第111話 駄目! あのバラは私だけのバラなんです!

 12月2週目の木曜日、生徒会長選定の参加者が出揃い、武力と知力、影響力でそれぞれのお題が発表された。


 武力については、参加者同士の模擬戦で勝敗を決める。


 生徒会長たるもの、生徒の先頭に立って守れる最低限の強さが必要ということだろう。


 知力については、生徒会長選定用の学力テストで順位を争う。


 その範囲は1年生から4年生までに習った範囲だけでなく、その応用知識や時事問題まで含まれる。


 影響力については、シンプルに全校生徒による投票で生徒達の意思を反映させる。


 学力テスト、投票、模擬戦の順番で、12月3週、4週、5週にそれぞれ行われるのだが、これは3本勝負の内2本先取で次期生徒会長に決まる。


 今年の生徒会長選定だが、ヒルダ以外の参加者は2人いる。


 どちらも4年生であり、聖職者クレリックコースの生徒と生産者プロダクターコースからの参加だ。


 聖職者クレリックコースの生徒の名前は、メア=アリトン。


 ヒルダと同じG4-1に所属するニア=アリトンの双子の姉で、聖職者クレリックコースでは有名な生徒である。


 生産者プロダクターコースの生徒の名前は、アスク=スミス。


 セイントジョーカーでは、シュミット工房と共に二大工房と呼ばれるスミス工房の跡取り息子だ。


 木曜日の午後、生徒会室では生徒会長選定に向けて話し合いが行われていた。


「アスク=スミスが参加するのは想定できましたが、メア=アリトンまで参加するとは思ってませんでした」


「会長、スミスさんが参加するってわかってたのはなんでですか?」


 ジェシカの発言に疑問を抱いたので、ライトは溜め込まずにすぐにぶつけてみた。


「それはですね、毎年のことなんですが、生産者プロダクターコースから1人は誰かしらが参加するからです。生産者プロダクターコースの4年生で、発言力が最も大きいのはアスク=スミスですから、これは想定できたわけです」


「毎年1人参加することには、何か意味があるんでしょうか?」


「勿論あります。生徒会長になった暁には、生産者プロダクターコースの予算をアップするという目論見があるんです。物作りにはお金がかかりますから、どうにかして自分達のコースに予算を増やそうとしてるんですよ」


「私情じゃないですか」


「その通りです。しかし、生産者プロダクターコース全体の悲願でもあります。ですから、投票でヒルダが生産者プロダクターコースの票を取れるとは思わない方が良いでしょうね」


 生産者プロダクターコースの生徒達は、誰か1人を旗頭にしてワンチームで予算を取りに来ているのだ。


 それゆえ、教職員達も生産者プロダクターコースの総意なら一概に私情だと切り捨てられないということで、黙認している訳である。


 アスク=スミスはさておき、問題はメア=アリトンだ。


 アリトン辺境伯家ということは、ヒルダの遠縁の親戚にあたる。


 そんなメアだが、アクティブなニアとは性格が異なり、お人好しな性格をしている。


 その性格のせいで、人に頼まれると断れないらしく、自薦ではなく他薦で生徒会長選定に参加することになった。


 ヒルダはその情報をニアから聞いたので、生徒会メンバーに共有した。


「ニア曰く、メアは聖職者クレリックコースの支持を受けての参加なので、私が投票で聖職者クレリックコースから票を得るのは難しそうです」


「では、投票対策として重要なのは、守護者ガーディアンコースの支持を得ることと、商人マーチャントコースの票の獲得ですね。5年生については、私とメイリンで説得します。4年生以下は、イルミに任せます」


「イルミ、お願いね」


「ライトが作るお菓子で手を打つよ」


「ライト、頼んで良い?」


「わかった。イルミ姉ちゃん、出来高制で作るお菓子の量が変わるから、頑張ってね」


「お姉ちゃん、今からヒルダの票を集めに行ってくるね!」


 お菓子に釣られ、イルミは生徒会室から駆け出していった。


「行っちゃった」


「行っちゃったね」


「行きましたね」


「行った」


 ライトのお菓子と聞いて、やる気に満ち溢れたイルミは頼りになるので、ライト達はイルミを放置することにした。


「さて、商人マーチャントコースだけど、私も仲良くしてる生徒には声をかけるけど、肝はライト君になりそうね」


「僕ですか?」


「ええ。ジャック君はライト君のお友達でしょう? ジャック君の他に、ライト君が商人マーチャントコースで仲良くしてる生徒っていますか?」


「いません」


「では、やはりライト君が肝になります」


「その理由を教えて下さい」


 ジャックとしか仲良くしていないことが、どうして商人マーチャントコースからの票集めの肝になるのかわからず、ライトはジェシカに訊ねた。


「ライト君は料理大会で優勝し、先月の月食では小聖者マーリンと二つ名が付きました。商人マーチャントコースの生徒にとって、ライト君と仲良くできれば勝ち馬に乗ったも同然なんです」


