生徒会選定編

第109話 今日は一緒に寝よ?

 月食の11月が無事に過ぎ去り、12月に入った。


 ライトとイルミは実家ダーイン家から、無事に月食を乗り切ったという手紙を貰ったので、それを知って安堵したことと小聖者マーリンの二つ名を手に入れたことを報告した。


 パーシーとエリザベスからは、ライトが偉大な先祖にあやかった二つ名になったことへのお祝いが返事の手紙に書かれており、おまけとしてアンジェラからの手紙もくっ付いて来た。


 実際のところ、おまけの方が分量が多く、内容も精神を磨り減らすような変態アンジェラ変態アンジェラによる変態アンジェラのための手紙だった訳だが、深く触れるのは止めておこう。


 ヒルダの実家であるドゥラスロール公爵家からヒルダにも、ライト達と同様に自分達の無事を知らせる手紙があった。


 ライトとしても、いずれは義理の親子になるのだから、ドゥラスロール公爵家が無事であったことに安堵した。


 さて、今日は12月1週目の土曜日だが、ヒルダの14歳の誕生日である。


 <道具箱アイテムボックス>が使えるからこそできる作り置きを駆使して、ライトは生徒会室のテーブルいっぱいにヒルダを祝うためのパーティー料理を並べた。


 既に、生徒会の業務が終わった夕方なので、生徒会室に残ってパーティーをしている訳だが、参加者は生徒会メンバーに加え、エマ、ターニャ、ノアというヒルダとイルミのパーティーメンバーだ。


 マヨラーなノアは真っ先にマヨネーズが使われた料理の確保に動いたが、今はそれを置いておこう。


 食事を楽しんだ後は、プレゼントタイムである。


「さて、お待ちかねのプレゼントの時間だよ」


「待ってました!」


「イルミ姉ちゃんが貰うんじゃないでしょ? ハウス」


「異議あり! お姉ちゃんをアンジェラ扱いするのは良くないと思う! 待遇の改善を要求するよ!」


 ライトがヒルダへのプレゼントタイムだと宣言したら、ヒルダではなくイルミが反応してしまった。


 だから、ライトはイルミに犬を躾けるような言い方をしたのだが、イルミはそれがアンジェラと同じ扱いを受けていると感じて抗議した。


 そんなイルミをスルーして、ライトはエマの方を向いた。


「エマさん達から、ヒルダに渡してあげて下さい」


「わ、わかったわ」


「流石は弟。イルミをどう扱えば良いか熟知してる」


「対イルミの切り札ですね」


 イルミの扱いになれたライトの対応に戦慄しつつ、エマ達は気持ちを切り替えてヒルダにプレゼントを渡した。


 そのプレゼントは箱の中に入っており、3人から合同で選んだプレゼントらしい。


「ヒルダ、おめでとう。あと少しで成人だね」


「これを使えば、小聖者マーリンもイチコロさ」


「グッドラックです」


「何をくれたの? ここで開けても良い?」


 エマ達の言い方から、プレゼントを使ってライトに何かをするということまでは察することができたが、中身について検討がつかなかったので、ヒルダは箱を開けて良いか訊ねた。


 ヒルダの問いに対し、エマ達は顔を見合わせて目だけで話し合うと、エマが代表して口を開いた。


「弟君に見せないように、あっちに行こうか」


「ライトに見せられないものなの?」


「弟君への見せ方には作法があるの。教えてあげるから、あっちに行くわよ」


「そういうものなのね。わかったわ」


 エマの言い分から、この場で流れに逆らって箱を開けても良いことはないと判断し、ヒルダはエマ達に連れられて生徒会室の隅まで移動した。


 (一体何をプレゼントしたんだろう? 僕に今は見せられない物ってなんだ?)


