料理大会編

第61話 アンジェラ、ステイ!

 7月になると、G1-1は実技の授業でセイントジョーカーから出てアンデッドとの実戦を行うようにカリキュラムが変更された。


 この変更が生じたのは、ライトのパーティーとエルザのパーティーが先月の遠征見学で学生が対峙するにはまだ早いアンデッドと遭遇したからだ。


 G1-2以下のクラスのパーティーでは4年生だけで対応できるアンデッドとしか遭遇しなかったので、アンデッドとの戦闘はまだ解禁されていない。


 つまりはG1-1だけの特別対応ということになる。


 まだ10歳か11歳の1年生の中には、この特別対応を知ってG1-1だけ卑怯だと抗議する者もいた。


 だが、その抗議はG1-1が遭遇したアンデッドの話を聞くと収まった。


 誰だってヴェータラやグール、ネームドアンデッドのゾンビ亜種と遭遇して生還したら抗議に応じると言われれば、二の足を踏むのは学生ならば当然だ。


 だから、今のところG1-1しかアンデッドとの実戦が認められていない。


 それはさておき、遠征見学後に教会学校内で事件が起きた。


 その事件とはトラブルのような悪い意味ではなく、イベントと言った方が良いだろう。


 校長のシスター・アルトリアが生徒会室に現れ、ライトに週6で生徒会活動に参加するようにしたのだ。


 ではなくである。


 一生徒であるライトに対し、校長シスター・アルトリアが頼み事をするというのは一大事だ。


 その理由がヒルダの持つエクスキューショナーのデメリットを抑えるためなのだから、ライトは断れない。


 しかし、シスター・アルトリアはシスター・マリアとは違い、一方的に頼みごとをするような真似はしなかった。


 ライトがお願いを聞いてくれるなら、学生寮A棟にあるスイートルームにヒルダと同棲して良いというお詫びを提示した。


 ライトの時間を拘束する代わりに、住む部屋のグレードアップが認められたのだ。


 このスイートルームだが、2,3人が授業時間外を過ごすには十分な広さと調度品が備えられており、現在使用者はいない。


 ヒルダと一緒にいる時間を極力長くすることで、エクスキューショナーのデメリットを少しでも減らすという建前で貸し出すつもりである。


 無論、ライトとヒルダが婚約関係にあるからできる訳であって、婚約関係にない未成年を同じ部屋に住まわせるつもりはシスター・アルトリアには一切なかった。


 これにはライトが応じる前にヒルダが諸手を挙げて喜び、ライトはその条件で週6の生徒会活動参加を承諾した。


 また、スイートルームが貸し出されるのはとりあえずヒルダが卒業するまでの期間となった。


 こんな背景があって7月になった今、ライトはヒルダと同じ部屋で寝起きしている。


 勿論、スイートルームはラブホテルではないから不純異性交遊は認められていない。


 その点はくれぐれも守るようにと言われており、スイートルームを追い出されたくないヒルダはライトと一線を超えないように我慢している。


 ところで、今日は7月1週目の金曜日は1年生にとって授業参観の日だった。


 入学してから3ヶ月が経過して1年生も教会学校にも慣れた頃なので、家族に様子を見てもらうのだ。


 遠征見学後に授業参観の予定を組んでいるおかげで、例年やる気に満ち溢れた生徒達の姿をその家族が目の当たりにすることになる。


 だが、ちょっと待ってほしい。


 お忘れではないだろうか。


 ダーイン家には偏執狂モノマニアの二つ名を持つ変態がいることを。


 その変態がライトの授業参観というビッグウェーブを逃すはずがないことを。


 授業参観当日、ライトはパーシーとエリザベスの他にもう1人の気配を背後から感じて怖気を感じた。


「あぁ、若様。なんて凛々しいお姿でしょう。おっと、下着が不味いことになってしまいました」


 (そりゃ来るよね。逆に来ないはずがないよね。アンジェラだもの)


