第88話 上手に焼けたら駄目なんですよ、叔母様

 翌日の水曜日、昼休みが終わって生徒会室に来たライトだが、すぐにヒルダを伴って教会に移動した。


 その目的は、ジェシカの論文発表時に自分が聖水を作れることを披露する根回しのためだ。


 できることならば、ローランドを味方につけたいところだが、ライトもヒルダもローランドのスケジュールなんて知らない。


 だから、ローランドと遭遇するまで、教会にちょくちょく足を運ぶつもりなのだ。


 今日もローランドを見つけられたらラッキーと考え、教会に来た訳である。


 そんなライトとヒルダに対し、話しかける者がいた。


「あら、ライト君。それにヒルダちゃんもいるのね。こんにちは」


「こんにちは、伯母様」


「どうして教会にいるのかしら?」


「実は、叔父様にお願いがあって来たんです」


「ローランドに? ごめんなさい。ローランドは今日、終日不在なの。私でよければ話を聞くけど、どうかしら?」


 味方にすべきはローランドだけではない。


 それを理解しているので、ライトは首を縦に振った。


「では、叔母様に先に話を聞いてもらいます。もしかしたら、叔母様の方がこの話は向いてるかもしれませんし」


「私に向いてる? まあ、良いわ。ついてきて」


 ヘレンはライトとヒルダを連れ、自室に案内した。


 ライトとヒルダをソファーに座らせると、ヘレンは適当に飲み物を人数分用意して戻って来た。


「はい、どうぞ」


「「ありがとうございます」」


「それじゃあ、ライト君がローランドにしたかったお願いとやらを聞かせてもらえる?」


「わかりました。叔母様は、今月の3週目の土曜日に行われる論文発表会をご存じですよね?」


「知ってるも何も、私が発表会を仕切ってるわ」


「そうでしたか。だったら話は早いです。実は、僕とヒルダも生徒会長の助手として、論文発表会に出ることになったんです」


「なるほど。今の生徒会メンバーを考えれば、順当な人選ね。メイリンさんは口数が少ないし、イルミちゃんは場にそぐわないわ」


 ヘレンから見ても、メイリンとイルミが助手になるとは考えられないらしい。


 姪っ子を過大評価しないあたり、ヘレンは頭脳面でイルミを評価していないようだ。


 自分もそう思っているとはいえ、ここにいないイルミのことをディスっても時間の無駄だから、ライトは話を進めた。


「会長の論文のテーマですが、聖水の生物に対する影響です。僕が助手を頼まれたのは、このテーマが関わるところが大きいんです」


「そうね、確かにそうだったわ。前に中間報告を受けたことがあったけど、そんな内容だった気がする」


「会長が論文の執筆を進めるうえで、問題が発生しました」


「問題?」


「はい。教会学校に必需品を卸す業者ですが、聖水を値上げしました」


「なんですって?」


 聖水の値上げと聞いて、ヘレンの表情が険しくなった。


 どうやら、そんな話は知らされていなかったようだ。


「会長にその事実から、論文執筆のための聖水の確保が費用面で難しくなったので、助手をしてほしいと頼まれました」


「ライト君の聖水を大々的に使うのね?」


「そうなります。とはいえ、よくよく考えてみれば、ダーインクラブの治療院にも僕の作った聖水はたくさん使われてますし、前回の大規模遠征でも使ってますから、今更って気もしますが」


「他の業者から聖水の確保は・・・、厳しいわね。教会学校も慈善事業じゃないんだから、贔屓にしてる業者以外からの発注は認めないでしょうね」


「その通りなんです。教会学校が贔屓にする業者に聖水を卸してるのはゴーント伯爵家です。それで、物的証拠はありませんが、会長が調べたところでは、業者に聖水を教会学校に卸すなら値上げしろと迫ってるらしいです。さもなければ、聖水はその業者に卸さないと脅したとも聞いてます」


「あの腐れデブめ」


「叔母様?」


 ゴーント伯爵家と聞くと、ヘレンから普段は滅多に効かない汚い言葉が吐かれた。


 聞き間違えたのではないかと思い、ライトがヘレンに声をかけると、ハッと気づいたような表情になった。


「ごめんね、ライト君。それで、ライト君のお願いっていうのは、あの腐れデブを丸焼きにすること?」


「上手に焼けたら駄目なんですよ、叔母様。僕が作った聖水を使う際に、聖水による利権が奪われる者達から圧力がかかって来ると思います。その時に、それを抑えてほしいのです」


