第68話 スタッフが美味しくいただくみたいに言わないでよ。はぁ・・・

 7月最後の日曜日、ライトとヒルダ、ジャックは教会の敷地内に準備された料理大会の会場にやって来た。


 ヒルダとジャックがついて来たのは、料理大会が助手を含め3人まで1チームで参加できるからだ。


 ライトのことを少しでも手伝いたいヒルダに加え、料理大会自体を宣伝のチャンスと捉えるジャックはライトの助手枠で参加する。


 会場の受付に到着したライト達は受付の女性に話しかけた。


「こんにちは。エントリーしたライト=ダーインです」


「こんにちは。ライト=ダーインさんですね。保存食の部にチーム名”賢者の食卓”でエントリーが確認ができました。どうぞあちらの本部までお進み下さい」


「ありがとうございます」


 今日の料理大会は2部構成となっている。


 夏バテ対策の部と保存食の部だ。


 料理大会にエントリーする場合はチーム名とチームメンバーを登録する。


 ”賢者の食卓”なんてチーム名になったのは、ジャックがそれにしようと提案したからだ。


 いくら宣伝目的のジャックも”サクソンマーケット”というチーム名でライトの助手になるのは厳しかったので、それならクッキーやピクルスのブランドから賢者という言葉を使うことにしたのだ。


