第89話 副会長が長文喋った!?

 木曜日、ライトは生徒会室に植木鉢を持ってやって来た。


「会長、これ見て下さい」


「植木鉢、いや、エネルギーポットですね。どうしたんですか、これ?」


「ロゼッタが使ってるのを見て、僕も欲しくなって買ったんですよ」


 エネルギーポットは魔法道具マジックアイテムだが、お金さえ払えば手に入る部類の物だ。


 治療院での稼ぎの他に、サクソンマーケットでの賢者シリーズの売り上げの一部がライトの懐に入って来ている。


 だから、多少高い買い物をしたとしてもライトの懐事情は特に問題ない。


「なるほど。それはわかりましたが、なんでエネルギーポットを持って来たんですか? 確かに、その植物は立派に育ってるようですが、一体何を育ててるんですか?」


 ライトがわざわざ、空のエネルギーポットを自慢するために持ってくるはずがない。


 エネルギーポットには、ほんのりと赤い粒々の実が生った植物が生えていた。


 ジェシカは何を育てているのかが肝心なのだろうと考え、その結果見当もつかないので早々に訊ねた。


「これ、聖水で育てたウィークなんです」


「これがウィーク、ですって?」


 自分の知るウィークとは違う見た目をしていたため、ジェシカは俄かには信じ難いという気持ちを隠さなかった。


 ウィークとはニブルヘイムに自生する植物の一種で、種の状態から1週間で実が生るところまで成長するからウィークと呼ばれている。


 花屋で売っているような植物ではなく、道端に生えている雑草のたぐいだ。


 ウィークは細い葉に白い花をつけ、花が落ちると茶色いしわしわの実だけを残すというのがジェシカの知るものである。


 だが、今、ライトがウィークだと言ってのけたエネルギーポットの中で育てられたそれは、葉っぱは楕円形で実が赤い。


 同種と言われてすんなり受け入れられる程、ジェシカは自分の目に自信がない訳ではなかった。


 そこに、ヒルダが話に加わった。


「会長、これは本当にウィークです。私がライトと散歩してた時に、ライトが実験に使うって言って採集して植えたんです。そのエネルギーポットは、私達の部屋に置かれてた物ですからよく覚えてます」


「・・・まさか、聖水とエネルギーポットを使うと、ウィークがこんな形になるとは驚きです」


 ヒルダの発言を聞いて初めて、ジェシカはライトが抱える植物がウィークであると判断した。


「今日ここに持って来たのは、会長の論文の役に立つと思ったからです。聖水がに与える影響がテーマならば、人だけじゃなくてに与える影響も内容に盛り込んだ方が良いでしょう?」


「その通りですね。でも、どうしてウィークにしたんですか? 他の植物にしても良かったと思うのですが」


 信じたと思ったら、ジェシカは今度もまた訊ねて当然な疑問をライトにぶつけた。


「理由は3つあります。1つ目は、育てるのに時間がかからないことです。2つ目は、聖水を使うのと使わない場合での違いが明らかだからです」


「1つ目と2つ目については納得です。3つ目の理由も教えて下さい」


「3つ目は、ウィークが野イチゴに近い味がして、手軽に手に入る甘味だからです」


「な、なんだって!?」


 ガタッ。


 ライトの発言に反応したのは、ジェシカではなく聞き耳を立てていたイルミだった。


 ヴェータライトを装備するデメリットとして、お腹が減ってしまうイルミにとって、どこにでも生えているウィークが食べ物、しかも甘味になると聞けば黙っていられるはずがなかった。


