第66話 うるさいうるさいうるさい!

 7月3週目の火曜日の昼休み、ライトはパーティーメンバーにジャックを加えた6人で食堂にいた。


 昼食は軽めに注文し、今から燻製したいくつかの保存食の試食会を行うのだ。


 オープンスペースで試食会を行うと、料理大会前に不特定多数の生徒へのネタバレとなってしまうから個室を借りて行っている。


 燻製を作ると決めてから1週間、ライトがコツコツと作って来た燻製の一部を試食用に振舞う。


「じゃあ、早速食べてみて」


 ライトがテーブルの上に用意したのは、ベーコンとチキン、ビーフジャーキー、チーズ、卵、ニジマスだ。


 川魚として流通しているのがニジマスだったので、サーモンの代わりに作ってみた訳である。


 スモークチップについても、クルミ以外にリンゴとナラをジャックの伝手で手に入れたので、食材6種×チップ3種の18種がこの場に用意されている。


 アルバスはジェシカと同様、魚が気になるようでニジマスのチップ各種の3種類を手元にキープした。


 ザックは肉が気になって仕方ないらしく、ベーコンとチキン、ビーフジャーキーをクルミのチップで燻したものを取り寄せた。


 ロゼッタはフルーティーな香りが気になったのか、チキンとチーズ、ニジマスをリンゴのチップで燻したものを自分の皿に取った。


 アリサは卵をクルミで燻したもの、チーズをナラで燻したもの、チーズをリンゴで燻したものを選んだ。


 食べ物専門の商人を目指すジャックはチキンとチーズをリンゴで燻したもの、ニジマスをナラで燻したものが良さそうだと直感で選んだ。


 いざ、実食ということでその場にいる全員が燻製食材を口にした。


美味うめえ! ニジマスがこんな味になるなんてすげえ!」


「美味」


「上品な味だよ~」


「これ、遠征で食べたい」


「ふむふむ。これは金の匂いがビンビンするっす」


「気に入ってもらえた?」


「「「「「うん!」」」」」


 試食した全員が、満足したという評価を口にした。


「じゃあ、大会に出すのは燻製にしよう」


「ライト君、予定通り、大会終了後にオイラが売って良いんすよね?」


「良いよ。大会で宣伝効果もばっちりだろうから、宣伝の手間が省けるんじゃない?」


「そうっすね。売る時は賢者ブランドの新商品って形で良いっすよね?」


「その売り方には物申したいんだけど」


「使えるブランドは使わせてほしいっす。賢者の2文字があるのとないので信用は雲泥の差なんす」


 そう言われてしまうと、ライトとしても断りにくい。


 ジャックの売り上げの3割がライトに支払われることを考えると、どうせ売り出すなら売れ行きが良い方が嬉しいからだ。


 賢者ブランドとしてサクソンマーケットから売られても、特段ライトに不都合が生じないのでライトも追認している状態である。


 食べ比べが終わって片づけをした後、ライト達が料理大会当日に出すラインナップを考えているところにズカズカと個室に入って来た者がいた。


 近寄って来た人物に最初に気づいたのは鋭い目になったジャックだった。


「ライト君、ちょっと面倒なことになるかもしれないっす」


「なんで?」


 いきなり面倒なことになると言われれば、どうしてそうなるのかとライトが質問するのは当然のことだろう。


 ジャックが耳打ちしてすぐに茶髪のおさげの少女がライトの前に仁王立ちした。


「ちょっと良い? 話があるんだけど」


「失礼ですがどなたですか?」


「どなた、ですって?」


 勝気そうな目をした少女は、ライトに自分が誰なのか認識されていないと知ると目を大きく見開いた。


「はい。どなたですか? 見た限りでは僕が治療院で診察した患者さんではありませんし、話したこともありません。勝手に入って来た挙句、名乗らずいきなり要件を話すのは礼儀知らずではないでしょうか?」


「M5-1のマチルダ=パイモンよ! パイモン商会次期会頭の私を知らないとか、どういうことよ!?」


「誰もが自分を知ってるというのは自意識過剰ではないでしょうか。事実、僕が知らなかった訳ですし」


「なんですって!?」


「ブフォッ」


 ライトの言い方が面白かったのか、思わずジャックが噴き出してしまった。


 マチルダはパイモン辺境伯の長女であり、新人戦のパーティーの部の決勝トーナメントでライトのパーティーが戦ったゼノビア=パイモンの姉である。


 パイモン商会と言えば大陸の東の流通を牛耳る大商会だが、ライトは今まで世話になったことがなかったから誰が次期会頭になるかなんて知る由がなかった。


「あっ、僕の自己紹介がまだでしたね。僕はG1-1のライト=ダーインです。生徒会庶務です」


「知ってるわよ!」


「それで、パイモンさんはどんな用事でこちらに来たんですか?」


「こいつ・・・」


 マチルダはマイペースなライトの対応のせいで完全にペースを乱されていた。


 まさか、自分のことを知らない者がいるとは思っていなかったし、ましてや今年の新人戦で2冠の成績を残し、ルクスリアの後継者として知られるライトに認知されていなかったことは予想外だった。


