第110話 殴りたい、この笑顔

 12月2週目の月曜日の午後、週明けということで、生徒会室には若干憂鬱な雰囲気が漂い、それぞれがそれをどうにか振り払って業務に従事していると、ジェシカがヒルダに声をかけた。


「ヒルダ、そろそろ生徒会長選定の参加締切ですが、どうしますか?」


 生徒会長選定とは、毎年12月末に行われる次期生徒会長を決めるイベントのことだ。


 年末に生徒会長が決まると、年明けから1月末までは引継ぎと生徒会メンバーの選定期間となり、2月は5年生の卒業式を仕切るのが新生徒会の初仕事だ。


 それが終わった3月は丸々春休みで、4月に生徒会長として新入生を迎える。


 生徒会長選定の参加締切は今週の水曜日で、選定期間は12月3週から月末までだ。


 参加するためには条件を満たす必要があるが、守護者ガーディアンコース、聖職者クレリックコース、商人マーチャントコース、生産者プロダクターコースのいずれに所属していても問題ない。


 ジェシカに声をかけられたヒルダは、困った顔をしていた。


「正直、悩んでます」


「どうしてですか? 4年生の中で、ヒルダに総合力で勝る人物はいないでしょう?」


「それは、あくまで4という話です」


 ヒルダは自信過剰な訳ではない。


 ヒルダは自分の力に自負があり、戦闘面ではイルミとの戦績では負け越しているが、学力では学年トップであり、困った時に助けてくれる人の数だって少なくない。


 生徒会長には、強さと学力、コネクションが求められることを考えれば、ヒルダは十分に選定に参加する資格があると言えよう。


 ちなみに、イルミは強さとコネクションは申し分ないが、学力が足を引っ張っているせいで、生徒会長選定への参加資格を満たしていない。


「まさか、3年生以下の生徒で、生徒会長選定に出られるだけの者がいるですか?」


「はい! お姉ちゃんがライトを他薦しました!」


 ジェシカとヒルダが話しているところに、イルミが元気良く割り込んだ。


 そんなイルミの予想外な発言を聞いて、ライトは耳を疑った。


「えっ、何それ知らないんだけど?」


「フッフッフ。生徒会長選定の出馬って、自薦他薦を問わないんだよ。だから、お姉ちゃんはライトをねじ込んだのさ」


「こ、これが、親戚がアイドルのオーディションに勝手に応募したというやつか」


「アイドル? 何それ? よくわかんないけど、お姉ちゃんはライトを支持するよ!」


 ライトが前世でしか伝わらない表現をしたせいで、イルミには伝わっていなかった。


 少しだけ首を傾げていたが、すぐにサムズアップしたイルミの表情からは、やり切った達成感が溢れていた。


 (殴りたい、この笑顔。いや、殴った瞬間に倍返しされるだろうけど)


 ライトが心の中でそんなことを考えていると、ジェシカが溜息をついた。


「なるほど、そういうことですか。確かに、ライト君の場合は5年生で習うような知識もありますからね。戦闘は言わずもがな、コネクションについては、サクソンマーケットを通じて増やせますもんね」


