第53話 しょうがないなぁ、イルミ姉ちゃんは

 ヴェータラを倒してヘルの声が自分のレベルアップを告げ終えると、ライトは魔石の浄化や自分達の体に付着した瘴気の除去をまとめて行った。


「【範囲浄化エリアクリーン】」


 素手で触っても問題なくなると、ライトはヴェータラの魔石を回収した。


 そのすぐ後にヒルダがライトに抱き着いた。


「ライト、お疲れ様!」


「ヒルダもお疲れ様」


「エヘヘ♪」


 ライトに労ってもらえたことで、ヒルダの顔が緩んだ。


「ライト、お姉ちゃんも疲れた!」


「うぐっ!?」


 突然、背後からイルミに衝突されたことによってライトは思わず息を吐き出した。


 そうなれば、当然ヒルダが抗議する。


「ちょっとイルミ、今は私とライトがイチャイチャする時間だよ。邪魔しないで」


「ライトとイチャつくのを邪魔されたくなければ、私を倒すんだね」


「わかったわ。3枚に下ろしてあげる」


「ヒルダ、落ち着いて。って、あれ? イルミ姉ちゃん、その右腕どうしたの?」


 荒ぶるヒルダを宥めていたライトだったが、チラッと視界に映ったイルミの右腕に装着したガントレットの変化に気づいて指摘した。


「えっ、右腕? 何これぇ!?」


「いや、僕が指摘する前に気づいてよ」


 自分の装備を確認する時間ぐらいあっただろうし、見た目が少しではなくガッツリと変わっているんだからすぐに気づけよとライトはツッコまずにはいられなかった。


 イルミの右腕は元々、ガントレットを装着していたのだが、それはただの鋼鉄製のガントレットだった。


 だが、今のイルミの右腕にはヴェータラの顔が拳を覆い、腕はその胴体を模したデザインへと変わったガントレットが装着されていた。


 なんとなく予感がして、ライトはイルミの右腕に嵌められたガントレットに<鑑定>を使ってみた。


 (やっぱり呪武器カースウエポンになってる。ヴェータライトってそのまんまじゃん)


 ヴェータラを模った右腕ライト専用のガントレットだから、ヴェータライト。


 確かに、ライトでなくてもそのまんまだと評価するだろう。


 鑑定結果によると、このヴェータライトはヴェータラが無念だと強く念じたまま強制的に成仏したことで、イルミのガントレットの右腕だけが変質した呪武器カースウエポンだった。