 ライトは首を傾げたが、どうせ後になればわかるかと頭を切り替えた。


 少ししてから、ヒルダが顔を真っ赤にして帰って来た。


 それに対して、エマ達はニヤニヤしている。


「ヒルダ、顔が赤いけど大丈夫?」


「だ、大丈夫! 私は全然大丈夫!」


「それなら良いけど」


 とても大丈夫とは思えないが、ここで根掘り葉掘り訊くのは良くないと判断し、この場で訊かないことにした。


「では、次は副会長ですね」


「了解。ヒルダ、これあげる」


「良いんですか!? これ高いですよ!?」


 メイリンがヒルダにあげたのは、青い魔導書だった。


「構わない。私、<聖土せいど魔法>しか使えない。小さい頃買ったけど、使えずに眠ってた。だから、使って」


「・・・そういうことなら、ありがたくいただきます」


 魔導書は、<〇魔法>のスキルの技について記された本であり、汎用的な技の載ったものなら出回っているが、メイリンがヒルダにあげたものはそれとは違うものだった。


 <〇魔法>のスキルを会得している者は多いが、使える技のレパートリーは知識量によって差が出る。


 だから、<〇魔法>を持つ者にとって、変わった魔導書は喉から手が出る程欲しいものなのだ。


「会長、次はお願いします」


「わかりました。ヒルダ、私からはこれです」


 ジェシカがヒルダに渡したのは、白い兎のあみぐるみだった。


「かわいいですね」


「でしょう? 私がお気に入りのお店で買いました。なんとなく、ヒルダには兎が良いなと思ったんです」


「大切にしますね。ありがとうございます」


 ヒルダも年頃の女子なので、あみぐるみのようなかわいいものは人並みに好きだ。


 しかし、自分から買うことはあまりなかったので、ジェシカから貰えたことを喜んだ。


 ジェシカの番が終わると、ライトはイルミの方を向いた。


「イルミ姉ちゃんの番だよ」


「フッフッフ。遂に私の番が来たんだね。私からはこれをあげるよ。ライトが3歳の頃の手形!」


「うわぁ、かわいい! ありがとう!」


「いやちょっと待って!?」


 イルミのプレゼントとしては色々ツッコミどころのある物を見て、ライトは待ったをかけた。


 いや、待ったをかけない訳にはいかなかったと言った方が良い。


 突然、大きな声を出したライトに対し、イルミは首を傾げた。


「どうしたの、ライト? 何か変だった? ヒルダは喜んでるよ?」


「ツッコミどころしかないよ。この手形は何?」


「アンジェラが隙あらばこっそり取ってたやつだよ。その模造品を作ってもらって、こっちに取り寄せたの」


「僕の貞操が幼少期から危険だった件について」


 自分が知らない間に、アンジェラが勝手に自分の手形を取っていたことを知り、ライトはアンジェラに対して恐怖を抱いた。


 起きている間であれば、手形を取られれば覚えていないはずがないので、手形を取られたとしたら就寝中だろう。


 それがわかっていることから、アンジェラが寝ているところに忍び込んでいたのだと悟って、ライトは鳥肌が立っていた。


 それでも、ヒルダが喜んでいるので、ライトはどうにか鳥肌を気合で抑え込んだ。


 気を取り直して、次はライトがヒルダにプレゼントを渡すことにした。


 できることなら、自分の小さい頃の手形よりもこっちを喜んでほしいと祈る気持ちさえあった。


 ライトはヒルダの前に立つと、自分の用意したプレゼントをヒルダによく見えるように渡した。


「ヒルダ、誕生日おめでとう」


「これって、バラだよね?」


 ライトが渡したのは、赤いバラのハーバリウムだった。


 赤いバラの花言葉とは、”あなたを愛してます”である。


 今日という日のために、ロゼッタに協力してもらって一番綺麗に咲いているバラを取り寄せてもらったのだ。


 それを本来はこの世界に存在しないハーバリウムを手作りで再現するあたり、ライトは本当に器用な男である。


「長くこの状態をキープできるように、頑張って作ったんだ。この赤いバラは、世界にこれ1本しかないんだよ」


「ライト、ありがとう! !」


 赤いバラの花言葉をしっかり理解しているので、ヒルダはライトに抱き着いて返事をした。


 今が一番幸せという表情を浮かべるヒルダを見て、ライトは心の底から安堵した。


 婚約者ヒルダには、素敵な誕生日を迎えてほしかったから、ここまで喜んでもらえて嬉しかったのだ。


 その後、ヒルダの誕生日パーティーはお開きとなり、学生寮のそれぞれの部屋に戻った。


 ライトは夜、ヒルダよりも先に風呂から上がり、ベッドで本を読んでいた。


 少し遅れて、風呂から上がったヒルダが部屋に戻って来て、ガウンを脱いだ。


 すると、黒いスケスケのネグリジェ姿をライトに披露した。


「ラ、ライト、見て」


「どうしたの? って、うわっ!?」


 まさか、ヒルダが普段のパジャマとは比べ物にならない攻めたネグリジェを着ているとは思っていなかったので、ライトは動揺を隠せなかった。


「ど、どう? 大人っぽいでしょ?」


 (ヤ、ヤバい。これはヤバい。ヒルダのこれは反則でしょ)


 ヒルダも恥ずかしさを隠せておらず、顔を赤くしながら言っているのがなおのことライトにグッと来た。


 精神年齢が30歳を超えているのだから、それも仕方のないことだろう。


 しかし、ライトはまだ残念ながら体が大人になり切れておらず、据え膳食わぬは男の恥と思って行動できる状態ではなかった。


 それに、いくらスイートルームとはいえ、大人の階段を上ることは教会学校に許されていない。


 だから、ライトは今自分にできる精一杯の表現として、ヒルダを抱き締めた。


「とても綺麗だよ、ヒルダ」


「エヘヘ。良かった。あのね、ライト」


「何?」


「今日は一緒に寝よ?」


「・・・良いよ」


 この日、ライトとヒルダは一緒のベッドで眠った。


 大人の階段を上らずとも2人共幸せそうに眠ったのは、どちらも満ち足りた気分だったからだ。


 そうに決まっている。

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