第76話 逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ

 昼食を取り終えて食休みの時間も過ぎると、アンジェラがライト達に声をかけた。


「若様、ご学友の方々、そろそろ始めましょうか」


「アンジェラ、何から始めるんだ?」


「最初に皆様がどれだけ戦えるのかが知りたいので、5対1で模擬戦をします」


 アンジェラの言うことはもっともだった。


 指導する相手の実力を正しく理解していないのに、どうして適切な指導ができるだろうか。


 ライト達は納得してテントがある場所から少し離れた場所まで移動した。


「アンジェラ、ルールはあるのか?」


「若様に限り、模擬戦中は回復系の技は使用を禁止させていただきます。それ以外は特にありませんので私を殺すつもりでかかって来て下さい」


 その瞬間、アンジェラから殺気が膨れ上がり、ライト達は咄嗟に警戒態勢になった。


「良い反応ですね。では、先手はお譲りします。いつでもどうぞ」


「作戦A!」


「「「「了解!」」」」


 ライトが作戦名を宣言すると、アルバス達が応じて行動を開始した。


「【棘牢ソーンジェイル】」


 ロゼッタが技名を唱えると、アンジェラを閉じ込めようと茨の牢獄が形成されたがアンジェラは茨の動きを見切って躱した。


 しかし、それならそれで構わなかった。


 作戦Aとはロゼッタの【棘牢ソーンジェイル】で先制し、敵を拘束できればザックとアリサがそこに重めの一撃をかます段取りとなっている。


 もっとも、最初の段階からあっさりと躱されてしまったので、ザックとアリサはアンジェラが移動した先に進路を変更している。


「あの程度で捕まる私ではありません」


「【斬撃スラッシュ】」


 アルバスがアンジェラに斬撃を飛ばすが、アンジェラはそれも簡単に躱した。


 ところが、その躱した先に戦槌ウォーハンマーを振りかぶったアリサがいた。


「【怪力打撃パワーストライク】」


 アリサの渾身の一撃は最小限の動きでアンジェラに避けられて空振りに終わってしまった。


「遅いです」


「【重斬撃ヘヴィスラッシュ】」


「無駄です」


「衝撃」


 ザックがアンジェラの死角から狙った斬撃は、アンジェラが見ずとも避けてみせた。


すると、アンジェラは距離が最も近いザックに対してその背後に回って膝カックンを決めた。


「むっ!?」


 アンジェラの膝カックンにより、ザックがそのまま崩れ落ちた。


「ロゼッタ、範囲拘束」


「は~い。【範囲蔓拘束エリアヴァインバインド】」


「なるほど。そう来ましたか」


 足元から無数の蔓が出現し、効果範囲内にいる者全員を拘束しようとしたが、アンジェラは流れるような動きで蔓の拘束を回避し、ロゼッタに向かって走り出した。


「きゃっ」


「む」


 その場にいたせいで、アリサと地面に倒れたザックは蔓に捕まってしまったようだ。


 そんなことを気にする余裕などなく、ライト達はアンジェラの攻撃に備えるしかなかった。


 アンジェラが手刀の構えでロゼッタに狙いを定めたのを察知して、アルバスがアンジェラとロゼッタの間に割って入った。


「邪魔です」


「【防御壁プロテクション】」


 アルバスを狙ったアンジェラの手刀は、ライトが展開した光の壁によって防がれた。


 だが、ちょっと待ってほしい。


 手刀なのに防がれた時の音が金属音だというのは、アンジェラの手刀が並々ならぬものであることを証明していることになる。


 やはりアンジェラは異常である。


「【聖戒ホーリープリセプト】」


「これは、早い、です、ね!」


「うわぁ、これを避けちゃうかぁ」


 足が止まったアンジェラを狙い、光の鎖がアンジェラを拘束しようとその足元から次々と現れるが、アンジェラはまだコメントする余裕があった。


「これでどうかな~? 【範囲蔓拘束エリアヴァインバインド】」


「甘いです」


「うぉっ!?」


 ライトの【聖戒ホーリープリセプト】だけでなく、自分も加勢することで駄目押しをしようと【範囲蔓拘束エリアヴァインバインド】を発動したロゼッタだったが、アンジェラを捕らえられずに誤ってアルバスを拘束してしまった。


