスの目に気合の火が灯った。


 あれこれ喋っていると、昼休憩の時間が残り僅かになったので、ライトとアルバスはザック達と別れて生徒会室へと向かった。


 ライトがノックして室内に入ると、そこには既に上級生3人が集まっていた。


 すると、アルバスは深く頭を下げた。


「本日からお世話になります! アルバス=ドゥネイルです! よろしくお願いします!」


「うむ! くるしゅうない!」


「なんでイルミが偉そうなのよ。アルバス君、こんにちは。今日からよろしくね」


「よろしくお願いします、ヒルダさん!」


 イルミと話したい気持ちはあるけれど、生徒会長トップのヒルダに挨拶をする方が優先だと判断し、アルバスは元気に挨拶した。


「元気が良いね。何か良いことでもあったのかな?」


「はい!」


 アルバスが返事をした時、チラッとイルミに目をやったのを見て、ヒルダはライトの腕を引っ張って少し離れた。


「ねえ、もしかしなくても、アルバス君ってイルミのことが好きなの?」


「うん」


「それはまた、長くて険しい道を歩むことになりそうだね」


「程々にサポートしてあげようと思う」


「そうだね。いや、ちょっと待って。全力で助けよう」


「その一瞬で何を考えたの?」


 一旦は頷いたのに、考え直したヒルダが急にやる気を出したものだから、ライトはヒルダが考えていることが気になった。


「イルミがアルバス君を好きになれば、イルミが私の邪魔をすることはなくなる。アルバス君を応援しない理由がない」


「その発想はなかった」


「ライト、頑張ってアルバス君をイルミにくっつけるよ」


 (良かったな、アルバス。ヒルダがすごい乗り気だぞ)


 声には出さなかったが、ライトは心の中でそんな風に考えた。


 そして、長くその場を離れるとアルバスが不審に思うので、ライトとヒルダはアルバスの前に戻った。


 その時には、アルバスはイルミとクロエに挨拶を終えていた。


 挨拶が終わると、ヒルダは早速仕事の説明に映った。


「それじゃ、今日から大急ぎで卒業式の準備を進めるよ。アルバス君、戦力として期待してるからね?」


「はい!」


 仕事の割り振りが決められ、ライト達は与えられた業務に取り掛かった。


 業務開始から1時間後、アルバスが自分の業務を終わらせた。


「ヒルダさん、終わりました!」


「どれどれ・・・。うん、OK。それじゃあ、イルミの手伝いをしてあげて」


「了解です!」


 早速、ヒルダはアルバスをイルミにくっつけるために力を貸した。


 ヒルダが自分を応援してくれる理由についてはわからなかったが、自分にとって都合が良いならば気にしないことにして、アルバスはイルミに声をかけた。


「イルミさん、何かお手伝いさせて下さい」


「本当!? じゃあ、この山お願い!」


「はい!」


 デスクワークが苦手なイルミは、2つ書類の山を抱えていた。


 イルミは着手できていない方の大きい山を指差すと、アルバスに任せた。


 いくらアルバスがイルミにお近づきになりたいとしても、それはどうなんだと思ったライトは口を挟んだ。


「イルミ姉ちゃん、もうちょいデスクワークも頑張ろうよ」


「お、お姉ちゃんの真価は、デスクワークとは違うところで発揮されるんだよ」


「やれやれ。だったら、アルバスに手伝ってもらってるんだから、アルバスが終わったら模擬戦にでも付き合ってあげてよ。アルバスは<格闘術>も鍛えたいらしいから」


「その言葉を待ってた! 良いよ、いくらでも戦っちゃう!」


「ありがとうございます!」


 イルミにお礼を言った後、アルバスはライトにサムズアップした。


 ナイスアシストと口を動かすあたり、ライトが自分のために動いてくれたことに本当に感謝しているらしい。


 偶然の結果に過ぎないのだが、アルバスが勝手に感謝しているのだから、ライトは好きにさせることにした。


 その30分後、今度はライトが自分に振り分けられた業務を終わらせた。


 前世の記憶を有するライトにとって、こういったデスクワークをできるだけ短い時間で終わらせる集中する方法も引き継いでいるおかげである。


 パッと顔を上げて、全体の業務量を目視で確認すると、アルバスに手伝ってもらっているイルミを除いてクロエがやや遅れていた。


 会計という職業から、数字ばかりの資料を見続けて疲れている様子だった。


 なんだかんだ言っても、クロエだって生徒会の業務は初めてなのだから無理もない。


 ライトはクロエに声をかけた。


「クロエさん、手伝いましょうか?」


「あなたが神か」


「いや、人間です。【疲労回復リフレッシュ】」


「・・・ごめん、私は正気だよ。でも、ありがとう。急に疲れが取れたわ」


 救いの手を差し伸べられたことが嬉しくて、クロエはちょっと大袈裟に言ったつもりだった。


 だが、疲れて正気を失っているとライトに勘違いされて治療され、それが恥ずかしくて顔を赤くした。


「とりあえず、この山の半分貰いますね」


「お願いします」


 自分よりも年下の男の子に仕事を手伝ってもらっているとわかると、恥ずかしさだけでなく自分が未熟であることをクロエは自覚した。


 それと同時に、ライトが優しいことに気づき、クロエはなんとかこの先も生徒会会計としてやっていけそうだとも思えた。


 その一部始終を見ていたヒルダが、親の仇でも見る表情でクロエを一瞥した後、ライトの隣に椅子を動かしてライトと同じ机で残りの業務をしたのは嫉妬ゆえのことだ。


「ライト、優しいのは良いけど1番は私なんだからね?」


「わかってるから、クロエさんを睨むのは止めようか」


「ギュッてしてくれたら元通りになる」


「・・・ちょっとだけだよ」


「は~い」


「うん、やっぱりやっていけないかもしれない」


 ライトとヒルダのイチャイチャする姿を見て、クロエは前言を撤回して口から大量の砂糖を吐き出しそうな気分になった。


 もう1人男子生徒がいれば話は違ったのだろうが、現実は非情である。


 それからクラブ活動終了時刻までの間、クロエが数字とイチャイチャに苦しめられたのだが、それは次年度生徒会の日常だと思って受け入れるしかない。


 実際、卒業式当日までそんな日々が続いたため、クロエは<算術>の熟練度が上がり、砂糖耐性もぐんと上がったことだけは記しておこう。

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