第62話 私は一向に構わない
食堂にやって来たライト達はオープンスペースではなく個室に移動した。
個室にいたのは場所の確保に動いていたイルミである。
「あっ、父様と母様、久し振り!」
「イルミ、元気そうじゃないか」
「イルミ、ちゃんと勉強もしてるのかしら?」
「うん、元気だよ。勉強は・・・、チャントヤッテルヨ。ホントダヨ」
イルミがエリザベスから目を逸らして片言で喋ったことで、この場にいる全員が勉強していないのだと理解した。
「イルミ様、若様の周りに不届きな雌が忍び寄ったりしてませんか?」
「そういうのはわかんない。お姉ちゃんじゃなくてヒルダに訊いて」
アンジェラから専門外の質問をされ、イルミはヒルダに話を振った。
「では、ヒルダ様、いかがですか?」
「エルザ=オルトリンデとかいう金髪ドリルなんだけど、私という婚約者があるとわかってなおライトに媚びてたよ」
「・・・オルトリンデ侯爵家、滅ぼしますか」
「私は一向に構わない」
「いや、駄目だから。ヒルダもアンジェラも落ち着いて」
アンジェラとヒルダが組んだら何をしでかすかわかったものではないので、ライトは待ったをかけた。
「賑やかだね、リジー」
「そうね。やっぱり、イルミとライトがいないと家が静かだもの」
そんな様子を見てパーシーとエリザベスは微笑みながら見守っていた。
(いや、止めようよ。オルトリンデ侯爵家壊滅の危機だよ?)
慌てて声を出すような真似はしなかったが、ライトは心の中で両親にツッコんだ。
それから、ライト達は昼食を取りながら入学してからのことを話した。
パーシーもエリザベスも、子供達にはこれといって近況報告の手紙を送るようには言っていなかったので入学してから起きたことをほとんど知らないからである。
唯一知っている事実と言えば、ライトが新人戦で2冠という成績を残したことだ。
これは教会学校からダーイン公爵家にお祝いの連絡があったので知っている。
という訳で、ライトが入学してから3ヶ月の話をするとパーシーとエリザベスはお腹いっぱいという表情になった。
アンジェラだけがそれでこそ若様ですとドヤ顔だったのは例外だろう。
「まず、新入生が生徒会庶務だなんて異例だね。史上初なんじゃないか?」
「私が在学してた頃だって生徒会のメンバーは若くて3年生からだったわ」
「僕が入りたいと手を挙げたんじゃないです。シスター・マリアに
「まあ、ライトの実力を知れば
「あら、そこで勝ち取ってこそ強いパーティーができるんじゃなくて?」
「母様ってば過激だね」
「だからこそ、リジーは
「なるほど」
エリザベスが競争してなんぼだと言ってのけると、イルミが正直な感想を口にした。
それに対して、パーシーはエリザベスの二つ名の由来の一部を教えた。
「パーシー?」
「はい、すいません」
子供に余計なことを話すなと睨まれ、パーシーは蛇に睨まれた蛙のようになった。
話題を変えた方が良さそうだと判断し、ライトは別の話題を提供することにした。
「実は、生徒会の遠征でデスナイトを倒したんですが、その時にこのペインロザリオを手に入れました。ちなみに、
「「「えっ?」」」
パーシーとエリザベス、アンジェラはライトが何を言ったのか頭で理解できずに訊き返した。
「ですから、生徒会の遠征でデスナイトを倒したんですが、その時にこのペインロザリオという
「デスナイトを倒した?」
「その剣、
「若様は1年生なのに遠征に出たんですか?」
三者三葉の驚きである。
パーシーは自分達が苦労して倒したデスナイトが教会学校の生徒会だけで倒されたことに驚いた。
エリザベスはライトが何気なく帯剣している武器が実は
アンジェラが驚いたのは、ライトが教会学校のルールを無視してデスナイトの討伐遠征に駆り出された事実に驚いた。
「シスター・マリアの判断で僕も特別に遠征に参加したんだよ。婚約者のヒルダが遠征に参加するのに僕は
「・・・旦那様、奥様、少々の間席を外させていただきますがよろしいですか? 私には、
「アンジェラ、行って良し」
「リジー!?」
自分が口を開く前にエリザベスがアンジェラに許可を出したため、パーシーの声は思わず大きくなってしまった。
「では、行ってまいります」
そう言い残すと、目の据わったアンジェラはこの場から一瞬でいなくなった。
「リジー、
「ライトの未来のお嫁さんの命を盾に取り、ライトの力欲しさに利用するなんて教師じゃないわ。大丈夫。アンジェラなら半殺し程度で抑えるはずだから」
「半殺しも駄目だからね!?」
エリザベスの過激な発言を聞き、パーシーが完全にツッコミに回っている。
ちなみに、ライトはシスター・マリアにお灸を据えてくれるなら、今はアンジェラに好きにさせようと思っていたりする。