 それを見たアンジェラは、蔓の拘束範囲から外れた場所で止まって口を開いた。


「ここまでです。模擬戦は終了とします」


「ロゼッタ、技を解除して」


「は~い。みんな~、ごめんね~」


「うぅ、悔しい・・・」


「無念」


「手も足も出なかったぜ」


 動けるようになった3人は、各々悔しそうな表情だった。


「皆様の実力は大体わかりました。皆様、失礼であることを承知して申し上げますがお話になりません。新人戦で優勝したからって良い気になってませんか?」


 アンジェラに痛い所を突かれ、アルバス達は何も言えなかった。


「新人戦の結果について私は直接見たわけではありません。耳で聞いただけです。しかし、皆様がほとんど負傷することなく優勝できたのは若様のおかげです。若様と私が1対1で戦えばもう少し時間を稼げたでしょう」


 その指摘は自分達がライトの足手纏いであることを突き付けるもので、アルバス達は悔しくて歯を食いしばった。


「皆様のチームワークは1年生の中では、いえ、教会学校の生徒としては中の上ぐらいの実力だと思います。皆様に必要なのは個の力です。それぞれに戦える力がなくてはこれ以上パーティーとして強くなるのは厳しいでしょう」


 個の力と言われてアルバス達は納得した。


 何故なら、普段の実技の授業でもチーム戦では伸び代が見えなかったからだ。


 ライトの指揮のおかげでエルザのパーティーとの戦績は負けなしだが、自分達のパーティーとしての強さにこの上があるのかは疑問だった。


 その答えを1回模擬戦をしただけのアンジェラに見極められたことは悔しいが、それが事実であることは腑に落ちた。


「ということで、皆様には私が課題を与えます。それを消化することで皆様は個の力をつけ、パーティーとして一回り成長するでしょう。くよくよしてる暇なんてありません。気持ちを切り替えて下さい。よろしいですね?」


「「「「「は(~)い!」」」」」


 アンジェラの問いかけに対し、ライト達は元気良く返事をした。


 それから、ライト達は順番に課題の内容を伝えられた。


 ライトの課題はホルン山に来る途中に言われた通り、DEXを鍛えることだった。


 そのためにやるのは2つのことを同時に行う訓練である。


 アンジェラがライトに抱き着こうとするから、それを【防御壁プロテクション】で防ぎながら手のひらサイズの石でジャグリングするように指示された。


 この訓練には石を落とす度にもれなくアンジェラのハグという罰ゲームがついて来る。


 これは、プレッシャーをかけられたライトが石を地面に落とさずに的確にアンジェラから自分の身を守る冷静さを維持することで、冷静さとDEXに磨きをかけるのだ。


 正直なところ、アンジェラの役得感が否めない。


 というよりも役得でしかないのだが、確かにライトがアンジェラから逃げながらジャグリングするのは至難の業なので訓練になるのは間違いない。


 次に、ザックとアリサは同じ課題でAGIの強化だった。


 前衛が素早ければ相手は守ることに意識を向けざるを得なくなり、それだけでも味方を守ることに繋がる。


 それゆえ、坂道ダッシュをするようにと指示を出された。


 さて、アルバスに出された課題だが、大鎌を使った攻撃手段にバラエティーを持たせることだった。


 大鎌という武器の特性上、どうしても攻撃が大振りなってしまい、動きが見切られやすい。


 それゆえ、大鎌を使いながら瞬時に攻撃範囲を切り替えられるようにしろと指示が出た。


 それに付き合うのはロゼッタで、ロゼッタの課題は精密さ、つまりはDEXだった。


 勿論、ライト並みのDEXまでは求められていないが、先程の模擬戦でも味方を拘束してしまったので混戦でも味方を攻撃しないように精度を高めろと指示が出た。


 アルバスの攻撃の的を作る役に任じられ、アルバスは次々にそれを素早く工夫して壊し、ロゼッタは狙った場所に技を素早く発動する訓練を行う。


 ブートキャンプの1日目はアンデッドと戦うところまでいかない訳だが、ライト達は強くなるために気合を入れて臨んだ。


「若様ペロペロ~!」


「こっち来んな! 【防御壁プロテクション】」


「あぁ、ヤバい。落としちゃった・・・」


「若様、アウト~。デュフ、デュフフフフ」


「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ」


 手をワキワキさせながら近づくアンジェラに対し、ライトの足は生まれたての小鹿のように震えていたのは言うまでもない。

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