「イルミ姉ちゃん、昼ご飯はたべたばかりでしょ?」


「甘い物は別腹だよ!」


「別腹って言うけど、イルミ姉ちゃんって食堂の料理を無料で食べられる権利があるからって、毎食フードファイトみたいになってるって良く噂を聞くよ。太るよ?」


「ヴェータライトを装備してる限り、お姉ちゃんに太るの二文字は当てはまらないんだよ!」


 ガタッ。


 イルミの発言が聞き捨てならないらしく、メイリンが立ち上がった。


 そのまま、メイリンはドヤ顔を披露するイルミの背後に移動し、首根っこを掴んだ。


「乙女の、敵」


「えっ、ちょっ、副会長!? どこ連れてく気!?」


「この学校の女子を代表してO・HA・NA・SHIする」


「副会長が長文喋った!? あぁ、甘味が~!」


 イルミの首根っこを掴んだまま、メイリンは生徒会室の隅の方に連行していった。


 そんなメイリンを見て、ジェシカが苦笑いした。


「メイリン、今ダイエット中なんだそうです。お肉が好きなのは良いですが、うっかり食べ過ぎたと言ってました」


「ダイエット中の女子の前で、自分はどれだけ食べても太らない発言をするなんて、イルミ姉ちゃんは勇者なんじゃないでしょうか?」


「勇敢と馬鹿は紙一重。イルミは馬鹿だけど」


 怖いもの知らずな発言をするイルミをある意味で勇者だとライトは表現したが、ヒルダはバッサリと馬鹿だと切り捨てた。


 どうやら、食べたい物を好きなだけ食べられることを妬む者は、ここにもいたらしい。


 乙女の悩みは置いといて、ライトは話を進めることにした。


「とまあ、話は脱線してしまいましたが、3つの理由からウィークを聖水で育ててみました。論文に使えそうですか?」


「使えると思います。ウィークを実験対象にしたのも、考えようによっては甘味事情に変革をもたらすという点で重要なことですから。そう、重要なことですから、育ったウィークの実の味を知るべきだと思います。ねえ、ライト君?」


「会長、貴女もですか」


 ライトのジト目を受け、ジェシカは咳払いした。


「オホン。冗談はさておき、植物への変化も盛り込みましょう。ライト君でも、あらゆる植物を試した訳ではないんでしょう?」


「勿論です。試したのはウィークを含めて2,3種類です。劇的な変化が現れたのは、ウィークだけでした」


「まあ、今から観察対象を増やしたところで、全部が全部良い結果に繋がるとも限らないから、植物に関してはウィークだけに留め、他の植物にも大きな変化をもたらす可能性ありとでも書きましょう」


「それが良いと思います。ところで、会長は僕の聖水と市場に出回ってる聖水の何が違うと考えてますか?」


「難しい質問ですね。<法術>を使えるか否かでは、大雑把過ぎて答えになりませんし」


「その通りです。その回答以外でお願いします」


 ライトに難問を出され、ジェシカは唸った。


 本来聖水とは、聖職者クレリックコースを卒業した司教ビショップ神官プリースト女神官プリーステスか、守護者ガーディアンコースを卒業した僧兵モンクにしか作れない貴重な水だ。


 これらの職業に就く者が、教会の礼拝堂で月光を十分に浴びせた水でしか作れないはずなのに、ライトが【聖付与ホーリーエンチャント】で作った聖水、あるいはホーリーポットから湧き出した聖水はその常識を覆した。


 実際、ジェシカも聖水の作り方を正確に知っている訳ではないのだ。


 それを知っているのなら、ゴーント伯爵家のような既得権益にしがみつく貴族がいないのだから当然だと言えよう。


 悩んだ末、ジェシカは不完全ながらも回答を出した。


「作る工程で、不純な物質が市販の聖水に入ったからですかね。あるいは、必要な物質が市販の聖水には足りないからとも考えられます」


「大体合ってます」


「大体って、ライト君は聖水の作り方を知ってるんですか?」


「僕には<鑑定>がありますから」


「いや、<鑑定>があったとしても、聖水の作り方はどうやってわかるんですか? もし、<鑑定>持ちが聖水の作り方を目で見ればわかるというならば、ゴーント伯爵家のような貴族はいませんよ?」


 ジェシカのツッコミは正しい。


 <鑑定>というスキルは、珍しいものではあるがライトのユニークスキルという訳ではない。


 <鑑定>持ちの者が、聖水を見ただけで作成方法を理解できるならば、聖水で利権を得るなんてことはできないだろう。


 (あれ、もしかして、僕と他の<鑑定>持ちのスキルの使い方って違うの?)


 その時、ライトは初めて気づいた。


 自分の<鑑定>の使い方が、ヘルハイル教皇国のどの<鑑定>持ちの者とも違うことに。


「あの、今更で恐縮ですが、普通の<鑑定>はどうやって使うんでしょうか?」


「私が保持してる訳ではありません。ですから伝聞した物になりますが、ステータスを見る、対象の物がどんなものなのかを調べるという使い方です」


「それは僕も同じですが、得られた情報で不明な言葉に<鑑定>は使わないんですか?」


「・・・ちょっと待って下さい。ライト君、<鑑定>で得た情報に<鑑定>が使えるんですか?」


「僕は使えますけど、他の人は違うんですかね?」


「流石はライト! また歴史が動いたね!」


 口をパクパクさせるジェシカとは対照的に、ライトがまた重大な事実を発見したことにヒルダは誇らしそうに微笑んだ。

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