 無論、ライトはわざとこんな対応をしている。


 転生前の経験から、マウントを取ろうとする相手への防御手段を身に着けていたのだ。


「用事がないのであれば、こちらは取り込み中ですので後日改めてにして下さいませんか?」


「用事ならあるわよ! ライト=ダーイン、パイモン商会と専属契約を結びなさい! 貴方のアイディアとパイモン商会の流通網があれば、この国で1番稼げるわ!」


 マチルダは気を取り直し、再びマウントを取るように命令形でライトに手を組めと言った。


 それを聞いたジャックはライトの後ろでアワアワしている。


 サクソンマーケットはセイントジョーカーにある食品専門の商会だが、パイモン商会と比べれば知名度は低く流通網も狭い。


 少しでも多く稼げるように動くのは商人の基本原則と言っても過言ではないので、ライトとの契約がマチルダによってなかったことにされてしまうと思ったのだ。


 そんなジャックの心配をよそにライトは慌てず冷静に応じた。


「お断りします」


「そうよね。受けて当然よねって、えっ? 今なんていったかしら?」


「耳の調子が優れないようですね。お断りしますと言ったんです」


「なんですってぇぇぇ!?」


 ライトに断られたことが信じられず、マチルダは思わず叫んだ。


 そのせいでライト達のいる個室は周囲の席から注目を浴びてしまった。


「周りの迷惑になりますから静かにして下さいませんか? というよりも既に僕達は迷惑だと思ってるんですがね」


「うるさいうるさいうるさい!」


 (まさかこっちの世界でこのセリフを聞けるとは・・・)


 前世で読んだラノベのキャラと同じセリフだったせいで、ライトは頭の中でこんなことを考えていた。


 当然、黙り込んでいればマチルダのペースになってしまうので、ライトはすぐに切り返すのだが。


「礼儀がなってないですね。パイモン商会の次期会頭というのは礼儀知らずでもなれるんですか?」


「はぁっ!?」


「それと、僕はいつも家の力を使わないようにしてるんですが、ダーイン公爵家の末席に名を連ねる者として、のパイモンさんに上から目線で物を言われる筋合いはありません」


「なっ!」


「それともなんですか? 大陸の東側の流通網を牛耳ってるパイモン商会に逆らえばどうなるかわかってるのかとでも言いたいんですか?」


「そ、そうよ! 私に逆らえば、この大陸の1/4では好き勝手できないから覚悟しなさい!」


 それが、マチルダは勝ったと思って偉そうに言った。


 そんなマチルダに対し、ライトはヒルダ直伝の目の笑っていない笑みを浮かべて口を開いた。


「では、今後僕もパイモン商会に関わる全ての人間に対し、いくら治療費を積まれても治療しないことにしましょう」


「・・・えっ?」


 虚を突かれたマチルダは、ライトが何を言っているのか聞き取れたのに頭で理解することができなかった。


「構いませんよね? 短慮で喧嘩を吹っかけて来たのはそちらです。そちらが販売制限をかけるというのなら、こちらもそれなりの対応をしましょう。アンデッドが蔓延る世の中でいつまで健康でいられるかわかりませんが、どうぞ頑張って下さい」


「ちょ、ちょっと」


「あぁ、残念です。人類が一丸となってアンデッドを倒すべきだと思ってたのですが、どうやらそう考えてたのは僕の方だけで、そちらは私欲を満たすためなら同胞人間も蹴落とすんですね。それでは、さようなら。みんな、行こうか」


 マチルダが膝から崩れ落ちたが、ライト達はそれを放置してその場から立ち上がって去った。


 ライトとマチルダのやり取りを見て、アルバス達は絶対にライトを怒らせないようにしようと心に誓った。


 食堂を出てアルバス達と別れた後、1人残ったジャックはライトに話しかけた。


「あ、あの、ライト君、さっきのはあれで良かったんすか?」


「パイモン商会との専属契約を蹴ったこと?」


「はいっす」


「蹴った理由は3つだよ。1つ目は人を脅して傘下に入れようとするのが気に食わなかったこと。2つ目は自分のことは誰でも知ってると思って名乗らなかったこと」


「3つ目はなんすか?」


「決まってるじゃん。僕はジャックと先に約束したんだ。


「・・・アハハ。まったく、ライト君には敵わねえっす。わかったっす。このジャック=サクソン、まだ大した力はないっすけど友達のためならいくらでも力になるっす」


 ジャックはライトの考え方に触れ、同年代ではあるが頭が上がらないと思うのと同時にライトとの繋がりを大切にしようと改めて心に誓った。

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