第54話 僕、夜更かしはしない主義だから

 夕食後、ライトが【範囲浄化エリアクリーン】を使ってその場にいる全員の体の汚れを落とした後、見張りの順番決めが行われた。


 日を跨ぐ遠征ではどうしても野宿をすることが多くなってしまう。


 そうなると、パーティー全員がぐっすり眠れるなんてことにはならない。


 ローテーションを組んで見張りをするのが一般的である。


「じゃあ、見張りのペアを決めよっか」


 イルミがそう言うと、ヒルダは目を光らせた。


 その目は絶対にライトとペアになってやると気合の入ったものだった。


 遠征見学では遠征の雰囲気を少しでもリアルに感じるために、アンデッドとの戦闘と蜥蜴車リザードカーの御者以外は1年生も経験することになっている。


 1年生だけに見張りを任せるのは心配なので、4年生と1年生がペアになるのは当然の流れと言えよう。


 ちなみに、見張りの開始が午後11時だとして、終わりが翌朝の6時半という風に1つのペアあたり1時間半の見張りをすることになっている。


 4年生の見張りの順番は決まっていて、エマ、ノア、ターニャ、ヒルダ、イルミである。


 つまり、ペアを決めるというのは1年生が誰とどの時間に見張りをするかを決めると言うことだ。


 そこで策士ヒルダは進言した。


「遠征見学の目的も考えて、1年生が話を聞きたい4年生とペアを組むのが良いんじゃないかな」


 その発言は勿論建前であり、本音はライトに自分を選んでほしいという欲望全快である。


「良いんじゃない? 下級生との貴重な時間なんだし、少しでも有意義な方が良いと思う」


「そうですね。私もそれで良いと思います」


 エマとノアはヒルダに都合良く掌の上で踊らされていた。


 その一方、イルミとターニャは難しい表情をしている。


 イルミはライトを指名したいからで、ターニャもアルバスかザックとペアを組みたいからだ。


 しかし、上級生として我儘は言えないし、ヒルダの言い分は妥当と言えば妥当なのだ。


 それを覆せるような論理的思考をイルミもターニャも持ち合わせてはいなかった。


 まさに、ぐうの音も出ないとはこのことだろう。


 結局、ヒルダの案が採用されて、ライト達が一緒に見張りをしたい人達を選ぶことになった。


 その結果、ライトは当然ヒルダを指名した。


 一応、建前として近接戦と遠距離戦の両方をこなせるヒルダと話したいと理由は述べている。


 残る4人の1年生だが、アルバスも勿論イルミを指名した。


 ライトからすれば、少しでもイルミと話したいというアルバスの意図が丸わかりだった。


 ところが、アルバスは<格闘術>を使える身として話を聞きたいと理論武装しており、ザックとロゼッタ、アリサはそれに納得した。


 (良かったな、アルバス。でも、一緒に見張りをして幻滅するなよ?)