普段は温厚なライトでも、嫌いな者に対して温厚にはなれないようだ。
それに加え、思い出しただけでも
だから、ライトはアンジェラのことは放っておいて話を元に戻した。
「シスター・マリアのことは置いといて、デスナイトとの戦いですが全員で協力して酷い怪我を負うことなく倒せました」
「これは俺も鍛え直す必要がありそうだ」
「帰ったら一狩り行っちゃう?」
「行こうか。ライト達に負けてられないよ」
ライトの報告を聞き、パーシーとエリザベスもアンデッドとの戦いに気合が入ったらしい。
自分の子供達が立派な活躍を見せたのに、自分達が領地で政務の対応だけしていては恥ずかしいと思ったようだ。
公爵とその妻なのだから政務優先でも良いではないかと思うのだが、この2人はそれを良しとはしなかった。
「それでこのペインロザリオですが、デスナイトを倒した時にドロップしました。痛覚が2倍になる代わりにSTRが1.5倍になるんです」
「何それ欲しい」
「パーシー?」
「ハハッ、冗談だよ。うん、本当に」
8割以上本気で言っていたとわかっているので、エリザベスはパーシーにジト目を向けた。
流石に息子の手に入れた使い勝手が良いペインロザリオを取り上げるのはいかがなものかとエリザベスがパーシーを諫めたのだ。
「あのね、父様、母様。実は、私とヒルダも先月の遠征見学で
「なん・・・だと・・・?」
「あれ、私の聞き間違いかしら? ライトだけじゃなくてイルミとヒルダも
「そう言ったよ。ほら、これだよ。ヴェータライト」
「私のも見て下さい。エクスキューショナーです」
「ダーイン公爵家の未来が安泰な件について」
「パーシー、何変なこと言ってんのよ。まだこの子達は子供なんだからしっかりしなさい」
パーシーがおかしなことを言うものだから、エリザベスのチョップがパーシーの脳天に落とされた。
「痛い・・・。イルミ、その右腕のガントレットがヴェータライトなのかい?」
「うん。STRの数値が1.25倍になって、殴った相手を30%の確率で恐慌状態にするんだよ。デメリットは使えば使う程お腹が減るんだ」
「イルミ、そのガントレット俺に使わせてくれない?」
「止めなさい、この馬鹿」
ゴンと鈍い音が鳴った。
エリザベスの鉄拳がパーシーの脳天に落とされた音である。
「父様、羨ましいでしょ? しかも、ライトがお姉ちゃんのためにデメリットを抑える兵糧丸って食べ物も作ってくれたんだからね」
「ちょっと待って。ライトのおかげでデメリットを打ち消したってことかしら?」
「そうだよ。良いでしょ~」
ドヤ顔を披露するイルミを見て、エリザベスはライトの頭を撫でた。
「ライト、これからもイルミのことをよろしくね」
「わかりました」
「あれ、ここはお姉ちゃんがチヤホヤされる展開じゃないの?」
「イルミは褒め過ぎると調子に乗って失敗するでしょ? だから、ライトにお願いしてるのよ」
「ぐぬぬ・・・」
否定できない事実を突き付けられ、イルミは唸ることしかできなかった。
そんなイルミを放置して、ヒルダが自分の
「私のエクスキューショナーについても話しておきます。STRの数値が1.5倍になる代わりに、ライトへの独占欲が強まって私の精神が不安定になると殺人衝動を引き起こすそうです」
「・・・控えめに言ってヤバいデメリットね。その武器を使ってても大丈夫なのかしら?」
「大丈夫です。学校側が学生寮A棟のスイートルームで私とライトの同棲を認めてくれました。そのおかげで、私は午前以外ライトと一緒にいられるので幸せです。デメリットが起こることはありません」
「そう・・・。ライト、ヒルダちゃんのこと大切にしなさい。それと、スイートルームでは羽目を外してはいけませんよ?」
「母上、同棲に賛成なんですか?」
成人前の子供を持つ親として、それで良いのかと気になったライトはエリザベスに訊ねた。
「良いのよ。女なら合法的に愛する人と一緒にいられる手段を手にして我慢する理由なんてないもの。ヒルダちゃん、ライトと仲良くしてね」
「お任せ下さい、お義母様!」
ヒルダのエリザベスに対する呼び方が、この瞬間から小母様からお義母様に変わっていた。
どうやら、今の発言で完全に自分はダーイン公爵家に嫁げると確信したらしい。
その後、痛みから復活したパーシーも交えて生徒会活動が始まるまで家族の時間が続いた。
ちなみに、校舎のとある場所では目の据わった変態メイドにボコボコにされた状態で放置されたシスター・マリアの姿があったそうだが、それはまた別の話である。
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