 ライトの耳はアンジェラが口にした言葉をしっかりキャッチしていた。


 G1-1の生徒の親ともなれば、基本的にはおとなしく授業の様子を眺めるだけなのだが、アンジェラだけは久し振りにライトの姿を見ることができてはしゃいでいる。


 そんなアンジェラに対し、アンデッドに役立つ道具アイテムの授業を担当するシスター・ニコラが指摘した。


「おい、アンジェラ。アタイの授業の邪魔すんじゃねーよ」


「話しかけないで下さい、ニコラ。私は今、若様の姿を目に焼き付けるのに忙しいんです」


「てめぇ・・・」


 アンジェラとシスター・ニコラは同級生だ。


 だからこそ、2人のやり取りには遠慮がない。


 そうは言っても、シスター・ニコラが額に青筋を浮かべていることから、遠慮のなさはアンジェラの方が上であることは明らかなのだが。


 シスター・ニコラがキレる寸前であると悟ると、ライトはアンジェラに短く言った。


「アンジェラ、ステイ!」


「ワン!」


「・・・アタイ、なんでこんな変態に1回も勝てなかったんだよ」


 ライトに叱られるように指示を出され、嬉しくなって犬のように返事をして静かになったアンジェラを見て、シスター・ニコラは額に手をやった。


 頭痛が痛いと言いたくなるレベルで、アンジェラの存在にどうするべきか悩んでいるのだ。


「シスター・ニコラ、僕の家のメイドが授業の邪魔をしてすみません。授業を続けて下さい」


「お、おう」


 ライトが頭を下げたことで、シスター・ニコラは落ち着きを取り戻した。


 自分の年齢の半分以下のライトがアンジェラの不始末を詫びて授業を続けてくれと言っているのに、いつまで経っても引き摺っているのは大人として恥ずかしいと思ったのだ。


「んじゃ、続きだ。魔法道具マジックアイテムについてだが、魔法道具マジックアイテムの核とはなんだ、オルトリンデ?」


「魔石ですわ」


「正解だ。じゃあ、その魔石を核としてどうやって魔法道具マジックアイテムは動くかわかるか、ウォーロック?」


「魔導回路を通じて魔石からMPが供給され、魔法道具マジックアイテムは動きます」


「合ってるぜ。お前達、よく勉強してるじゃねえか」


 シスター・ニコラはG1-1の生徒がしっかりと予習していると知り、ニヤッと笑いながら褒めた。


 魔法道具マジックアイテムとはMPを動力とする道具だ。


 そのMPは使用者が定期的に供給しなければならない。


「じゃあ、これはわかるか? 魔導回路は何でできてる、ダーイン?」


「魔石です。正確には一定以上の基準に満たない魔石を砕き、粒状にしたものをMP伝導を断絶する素材でできたケーブル内に詰め込み、核となる魔石とつなぐことで魔導回路になるのが一般的です」


「・・・せ、正解だ。ダーイン、これ5年生の内容だぞ? 何で知ってんだよ?」


「若様が天才だからに決まっているでしょう? そんなこともわからないなんてその目は節穴ですか? あぁ、訊くまでもなく節穴でしたね。失礼しました」


「てめぇ・・・」


「アンジェラ、シャラップ」


「失礼しました」


 再びブチギレ寸前までいったシスター・ニコラだったが、それを察したライトが静かにアンジェラの口を閉じさせた。


 そのおかげでどうにか怒りを抑え込む余裕ができたので、シスター・ニコラは深呼吸して落ち着いた。


「オッホン。悪かったな、ダーイン。で、なんで知ってんだ?」


「初めてセイントジョーカーに来た時、魔法道具マジックアイテムを見て気になってから自分で調べました」


「好奇心旺盛だな。そういう気になって調べる姿勢が大事なんだ。お前達ももっと勉強しろ。こんな世界じゃどんな知識が役に立って生き残れるかわかったもんじゃない。知識は力だ。良いな?」


「「「・・・「「はい!」」・・・」」」


 シスター・ニコラはその口調に似合わず、教師らしいことを口にした。


 実技を担当しなくとも、なんだかんだ先生らしく振舞えている。


 その後もシスター・ニコラは終了時刻になるまで授業を行った。


 鐘が鳴ると午前の授業はここまでと宣言し、ライト達に昼休みだと言い渡して教室を出て行った。


 さて、授業参観の日だが、この日だけは特別に食堂で生徒と家族が一緒に食事がとれるようになっている。


 それゆえ、ライトはパーシーとエリザベス、アンジェラと共に食堂へと向かった。


 入学してから何かと有名なライトだが、今日はアンジェラまでいるのでいつもよりも余計に視線を集めている。


 アンジェラがいかに有名なのかを思い知り、ライトの胃はストレスによってじわじわとダメージを受けた。


 そんなライトを食堂の前で出迎えたのは、嬉しそうに微笑むヒルダだった。


「ライト、待ってたわ。小父様、小母様、お久しぶりです」


 ヒルダがパーシーとエリザベスに挨拶をする様子は、どこからどう見ても上品なお嬢様という所作だった。


 当然、これはライトの婚約者として自分が如何に相応しいかをアピールする意図以外の何物でもなかった。

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