 正直、一緒にいる時間が長くなればなる程、イルミの駄目な部分は露呈しやすくなる。


 それがわかっているから、せめてイルミが色々とやらかしてもアルバスにはそれを受け入れる度量を持って接してほしいと願った。


 それから、ザックはノア、アリサはエマ、ロゼッタはターニャを選んだ。


 残念ながら、ターニャはアルバスにもザックにも選ばれずに終わった。


 ザックがノアを選んだのは、弓を使う後衛の人の目線から、前衛に求める者を訊きたいと言ったからだ。


 アリサがエマを選んだのもザックと似たような理由だった。


 ロゼッタがターニャを選んだのは、日中の戦闘で【影拘束シャドウバインド】を使うターニャを見て相手の行動阻害で気を使っていることを知りたいからである。


 ペアが決まって見張りの開始時刻が来ると、エマとアリサのペアから見張りを開始した。


 見張りには火の番をする役割も含まれているので、見張りをしない者達も初夏とはいえ夜は涼しい状況でも体を冷やさずに済む。


 さて、エマとアリサ、ノアとザック、ターニャとロゼッタと来て、次はヒルダとライトの番になった。


「ライ君~、起きて~」


「んん、僕の番?」


「そうだよ~」


「わかった。お疲れ様」


「ありがと~。お休み~」


 ロゼッタはライトを起こしてすぐ、スヤスヤと寝息を立て始めた。


 ライトは眠い目を擦って起き上がり、既に火の前で座っているヒルダの隣に移動した。


「ライトはまだ眠そうだね」


「僕、夜更かしはしない主義だから」


 転生前は社畜だったこともあって完徹も辞さない生活を送っていたライトだが、転生して体が睡眠を求めるようになったせいで夜更かしができなくなっていた。


「成人したら、夜はいっぱいするんだから今の内に慣れといてね」


「え?」


 そんなライトに対し、ヒルダは頬を赤く染めながらボソボソと言ったが、ライトはそれを聞き取ることができなかった。


「な、なんでもないよ。それより、今日のヴェータラの出現にはびっくりしたね」


 恥ずかしさに耐えられなくなったのか、ヒルダは同じことは言わずに真面目な話題をライトに振った。


「そうだね。きっと、今月の頭にあった大規模遠征の討ち漏らしなんじゃない?」


「多分ね。まさか、私達が遭遇するとは思ってなかったよ」


「僕はなんとなく遭遇する気がしてた」


「どうして?」


「世の中にはね、フラグを立てたら回収する一種の強制力みたいなものがあるからだよ」


「フラグって何? 旗のこと?」


 (しまった。転生前の知識ありきで話しちゃったよ)


 フラグという言葉が通じなかったことで、ライトはうっかり転生前に使っていた言葉を口にしたことに気が付いた。


 転生して10年たった今でも、時々、どうしても転生前の知識で話してしまう時があるのだ。


 そういう時は大抵、その転生前の知識を用いないと上手く説明ができない時だったりする。


 今回はまさにそのパターンだ。


 ヒルダに言ってもわからないことだから、ライトは誤魔化すしかなかった。


「ごめん、なんでもない。それより、呪武器カースウエポンがまた手に入ったね」


「それなんだけど、私が授業で習った内容だと呪武器カースウエポンってそんな簡単にお目にかかれないって話だったよ」


 よくわからない話よりも自分も興味を持っていた話題を提示されたので、ヒルダはその話に乗った。


「ペインロザリオもそうだけど、ヴェータライトも僕が強いアンデッドと戦った時に現れたよね」


「そうだね。ライト、前にクラブ見学に行った時にクラレンスさんが話してたことを覚えてる?」


 突然、1ヶ月以上前の話をされたので、ライトは少しだけその時のことを思い出すのに時間を要した。


呪武器カースウエポンができる原因だっけ?」


「うん。あの原因について私も色々と考えてみたんだ」


「何か思いついたことがあるの?」


 なんとなくそんな予感がしてライトが質問すると、ヒルダは首を縦に振った。


「実は強力なアンデッドを倒した時、近くにある武器が呪武器カースウエポンになるって方の条件でデスナイトとヴェータラの共通点があったんだ」


「共通点? どっちもLv30を超えてたとか?」


「それもあるね。でも、私が見つけた共通点はあと2つあるよ。それってなんだと思う?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべ、ヒルダがクイズ形式でライトに訊ねた。


 既に眠くて働いていなかった頭も動き始めていたので、見張りの暇潰しにライトは真剣に考えてみた。


 そして、ライトなりの答えが頭の中で整った。


「種族として見つかることが少ないアンデッドを倒したこと。それと、戦った僕達が大きな怪我をせずに倒したことかな?」


「1つ目は正解。2つ目はちょっと惜しい」


「と言うと?」


「私達が大きな怪我をしなかったってことは、どういうことだと思う?」


 自分の気づいた共通点に、早く気付いてほしいと言わんばかりの表情のヒルダを見て、ライトは再び頭を回転させた。


 10秒程考えて、ライトは結論を出した。


「アンデッドが思い通りに戦えずに倒れた」


「そうなんだよ。ライトがいた前回と今回は、どっちもライトの<法術>が大活躍してアンデッドが思い通りに戦えなかったよね。だから、失意のうちにLv30以上のレアなアンデッドを倒せば、呪武器カースウエポンは手に入るんじゃないかな」


「・・・なるほど。面白い考えだね」


「でしょ? これでも私、学年トップだから」


 クイクイッとエア眼鏡を治すポーズをするヒルダは、ライトにとって愛おしく思えた。


 その時、グゥッと空腹を訴える音がライトとヒルダの耳に届いた。


 音のした方を2人が振り返ると、そこには申し訳なさそうなイルミがいた。


「ライト、お腹空いちゃった。あれ貰っても良い?」


「はぁ。しょうがないイルミ姉ちゃんだな」


 ライトは小さく息を吐くと、<道具箱アイテムボックス>を発動して兵糧丸を1つイルミに渡した。


 イルミがそれを食べたのを確認してから、ライトは見張りを交代する時間が来たことに気づいてアルバスを起こして眠りについた。

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