第67話 ありの~ままの~

 翌日の水曜日、座学の授業が終わり、パーティーメンバーと一緒に食堂に向かおうと廊下を歩いていると、ゼノビア=パイモンがライト達の前に現れた。


 というよりも、ゼノビアがライトを探していたといった方が正しい様子だった。


 ライトを見つけたゼノビアの表情は、すっかり憔悴しきっており、やっとライトを捕まえることができたと安堵していた。


「ダーインさん、G1-2のゼノビア=パイモンです。少しお時間をいただけないでしょうか?」


 パイモンと聞き、ライトの目が鋭くなった。


 新人戦のパーティーの部で戦ったことがあるので、ゼノビアのことは認識していた。


 ゼノビアが名乗ったのは、先週のマチルダの件を受けて、名乗らずに時間を貰えるかと言えば失礼に値すると判断したからだ。


「なんでしょうか。昼休みとはいえ、限られた時間です。手短にお願いします」


 そんな配慮も、パイモン辺境伯家に良い印象を抱いていないライトにとっては、大した効果はないのだが。


「わ、わかりました。ダーインさん、誠に申し訳ございませんでした」


 突然、ゼノビアが土下座をし始めたので、ライト達は戸惑った。


「なんで謝るんですか?」


「私の姉が、ダーインさんに失礼なことをしたからです」


「それは貴女が謝ることじゃないでしょう? 本人がすべきことを、なんで貴女がするんですか?」


「昨日の夕方、私は姉の愚行を知り、すぐに謝るように姉の部屋に向かいました。しかし、姉は部屋に引き籠り、私は疎か誰とも顔を合わせようとはしませんでした」


「勝手に突っかかって来たくせに、被害者気取りですか。というか、貴女もそんなところで土下座をしては通行の邪魔です。今すぐ止めなさい」


「し、失礼しました」


 ライトに言われて気づいたようで、廊下の真ん中で土下座していたゼノビアは立ち上がった。


 この時には既に、注目を集め過ぎていたので、ライト達は場所を移動することにした。


 移動した先は、校舎裏である。


 流石に、この状態で食堂に行けば、あることないことが噂されるのは必至なので、人気ひとけのない校舎裏に移動したのだ。


「アルバス達は、食堂に行っててよかったんですよ?」


「いや、まあ、俺達も当事者みたいなもんだし」


「護衛」


「え~、ライ君の方が強いよ~?」


「ロゼッタ、話がややこしくなるから黙ってね」


 昨日のマチルダが来た時も、自分達はいたからここでライトだけにはしないというので、ライトは無理に食堂に行けとは言わなかった。


「それで、なんで被害者気取りの姉の代わりに貴女が謝りに来たんですか?」


「私達は守護者ガーディアン志望です。将来は、人類のために1体でも多くのアンデッドを倒すと決めて守護者ガーディアンコースに入りました。それなのに、昨日の姉の一件のせいで、私以外のパーティーメンバーもダーインさんの治療を受けられなくなってしまいました。それでは、安心してアンデッドと戦えません」


「貴女達の志望動機は置いとくとして、アンデッドにやられて退却したとしても、世界樹治療院に行けば良いと思いますが?」


「先週、世界樹治療院の聖職者クレリック達でも治せない症状になった守護者ガーディアンを、ダーインさんが治したと耳にしました。並みの聖職者クレリックでも治らないようなアンデッドがいるのに、最高の治療を受けられないのは怖いんです」


 ゼノビアの心配は、納得できるものだった。


 誰だって、死と隣り合わせの世界ニブルヘイムで生き抜くため、保険はキープしておきたい。


 ましてや、守護者ガーディアンを目指し、街に住む者よりも死の危険性が大きい状況に身を置いているのだから、その思いはその者らよりも強い。


 それにもかかわらず、マチルダが馬鹿なことをやらかしたせいで、万が一の時に自分達を治してもらえないとわかれば、関係者ゼノビアからしたら堪ったものではないだろう。


 ゼノビアが慎重なのは、ライトも新人戦で目の当たりにしているので、ゼノビアが不安を取り除こうと謝って来たと言うことは理解できた。


 しかし、それにしてはゼノビアの表情の憔悴具合が酷いので、自分が治療してもらえないことだけが問題ではないということもライトは察した。


「それだけが貴女が謝る理由ですか?」


「・・・やはり、お見通しですよね。実は、昨日の件があっという間に知れ渡り、姉の関係者ということで、私だけでなく私のパーティーメンバーまでもが、校内で白い目でみられるようになりました」