「そうなんです。私、ライトとは戦いたくありません。どんな時だって、私の居場所はライトの隣って決まってますから」


 例え生徒会長選定と言えど、ヒルダはライトの敵になりたいはずがなかった。


 だから、本当は生徒会長をやってみたい気持ちはあるけど、ヒルダは参加するか悩んでいた。


「だったら、僕が参加を取り下げれば良いんじゃないですか? イルミ姉ちゃんが勝手に突っ走っただけですし、そもそも僕は選定に出るつもりなんてなかったんですから」


「そうですね。イルミ、ライト君の意思を無視するのは良くありません。取り下げて下さい」


「嫌だ! 次の会長はライトが良い!」


「イルミ姉ちゃん、我儘言わないの。そもそも、なんで俺を会長にしたがるの?」


 ジェシカの指示を拒否するイルミからは、強い意思が感じられた。


 それだけ強い意思があるのは、何かしら大事な理由があるのかもしれないと思い、ライトはイルミに事情を話すように促した。


「あのね、私は頭が良くないの」


「「「「知ってる(ます)」」」」


 イルミのカミングアウトは、カミングアウトされなくても周知の事実だった。


 ぶっちゃけ、何をいまさらというのが正直なところだ。


 静観していたメイリンですら、思わず口を開いてしまうレベルでイルミが当然のことを言い出すのだから無理もない。


「ひ、酷い。お姉ちゃん、これでも知恵熱出るぐらい頑張って考えたのに」


「わかった。イルミ姉ちゃんが馬鹿なのは一旦置いといて、話を続けて」


「馬鹿って言わないでよ。それでね、お姉ちゃんは難しいことをライトがやれば良いと思うの」


「おいコラ待って。イルミ姉ちゃんは僕を虐めたいの? 労働で僕に仕返しをしたいの? ブラックなんてごめんだよ」


「違うよ! 頭を使うのがライトの担当で、体を使うのがお姉ちゃんの担当なの!」


「頭脳労働は僕で、肉体労働はイルミ姉ちゃんが担当すると。でも、生徒会の業務って頭脳労働の割合多いよね?」


「ライトなら大丈夫。それでね、ライトはお姉ちゃんの言うことをなんだかんだ聞いてくれるから、お姉ちゃんは生徒会長になったライトにお願いをちょこちょこ聞いてもらおうと思ったの」


 イルミの残念な言い分を聞いて、ライト達はイルミに呆れた目を向けた。


「・・・しょうもない。権力を私的に利用する気満々じゃん」


「ライトはこんなにも賢いのに、なんでイルミは馬鹿なのかな」


「イルミ、公私混同、良くない」


「ライト君、すみませんが職員室に行って生徒会長選定に参加しないと言って来てもらえませんか? 私がイルミを見張っておきますから」


「わかりました」


「ライト、待って。私も参加するって言いに行く」


 ライトが職員室に行くと聞いて、ヒルダも出馬の意思を固めたらしく、ライトについて行くと言った。


 ところが、イルミはまだ諦めた訳ではなかった。


 ライト達の呆れた目線にめげることなく、生徒会室のドアの前に立ち塞がり、ライトが職員室に行くのを邪魔した。


「イルミ姉ちゃん、邪魔」


「職員室に行くのなら、私を倒してからだよ」


 どうやら、ここを死守すればまだ自分の望みが通る可能性はあると思ったらしく、イルミは戦闘態勢に入った。


 だが、ちょっと待ってほしい。


 忘れてはいないだろうか。


 イルミには、戦闘以前にライトに勝ち目がないということを。


「イルミ姉ちゃんが退かないなら、今後一切イルミ姉ちゃんには料理を作ってあげない。勿論、兵糧丸もね」


「参りました」


「秒で折れたね」


「権力よりも食欲が勝ったということでしょうね」


「美味しいは正義」


 ライトに胃袋を掴まれているイルミは、ヴェータライトのせいで空腹になりやすい。


 そのデメリットをどうにかするため、ライトが兵糧丸を作ってあげている。


 それに加え、ライトが自分の食べたいと思って作った料理をイルミはちょくちょく摘んでいる。


 それらが失われてしまえば、イルミはパーティーメンバーからは無駄飯喰らいとして見られるだけでなく、美味しい料理にありつけなくなる。


 そんな未来がわかったから、イルミはすぐにライトに道を譲った。


 ライトとヒルダが職員室に行き、ライトの生徒会長選定への参加の取り消しとヒルダの参加を報告して戻って来ると、イルミが反省のため正座させられていた。


「ライト~、会長と副会長がお姉ちゃんを虐めるんだよ~」


「今日はそのままでいようね」


「そんなぁ・・・」


 ライトに救いを求めたが、助けてもらえずにイルミは絶望していた。


 それはさておき、ライトは今まで他人事だと思って放置していた生徒会長選定のことが気になり、ヒルダに訊ねた。


「ヒルダ、生徒会長選定って何するの?」


「参加した人が武力と知力、影響力を競うの。1週目が知力、2週目が影響力、3週目が武力を競うのが例年の流れだね。それぞれの週で何をするのかは、今週の木曜日に発表されるよ。それで、金土日で作戦を立てて知力から競うの」


「そっか。ただ投票するだけじゃないんだね。じゃあ、ヒルダが生徒会長になれるように、僕もしっかりサポートするね」


「うん! ライトがいれば百人力だよ!」


 ライトが手伝ってくれると聞いた瞬間、ヒルダは嬉しくなってライトを抱き締めた。


「お姉ちゃんもヒルダを手伝うから、そろそろ足を崩させて・・・」


「イルミ姉ちゃん、反省」


「イルミ、反省」


「うぅ・・・」


 残念ながら、イルミが足を崩すのはまだまだ先のようだ。

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