第99話 もう全部ライト君1人でいいんじゃないかな

 翌日、ライト達は遅めの起床となった。


 昨日は夕方から戦場に赴き、治療と後処理で解放されたのは日付が変わってからだったので、それも仕方のないことだろう。


 学生寮のスイートルームでは、ヒルダがライトを抱き枕にしたまま朝を迎えるというささやかなハプニングもあったが、朝食を取って頭も冴え始めれば、ライト達は今日も今日とて教会に足を運ぶ。


 教会に着いて早々、ライトとヒルダはローランドの部屋に呼び出された。


 部屋に入ると、ローランドとヘレン、ギルバートがいた。


「叔父様、叔母様、ギルバートさん、おはようございます」


「おはようございます」


「おう。待ってたぞ、ライト。ドゥラスロールも、ライトの助手ご苦労さん」


「おはよう、ライト君、ヒルダちゃん」


 ライトとヒルダの挨拶に対し、ローランドとヘレンは返したが、ギルバートはライトの前に移動して頭を深々と下げた。


「ライト君、以前は助けてもらったのに、お礼も言えずにすまなかった。本当にありがとう」


「頭を上げて下さい。治療の代金も貰ってますし、元気でいてくれれば構いません」


「ギル、ライト君が困ってるから、頭を上げなさい。大体、ギルは体が大きいんだから、そんなに近くで頭を下げたらライト君を威圧しちゃうでしょ?」


「むっ、そうか。母上、失礼した。ライト君もすまない」


「いえいえ。改めまして、ライト=ダーインです。よろしくお願いします」


「ヒルダ=ドゥラスロールです。ライトの未来の妻です」


「ギルバート=ドヴァリンだ。こちらこそよろしく」


 ヒルダの未来の妻発言は、見事にスルーしてギルバートも自己紹介を返した。


「それで、僕達が今日ここに呼ばれたのはどうしてでしょうか?」


「単刀直入に言おう。聖水が足らん。作ってくれ」


「構いませんが、昨日の戦闘で使い切ったんですか?」


「使い切ってしまったの。今回の月食は、今までの月食とは一味違うみたいね。まだピークを迎えてないのに、例年のピーク並みにアンデッドが現れたもの」


 ローランドに変わり、ライトの疑問に対してヘレンが答えた。


 セイントジョーカーにおける例年がどれだけなのか知らなかったので、昨日の忙しさが普通だと思っていたライトは驚いた。


「あれが普通じゃないんですね」


「普通な訳ないわ。ライト君がいなかったら、毎回かなりの死者が出ちゃうじゃないの」


「ちなみに、昨日の被害はどれだけですか?」


「東西南北の門を合計して、死者は6名、負傷者は39名よ。ライト君達が受け持った南門は、死者と負傷者は0名よ。ライト君が死ぬ前に治してくれたし、負傷者も戦いの後に治してくれたから」


「そうですか・・・」


 被害報告を聞いて、ライトは険しい表情になった。


 被害が出るだろうことは予想していても、実際に被害が出てしまったと聞けば、人命を救う医者のライトとしては気分が暗くなるのも当然である。


「ライト君、死傷者が出たことは悲しいことだけれど、これだけの被害で済んだのは奇跡的と言っても過言じゃないの。それに、ライト君が受け持った南門では、私達が想定してた以上に人を救ってくれたわ。だから、全部ライト君が背負い込まないで」