「大袈裟じゃないですか?」


「ライト君、もっと自分を高く評価した方が良いですよ。少なくとも、自分の影響力は正確に把握して下さい。サクソンマーケットですが、賢者シリーズを売り出してから、業績が以前の3倍を超えてます」


「あぁ、それでジャックが売り上げの一部を渡しに来る時、嬉しそうにしてるんですね」


「・・・わかりやすい兆候があるじゃないですか。それを見落としてどうするんですか」


「ジャックと話す時は、売り上げの話よりも次は何を売り出すかという話の方が盛り上がるので、業績に意識が向かなかったんです」


「会長、ライトは悪くないです。欲にまみれた思考で新商品の話をすれば、これだけ消費者の心を掴む商品をサクソンマーケットで売り出せなかったはずです」


「ジェシカ、美味しいは正義」


「ごめんなさい。別に、ライト君を叱るつもりはなかったんですが」


「いえ、わかってますから大丈夫です」


 ジェシカの問い詰めるような口調に、ヒルダとメイリンがライトを庇うように口を出した。


 婚約者ヒルダはともかくとして、メイリンもすっかりライト監修の賢者シリーズの虜のようだ。


 ジェシカには、決して説教してやろうというつもりがあった訳ではないのだが、なんとなく自分が劣勢だとわかったのでライトに謝った。


 ライトもおかしな状況になってしまったので、すぐにその謝罪を受け入れた。


「オホン。話を戻します。とにかく、ライト君がヒルダの応援をしてるのは周知の事実です。つまり、自分もヒルダの生徒会長選定で協力すれば、ライト君にお近づきになれるかもと思うことが肝心なのです」


「なるほど。しかし、食品を取り扱う商会の関係者とかに媚びられても困りますね。僕は食品に関しては、サクソンマーケットだけと取引すると約束してますから」


「であれば、ヒルダの誕生日にプレゼントしたバラの製法とかをエサにできませんか?」


「ハーバリウムの製法ですか・・・」


「駄目! あのバラは私だけのバラなんです!」


 ライトが乗り気でない反応を示したところ、ヒルダがジェシカに猛反対した。


 バラのハーバリウムは、ライトが自分への愛を形にしたもので、出かける時はライトの<道具箱アイテムボックス>の中に保管してもらい、スイートルームに2人がいる時だけ飾っている。


 それぐらいヒルダがお気に入りだとわかっているので、ライトはジェシカの案にすぐに賛同しなかったのだ。


 ヒルダへの赤いバラが一般的な鑑賞物になってしまうのは、ライトとしてもいただけないのだから当然だ。


 しかし、ジェシカの着眼点が悪いものだとも思えなかったので、ライトは食品とハーバリウムを除いて、自分の知識で商人マーチャントコースの生徒を味方にできそうな物がないか考えた。


 考えること数分、ライトは今までヘルハイル教皇国に足りない物を思い付いた。


「ハーバリウムはヒルダだけのものです。その代わりに、別のアイディアがあります」


「ライト・・・」


 頬を赤く染め、ヒルダがライトに抱き着くと、ライトはヒルダの背中を優しく叩いた。


 ライトがハーバリウムの製法を売るはずがないと思っていても、ジェシカがそれを有効な手段だと言ったことで、ヒルダの気持ちが不安定になってしまったのを悟ったからだ。


 もし、これ以上不安定になっていれば、エクスキューショナーのデメリットでジェシカやメイリンが斬りつけられていたかもしれない。


 割とギリギリの状況だった。


 そんなヒルダを見て、エクスキューショナーのデメリットを思い出したジェシカは、冷や汗をかいていた。


 そして、1人の乙女として、先程の発言がいかにデリカシーのないものだったのか理解し、己の発言を恥じた。


「ヒルダ、ごめんなさい。先程の発言はなかったことにして下さい。あのバラは、ヒルダのものです」


「うぅ・・・」


 ジェシカに対し、ヒルダが警戒して唸るものだから、ライトは首を横に振ってヒルダのことは自分に任せてほしいと態度で示した。


 その後、ヒルダが落ち着くまで10分以上かかり、生徒会長選定の話は再開された。


 ライトが思いついた別のアイディアで、商人マーチャントコースの生徒を釣ることが決まると、投票対策の話は終わった。


 学力テストはヒルダの頑張り次第であり、模擬戦は生徒会メンバーが訓練相手になることが決まると、今日の生徒会活動は終了となった。

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