 ライトもヒルダも余程酷いネーミングセンスでなければ反対するつもりはなかったから、ジャックが提案した”賢者の食卓”に賛成してそのままチーム名が決まった。


 ライト達が案内された本部のテントまで移動すると、そこには大会スタッフに紛れてローランドとヘレンがいた。


「こんにちは、叔父様、叔母様」


「よう、ライト。来たな」


「こんにちは、ライト君、ヒルダちゃん。君は確かジャック君で良かったかしら?」


「は、はいっす! 予言者プロフェットに名前を憶えてもらえて光栄っす!」


 予言者プロフェットとはヘレンの二つ名だ。


 ローランドが闘士ウォーリアとして前衛でバリバリ戦うのに対し、ヘレンは魔射手マジックアーチャーとして後衛の役目を果たしつつ作戦参謀を担っている。


 類稀なる後方支援の実力を有し、かつての大規模遠征で戦況を予言を的中させたことから予言者プロフェットなんて二つ名がついた。


 そんなヘレンに認識されていたということは、ジャックにとって嬉しいことだった。


 偉い人に知られていることが嬉しいのはサクソンマーケットの関係者としても勿論そうだが、純粋な子供としての憧れからでもあった。


 それはさておき、ライトは本部に来た用事を果たすことにした。


 バッグの中から瓶に詰めた燻製を数種取り出したのだ。


 そのラインナップは食堂での試食会と生徒会室で人気が高かったチキンとチーズをリンゴのチップで燻したもの、ニジマスをナラのチップで燻したものの3種である。


 保存食の部では、大会当日に料理するだけでなく、保存性に長けていることを証明するため、1週間前に作成したものも提出する必要がある。


 それゆえ、ライトは事前に用意した燻製3種を提出した訳だ。


 当然、提出した燻製3種は<道具箱アイテムボックス>で保管してない。


 そうしてしまえば時間が止まってしまうからだ。


 それでは保存性を評価してもらうのにズルをしたことになってしまう。


 ライトは公平を期して正々堂々と戦う所存である。


「ほう、これがライトの作った新しい保存食か。見た目は美味そうだな」


「鶏肉とチーズとニジマスよね? これが保存食で食べられるんだったら遠征中でも守護者ガーディアン達の士気を高く保てそうだわ」


「では、確かに提出しましたよ?」


「おう、と言って送り出したいところなんだが、実はライトに頼みがあってな・・・」


 そう切り出されてライトは嫌な予感がした。


「なんでしょうか?」


「実は夏バテ対策の部に参加するはずだったチームが急遽欠席になってな。空いた枠で出てくれねえか?」


「いやいや、何も準備してないんですよ? 無茶言わないで下さい」


 いくらライトと言えども、突然出場予定のない夏バテ対策の部に出てくれと頼まれたら困るのは当然だ。


「ライト君、なんとかならない? 食材はこちらで用意した物を使ってもらうから参加チームの懐事情に差はないんだけど」


 ヘレンも困った様子でライトにどうにかならないかと頼む。


 困っているライトに対し、ジャックが話しかけた。


「ライト君、なんか秘蔵のメニューとかないんすか?」


「そんな秘蔵のメニューなんて・・・、あっ」


「あったんすか?」


「いや、でも、あれは好き嫌いがわかれるって」


「もしかして、オイラが食べはぐった冷製ネバネバパスタっすか?」


「「冷製ネバネバパスタ?」」


 ジャックが口にした料理名を聞き、ローランドとヘレンが反応した。


「燻製のついでにそのメニューも売り出すのはどうっすか? 宣伝の舞台もある訳っすし」


「ライト、レシピがあるなら出てくれよ。欠席したチームなんだが、お前たちにビビって辞退したんだ」


「僕達にビビった、ですか? どういうことでしょうか?」


 食事処をビビらせた記憶がないのでライトは首を傾げた。


 すると、助け船を出すようにヘレンが口を挟んだ。


「ライト君、教会学校でパイモン商会の次期会頭で揉めたでしょ? 逃げ出したのって実はパイモン商会の傘下の食事処なのよ」


「揉めたのではなく、あちらが一方的に上から物を言って来たので論破しただけです」


「論破ってマジかよ。ライト、お前やっぱ頭良いんだな」


「そうね。15歳でパイモン商会次期会頭と言われたマチルダ=パイモンを口で言い負かすなんて、ライト君って本当に10歳なのかしら?」


「まだ10歳です。誕生日を迎えてませんから」


 ライトがムッとした表情になると、ローランドとヘレンは苦笑いした。


「すまん。どうにもライトが10歳には思えなくてな。身長はちっこいのに」


「ええ。成人並みの知識も心の強さもあるもの。見た目は年相応なのに」


 そんな2人に対し、ずっと黙っていたヒルダがライトをギュッと抱き寄せて口を開いた。


「ライトの身長のことは言わないで下さい。まだ成長期なんです。伸び代があります」


「ヒルダ・・・」


 コンプレックスについて言及され、ライトが凹んでしまわないようにとヒルダがライトを庇っている。


 ライトが成長期だと言うのを信じ、きっとライトの背は伸びるとヒルダはライトを励ました。


 自分を庇ってくれるヒルダを見て、ライトはヒルダこそ聖母ではないかと思ってしまった。


 ヒルダに抱き締められて年齢不相応な胸に触れたライトを羨ましく思うジャックがいたが、それはスルーされている。


 ライトの年齢詐称疑惑と身長の件は置いといて、ここでいくら話したところで夏バテ対策の部には1チーム足りていない事実は変わらない。


 事態を動かしたのは、その場に偶々やって来たイルミとジェシカ、メイリンだった。


「ライト、応援に来たよ~」


「ヒルダ、公衆の面前で何をやってるんですか?」


「仲良し?」


「会長、副会長、ついでにイルミ」


「ついでって何さ、もう」


 ついで扱いされたイルミは、ヒルダに対して私は怒っていますとアピールするため頬を膨らませた。


 ヒルダがイルミ達に状況を手短に伝えると、イルミがポンと手を打った。


「よしっ、わかった。ライト、夏バテ対策の部に出ちゃえ」


「そんな簡単に言うけど、冷製ネバネバパスタじゃ勝負するには厳しいよ」


「大丈夫! 味はお姉ちゃんが保証するから!」


「ネバネバですか。愚弟は駄目ですが、私は食べますね」


「私も食べる。弟も」


「ほら、会長も副会長もネバネバでもいけるって」


 ジェシカとメイリンの反応から、イルミはライトに参加をプッシュした。


「イルミ姉ちゃん、なんでそんなに僕を出たがらせるの? 保存食の部だけで良いじゃん」


 夏バテ対策の部に対し、そこまで自分を参加させたい理由が何なのか気になり、ライトはイルミに訊ねた。


「ライト、お姉ちゃんが大事なことを教えてあげるよ」


「大事なこと?」


「お姉ちゃんの中でライトの料理は最強!」


「・・・すっごい自分本位な理由じゃん」


 少し期待してしまったライトはイルミの発言を聞いて小さく息を吐いた。


「えぇ、良いじゃん! お姉ちゃん、ライトなら勝てるって思うよ? 大丈夫だって。もし負けたとしても、後でお姉ちゃんが美味しくいただくから」


「スタッフが美味しくいただくみたいに言わないでよ。はぁ・・・」


 こうなったイルミは自分が夏バテ対策の部に出ると言うまで退かない。


 それがわかっているからこそライトは溜息をついたのだ。


「しょうがないなぁ、もう。わかりました。叔父様、叔母様、やれるだけやってみます」


「本当か!? 助かるぜ!」


「ありがとう、ライト君!」


 イルミのごり押しが決まり手となり、”賢者の食卓”は夏バテ対策の部にも参加することになった。

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