 つまり、左腕の方は普通のアイアンガントレットで右腕の方だけが呪武器カースウエポンという訳である。


「イルミ姉ちゃん、そのガントレットは右腕だけ呪武器カースウエポンになってるよ。ヴェータライトだってさ」


「つ、ついにお姉ちゃんも呪武器カースウエポン使いになったんだね。父様が知ったら、羨ましがるだろうな」


 イルミとライトの父親であるパーシーも、イルミと同じでガントレットを装着している。


 それは当然のことながら質の良い武器だが、呪武器カースウエポンではない。


 だから、自分が先に呪武器カースウエポンを手に入れたとパーシーに報告すれば、存分にドヤれる自信があった。


「その効果はSTRの数値が1.25倍になって、殴った相手を30%の確率で恐慌状態にするんだってさ」


「デメリットは?」


 呪武器カースウエポンには必ずデメリットがあるため、イルミは聞き逃すまいとライトに質問した。


「お腹が空く」


「え?」


「使えば使う程空腹になるんだよ。イルミ姉ちゃんはヴェータライトを装備し続ける限り燃費の悪い体になるってこと」


「それぐらいなら全然OKだよ」


「何言ってんの? 今日みたいな遠征で<道具箱アイテムボックス>持ちの人がパーティーにいなきゃ、あっという間にイルミ姉ちゃんが食料を食べ尽くしちゃうんだよ?」


「遠征中にパーティーメンバーの食糧まで手を出したら、パーティーの雰囲気悪くなるって前に話を聞かせてくれた守護者ガーディアンの人が言ってたね」


 ライトとヒルダの話を聞き、イルミの顔色が真っ青になった。


 そして、イルミはライトに縋りついた。


 それはもう、眼鏡をかけた小学生が虐められた時に青い猫型ロボットに泣きつく時のように。


「ライト~! 助けて~! お姉ちゃん、みんなに白い目を向けられちゃうよ~!」


「大丈夫。既に白い目で見てるから」


「ヒルダ・・・」


 ライトに泣きつくイルミに対し、追い打ちをかけるようなヒルダを見てライトは戦慄した。


 生徒会メンバーには、デスナイト戦の後に自分が<道具箱アイテムボックス>を使えることを教えてある。


 今後、デスナイト戦のようなことがあって巻き込まれることが確定した時、それがあるのとないのでは動き方が全然違うからだ。


 だから、イルミは<道具箱アイテムボックス>持ちのライトになんとかしてくれと縋っている訳だ。


 しかし、ライトは1年生であり、イルミと同じ4年生ではない。


 そうなると、遠征見学や生徒会の遠征のように一緒に移動する機会なら構わないが、日々の実技の授業でアンデッドと戦いにセイントジョーカーを出る時に困る。


 そこで、ライトは「究極料理アルティメットクッキング」に載っていたレシピから、この事態を解決できそうなヒントを思い出した。


「しょうがないなぁ、イルミ姉ちゃんは」


 そのヒントを思い付いたことで浮かれてしまい、ライトは思わず青い猫型ロボットみたいな喋り方をしてしまった。


「あ゛り゛がどう゛~!」


「ライト、なんとかなるの?」


「多分ね。ちょっとやってみようか」


 鼻声で感謝するイルミを放置し、ヒルダはライトにこの問題を解決できるのか訊ねた。


 ライトは世話の焼ける姉のため、一肌脱ぐことにした。


 すると、早速<道具箱アイテムボックス>を発動して必要な物をその場に出した。


 折り畳み式の机とまな板、包丁、ボウルと食材がいくつかである。


「もしかして、ここで作るの?」


「うん。ヴェータラも倒したことだし、浄化した場所にアンデッドは近づきたがらないだろうからね」


「そっか。じゃあ、何か手伝うよ」


「それなら、一応周囲の警戒を頼んで良い?」


「任せて。ほら、イルミ。いつまでライトに抱き着いてんの? 作る邪魔になるから離れなさい」


「うぅ~」


 ヒルダにより、まだ若干ぐずっているイルミがライトから引き離されると、ライトは調理を開始した。


 ライトが作ろうとしているのは「究極料理アルティメットクッキング」に載っていた兵糧丸である。


 本来のレシピに乗っているのは、小麦粉ときな粉、カロリそうの3つの食材だけだ。


 このカロリ草というのは、地球にはなかったがニブルヘイムにはある薬草の一種で、腹持ちが良いが苦いダイエットには欠かせない植物だ。


 これだけではとてもではないが苦くて食べられたものではない。


 それゆえ、ライトが取り出したのは食堂で分けてもらった蜂蜜とレモンだ。


 小麦粉ときな粉、みじん切りにしたカロリ草をボウルの中にいれた後、レモン汁をその中で絞り、続いて蜂蜜を投入する。


 次に、ボウルの中身をしっかりと混ぜ合わせて直径5センチぐらいに丸める。


 その後は本来は薬草を蒸すのに使う蒸し器の中にそれらを入れる。


 この蒸し器はライトの自前だ。


 治療院にあった蒸し器だが、教会学校に持って来たのだ。


 それから、サバイバル用に用意していた木の枝を焚火ができるようにセットして、火打石で着火する。


 当然、この火打石も治療院にあったものだ。


 そして、これまたサバイバル用に拾っておいた石で焚火の両側に壁を作り、そこにシュミット工房で使わなくなったから貰った鉄板を乗せ、そこに蒸し器を乗せる。


 小一時間程かかったが、蒸し器の中身が蒸し上がるとライト特製の兵糧丸が完成した。


 見た目は小さなヨモギ餅な緑色だが、肝心の味はどうだろうかとライトが手を伸ばそうとすると、ライトは横から視線を感じた。


 視線の主は言うまでもなくイルミである。


 既に泣き止み、ライトの作った兵糧丸を食べてみたいと目が訴えていた。


「イルミ姉ちゃん、味見してみて」


「いっただきま~す! あちっ!」


 蒸し上がったばかりで熱いのに、問答無用と口に放り込んだせいでイルミはパニックになっていた。


 そんなイルミに水の入ったコップを差し出すと、イルミはそれをひったくるようにして取って飲んで口の中を冷ました。


 口内の温度が下がると、イルミはようやく兵糧丸を味わうことができた。


「ほんのり甘い。でも、ちょっとだけ酸っぱい」


「疲れた時には蜂蜜レモンなんだよ。それで、これなら食べれそう?」


「うん!」


「そっか。じゃあ、ヴェータライトを使って空腹がどうしようもなくなったら、この兵糧丸を食べてね」


「わかった! ありがとう!」


 イルミはライトに礼を言って抱き着いた。


 そんなイルミを見れば、ヒルダがムスッとした顔をするのは言うまでもない。


 すぐにライトから引き剥がしに来て、ついでにライトが作った兵糧丸の味見もした。


「美味しい。疲れた時に良いかも」


「でしょ? それじゃあ僕も」


 ライトも1つ手に取ってそれを食べた。


 イルミに説明した通り、ほんのりと蜂蜜レモンの味がしてカロリ草の苦みを完全に打ち消していた。


 ヴェータライト使用のデメリットが解決すると、片付けを終えてからライト達は月見の塔を出てエマ達と合流した。


 ライト達が無事な様子を見て、エマ達は心底ホッとした様子だった。


 そんなエマ達を見て、ライト達は兵糧丸を作って味見してたせいで合流が遅れたとは口が裂けても言えなくなった。


 予想外の強敵が現れたが、それを倒してしまったので遠征見学を中止する理由はない。


 とりあえず、日も沈んでしまったから今日はここまでとして野営の準備に入った。

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