「あぁ、そういうことね。確かに、ライト君の聖水が市場に出回れば、聖水の利権に縋る貴族の家は没落するものね」


 ライトのお願いをようやく理解し、ヘレンはライトとヒルダがここにやって来た理由に納得した。


「自分で言うのもどうかとは思いますが、僕の作った聖水の方が、市販のものよりも効果は高いです。論文発表会の結果によっては、今後、僕から聖水を一定数納品することも考慮してます」


「そこまでされたら、確実にライト君を潰しに動くわね。特に、あの腐れデブが中心になって」


 イライラした表情のヘレンは、ここにいないゴーント伯爵家当主へのヘイトがどんどん高まっているらしい。


「質の高い聖水による発見を、今回の論文発表会で披露する予定です。なので、その後に後ろ盾になってもらいたいというのが、僕達からのお願いです」


「わかったわ。私もね、そろそろあの腐れデブを引き摺り下ろしてやろうと思ってたのよ。5月に聖水の作成をライト君に頼んだ時も、あの腐れデブは教会のノルマには達成できなかったくせに、市場へは変わらない量聖水を流してたの。老害死すべし慈悲はない」


 (滅茶苦茶キレてんじゃん。叔母様ってこんなキャラだったっけ?)


 最後の方に至っては目が据わっていて、本気でゴーント伯爵家当主を殺しかねない雰囲気だったので、ライトはヘレンを怒らせないように気を付けようと心に誓った。


「ライト、やっぱり当主のプライドをへし折って再起不能にするだけじゃ生温なまぬるいよ。私の大事なライトを害そうとする奴は、肉片になるか水死体になるかだよ」


「ヒルダ、深呼吸しようか。吸ってー、吐いてー」


 ヒルダが暴走し始めたのを見て、ライトは慣れた態度で深呼吸を促した。


「ハグしてー」


「はいはい」


 深呼吸して落ち着き始めたヒルダは、ライトの直前の発言を利用してハグを強請った。


 ライトがハグすると、ヒルダの表情がたちまち和らいだ。


「アツアツなのね。これなら、ダーイン公爵家も安泰かしら?」


「任せて下さい。子沢山の大家族にしてみせます」


「た、頼もしいわね」


 ちょっとからかってみようかと思ったら、予想以上の答えが返って来てヘレンは戸惑った。


 話が逸れてしまったので、ライトは話を戻した。


「話を戻しますが、叔父様と叔母様には、僕の聖水の公表にあたり、後ろ盾になってもらいたいのですが、引き受けていただけるんですね?」


「任せてちょうだい。教会としても、上質な聖水をまとまった量確保できる目途が立ったから、協力しない手はないわ」


「ありがとうございます」


「ちなみに、ライト君の聖水で発見したことって何か教えてくれたりしない?」


「叔母様が論文発表会を仕切っているならば、下手に内容は話せませんよ。当日を楽しみにしてて下さい」


「そう・・・。きっと驚くべき発見なんでしょうね。じゃあ、別の話をしましょう。次の予定まで、まだ少し時間があるの」


 お願いを聞いてもらう立場としては、ライトもヒルダもヘレンの誘いを断れない。


 むしろ、雑談に付き合うだけで心証が良くなるならば、喜んで付き合う所存である。


「わかりました」


「私も大丈夫です」


「良かったわ。それじゃあ、早速訊かせてもらおうかな。ライト君とヒルダちゃんは、どこまで進んでるのかしら?」


 (親戚との話題あるあるじゃん!)


 ライトは心の中でツッコんだ。


 長期休みで彼氏や彼女を連れて帰省した時、普段会わない親戚が彼氏や彼女との関係が気になり、下世話な話題を振って来るあれである。


「キスとハグ、耳かき、膝枕、食べさせ合いっこ、添い寝まではしました。混浴と子作りはまだです」


「えっ、添い寝したことあったっけ?」


 顔を赤らめつつ、サラッと答えるヒルダに対し、身に覚えのない体験がいつの間にか終わっていたので訊き返した。


「したことあるよ。ライトが寝ちゃった後に、何回かライトのベッドに入ったことあるもん」


「全然気づかなかった・・・」


「ライトってば、眠りが深いもんね。それに、私の方が早く起きて自分のベッドに帰るし」


「あら~。ヒルダちゃんの方が積極的ね~。ライト君も負けちゃ駄目よ」


 この日、初めてライトはヘレンにもおばさんらしいところがあるのだと知った。

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