「まあ、勝手に個室に入って来て、あれだけ騒げば噂は広がるでしょうね」


「恐らく、既にセイントジョーカーにも話は広まってるでしょう。そうなれば、私達はセイントジョーカーの住人から冷遇されます。私だけならともかく、パーティーメンバーにまで迷惑をかけるなんて、考えただけでも胃の痛くなる話です」


 どうやら、ゼノビアはマチルダとは違って責任感が強いらしい。


 ゼノビアは頭を深々と下げた。


「お願いします。どうか、私のパーティーメンバーは見逃してもらえないでしょうか。姉のせいで被害を受けるのは、私だけで十分です。彼等の人生まで狂わせたくはありません」


 (どうしたもんかな。落としどころをどこにするか決めてなかった)


 ゼノビアの嘆願を受け、ライトは声を出さずに悩んだ。


 マチルダに対し、昨日の宣言ではパイモン商会に関わる全ての人間を治療しないと宣言した。


 その定義が曖昧だったのだ。


 関わりとは、どの範囲までなのかをしっかりと定めていなかったせいで、ゼノビアへの回答に困った。


 実際、パイモン商会に関わる全ての人間を治療しないというのを実行するならば、パイモン商会で買い物をした人すら治療をしないということになる。


 勿論、ライトはそんなことをするつもりはない。


 パイモン商会のお客さんは、パイモン商会に関わる全ての人間にはカウントしないつもりだ。


 では、パイモン商会の現会頭の娘であるゼノビアのパーティーはどうか。


 ゼノビアならば関係者と断言できるが、ゼノビアのパーティーメンバーにしてみれば完全なるとばっちりだろう。


 (治療しない対象は、パイモン辺境伯家とパイモン商会の従業員に留めよう)


 ライトの脳内で結論が出そうになったが、少し範囲を緩めることにした。


「良いでしょう。は決められた治療費さえお支払いいただけるなら、ちゃんと治療しましょう」


「えっ? ですか? ではなくて?」


「責任感の強い貴女に免じての措置です。もしも、貴女が自分を治してもらえないのは困ると言ったなら、話はそれまでとしました。しかし、貴女は自分よりもパーティーメンバーに重点を置いてました。ですから、それを考慮してのことです」


「わ、私も良いのでしょうか?」


「仮に、貴女の謝罪により、パーティーメンバーだけの治療が認められたとしましょう。余程人情味に欠けたパーティーでなければ、僕の前に来て貴女も治療してほしいと頭を下げるはずです。そうでしょう?」


 ライトの目は、ゼノビアではなくその後ろを見ていた。


 ゼノビアもそれに気が付き、後ろを振り返るとゼノビアのパーティーメンバーが揃っていた。


「どうしてここに!?」


「俺達のために土下座までしてくれたリーダーを、見捨てるなんてできるはずない」


「私達は5人でパーティーだもの」


「俺達だって、リーダーのために頭ぐらい下げに来るさ」


「リーダーに任せっぱなしなのは良くないから」


 感動のワンシーンが目の前で繰り広げられそうだったが、ライトは昼休みを潰されて若干イライラしていた。


 自分だけならともかく、アルバス達まで付き合わせてしまっているのだから無理もない。


 正直、早くこの件を片付けて食堂に行きたいのだ。


「ということで、貴女達は例外で治療しますが、パイモン辺境伯家とパイモン商会の従業員の治療は、では引き受けません。それと、貴女達の評判については僕は関与しません。それじゃあ、失礼します」


 ライトはそう言うと、アルバス達を連れて校舎裏から去った。


 食堂に移動する時、アルバスがライトに話しかけた。


「なんだかんだ言って、ライトは優しいよな」


「あれ、アルバスは厳しい僕の方が良い?」


「いや、今のままがベストだ」


「同意」


「そうだね」


「ありの~ままの~」


「ロゼッタ、それ以上はいけない」


 前世の人気映画の主題歌を思い出し、ライトは待ったをかけるのだった。

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