「はい」


「まあ、言っても気になってしまうのは、医者としてのさがでしょうし、それを慰めるのはヒルダちゃんに任せるわ」


「任せて下さい。ライトは私がたっぷりと甘やかします」


 ヘレンの発言に対し、ヒルダは胸を張って応じた。


「まあ、暗い話は置いとこう。それよりも、次に備えておかなきゃならん。今、オールドマン達も馬車馬の如く働いてるが、聖水が足りてねえ。ライト、作ってくれ」


「わかりました」


「ギル、そこのトーテムポット2つをライトに渡してくれ」


「わかった。ライト、これを頼む」


 話題を変え、ライトに聖水を作る作業をさせようとしたのは、ローランドなりの気遣いだった。


 何もしていなければ、ライトが気にしてしまうと思ったので、気を紛らわせるには何かしていた方が良いと判断したのだ。


 ギルバートからトーテムポットを受け取ると、ライトはすぐに聖水を作り始めた。


「【【聖付与ホーリーエンチャント】】」


 <多重詠唱マルチキャスト>により、同時に2つのトーテムポットの中身が聖水に変わった。


「相変わらずすげえな」


「もう全部ライト君1人でいいんじゃないかな」


「聞いてはいたけど、ここまでとは・・・」


「これが私のライトです」


 ドヴァリン一家が戦慄していると、ヒルダがドヤ顔で言ってのけた。


 ローランドの要件は一瞬で終わり、ヘレンが報酬を渡した。


 すると、今度はギルバートが口を開いた。


「ライト、俺からも頼みがある。勿論、報酬もしっかり払うぞ」


「なんでもはできません。依頼の内容を聞いてから判断させて下さい」


「それもそうだ。頼みってのは、この盾のことだ」


 そう言いながら、ギルバートは背負っていたタワーシールドをライトに見せた。


 ライトはそれを鑑定すると、鋼鉄でできた本体の表面に銀でコーティングされているタワーシールドであることがわかった。


「表面だけ、銀でコーティングされてるんですね」


「その通りだ。実は、この銀の部分を聖銀ミスリルにしてほしい。本当は全部銀でできた盾を作ってもらおうと思ったんだが、それだと強度が心配で、元々使ってた盾に銀をコーティングしたんだ」


 確かに、銀は延性や展性に富み、柔らかい金属として知られている。


 だから、全てを銀で作った盾では、アンデッドの攻撃を受けている途中で破られてしまうと思い、ギルバートはこのタワーシールドを用意した。


 しかし、聖銀ミスリルは銀からできるが銀とは別の存在であることをギルバートは知らない。


「ギルバートさん、言いにくいことなんですが、聖銀ミスリルと銀は別物です。強度についても、銀とは比べ物にならない程上がります」


「なん・・・だと・・・」


 現実を知り、ギルバートは膝から崩れ落ちた。


 そんなギルバートに対し、ライトはすかさずフォローを入れる。


「でも、聖銀ミスリルって見た目よりも軽いですから、全部聖銀ミスリルで作られた盾では、重さのある盾の感覚と同様に使えないと思います。そう考えれば、悪くないと思います」


「そうか。そうだよな。それじゃあ、表面部分を聖銀ミスリルにしてくれないか? 加工の報酬は言い値で払う」


「では、金貨10枚で構いません」


「・・・そんなに安くて良いのか?」


 想定していたよりもずっと安い金額を提示され、ギルバートは驚きを隠せなかった。


 それに対し、ライトは首を縦に振った。


「構いません。前線で戦うなら、きっとお金はいくらあっても足りませんよ。それに、僕に払う報酬が少ないと思うなら、1人でも多くの守護者ガーディアンを守って下さい」


「わかった。ドヴァリン公爵家の血に誓って、全力で皆を守ろう」


「よろしくお願いします。【聖付与ホーリーエンチャント】」


 交渉が成立すると、ライトはパパッとギルバートのタワーシールドの表面を聖銀ミスリルへと変えた。


「・・・神々しいな」


 聖銀ミスリルを初めて見るらしく、ギルバートは眩しくて見ていられないと言わんばかりの表情になった。


 そこに、あることを思い付いたローランドが口を開いた。


「ライト、ティルフィングに【聖付与ホーリーエンチャント】をかけたらどうなるんだ?」


「どうなんでしょう? 呪武器カースウエポンに使ったことがないので、どうなるかわかりません。強化されるかもしれないし、ただ浄化されて弱体化するかもしれません」


「試してみる価値はありそうだが、ぶっつけ本番でティルフィングにやってもらうのはリスクがデカい。ちょっと待ってろ。確か、倉庫に使い手のいない呪武器カースウエポンがあったはずだ」


 そう言うと、ローランドは部屋を出て行った。


「もし、ローランドの気づきがプラスに働くなら、戦況が大きく変わるかもしれないわね」


「そうですね。でも、教会ってそんなに呪武器カースウエポンを溜め込んでるんですか?」


「・・・色々あるのよ。いわくつきの武器とか、取り潰しになった家で接収した武器とかね」


「なんででしょう・・・。嫌な予感がしてきました」


「その感覚は間違ってないと思うわ」


 ヘレンの話を聞き、ライトはローランドが何を持って帰って来るのか不安になった。

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