第51話 違う、そうじゃない

 イルミが戦闘を終えた後、ライトはエマがトングと袋を取り出したのを見て声をかけた。


「オリエンスさん、もしかして魔石の回収ですか?」


「うん、そうだよ。アンデッドを倒したばかりだから瘴気で汚れちゃってるでしょ? 素手で触ると危ないから、こうして直接触れないように回収するの」


「それでしたらもっと良い方法がありますよ。【浄化クリーン】」


 ライトが技名を唱えると、エマが拾おうとしていた魔石から瘴気が完全に消え去った。


「えっ、嘘!?」


「ライト、そっちの2つもお願いして良い?」


「良いよ。【浄化クリーン】【浄化クリーン】」


 ヒルダが驚いて動かなくなったエマをスルーして残りの魔石の浄化を頼むと、ライトはあっさりと引き受けた。


 魔石が浄化されたのを確認すると、ヒルダは素手で魔石を拾って自分の袋に入れた。


「じゃ、行きましょう」


「「「・・・「「いやいやいや」」・・・」」」


 ライトとヒルダ、イルミ以外の【浄化クリーン】を知らない者達から、説明を求める視線が向けられた。


 3人にとってはこれが普通でも、それ以外の者達にとっては訳がわからないのだから、説明してほしいと思うのは至極当然だろう。


「僕の<法術>の技です。【浄化クリーン】を使えばあらゆる汚れを落とせます。それが瘴気だったとしてもです」


「マジか」


「便利」


「すご~い」


「良いなぁ」


 アルバス達1年生は、ライトが規格外だとわかっているので言葉を失うことなく感想を口にした。


 エマとターニャ、ノアの3人は、ライトがあまりにも規格外なので何を言ったら良いかわからなくなって口をパクパクさせていた。


「私も【浄化クリーン】は羨ましいな。これさえ使えれば、ライトに会う前に汗や臭いをリセットできるもん。女子垂涎の技だよね」


「確かに。お姉ちゃんもライトのおかげで模擬戦後も臭わないからね」


「ヒルダはいつも良い匂いだから、そんなこと心配しなくても良いのに」


「エヘヘ。そう?」


 ヒルダはライトから良い匂いと言われて頬を赤く染めた。


 その一方、話題に出なかったイルミはライトの肩に手をやった。


 しかも、かなり力を込めて。


「ライト、お姉ちゃんは?」


「肩を握り潰さんと掴みながら訊くのはフェアじゃないと思うんだ」


「ライト、お姉ちゃんは?」


 ライトは同じセリフを繰り返すイルミに対して小さく息を吐いた。


「イルミ姉ちゃんが汗まみれだったらちゃんと【浄化クリーン】を使ってあげるからね」


「違う、そうじゃない」


「え?」


「ライト、お姉ちゃんはそんなこと聞いてないんだよ」


 背景からゴゴゴという特殊効果が見えそうなぐらい、イルミの全身からプレッシャーが放たれていた。


 しかし、そんなイルミに答えたのはヒルダだった。


「イルミってば時々汗臭い時あるよ。ほら、デスナイトと戦った後とかも」


「うわぁぁぁん! ライト~、ヒルダがお姉ちゃんに酷いこと言うの~!」


 イルミはヒルダに虐められてライトに泣きついた。


 そんなイルミがかわいそうになり、ライトはよしよしかわいそうにとあやした。


 それはさておき、魔石の回収が終わるとライト達は先へ進んだ。


 遠征見学だというのに、やったことは昼食とイルミの戦闘1回だけなのだ。


 これでは見学の内容として物足りないにも程がある。


 そういう訳で、ライト達は次なるアンデッドを求めて進んでいる。


 先に進んでいると、数分後にはロッテンウルフとは別種のアンデッドと遭遇した。


「ロッテンベアー2体!」


 ターニャが知らせると、すぐにイルミのパーティーは戦闘態勢に移行した。


「私とターニャでやるよ。ヒルダは万が一のフォロー」


「わかったわ」


「了解」


 エマとノアのMPを温存するため、イルミは前衛2人と中衛1人でロッテンベアーを片付けると宣言した。


 先程、汗臭いとヒルダに言われて泣きついていたのと打って変わって、イルミがリーダーとしての顔つきになったのを見てライトは感心した。


 体の腐った熊に対し、1対1で近接戦をするつもりなのだろう。


「「ヴヴヴ」」


「【輝正拳シャイニングストレート】」


 イルミは唸るロッテンベアーに向かって光り輝く拳を放った。


 ロッテンウルフの時と同様に、ロッテンベアーも殴られた衝撃で元々脆かった体が弾けた。


 イルミにとってロッテンベアーもワンパンで倒せる雑魚だということが証明された瞬間だった。


 イルミだけに良いところを持っていかれる訳にはいかないから、他のメンバーも負けじと動く。


「それじゃあ私も! 【影拘束シャドウバインド】」


 もう1体のロッテンベアーの影が音と同時にロッテンベアーの体を拘束するように立体化した。


 動きが封じ込められたロッテンベアーなんて、ただの木偶でしかない。


 簡単に攻撃を当てられる状況を作り出し、ターニャは自分のナイフでロッテンベアーの首を斬り落とした。


「ああいう縛り方もあるんですね~。勉強になります~」


 ターニャの【影拘束シャドウバインド】を見て、【蔓拘束ヴァインバインド】を使うロゼッタは間延びした口調とは裏腹に真剣な表情になっていた。


 今までのロゼッタは、戦う際になんとなく蔓を生やして相手を拘束していた。


 だが、ターニャの【影拘束シャドウバインド】が効率的に相手を拘束していたのを見れば、まだまだ自分の技にも改良の余地があると気づいたのである。


 その後、再びライトが【浄化クリーン】で魔石を回収しやすくすると、イルミとターニャがササッとそれらを回収した。


 すると、今度はこの場に紫色の煙のようなアンデッドが5体現れた。


 その見た目はスモーカーの上位種と呼べる存在である。


「スモッグ5体!」


「私がやるよ。【輝狼噛シャイニングバイト】」


 今度は自分の番だと主張し、ヒルダが剣を抜いて輝く剣先をスモッグに向けると刺突を連続で飛ばした。


 それらの刺突がスモッグ5体をまとめて噛み潰せるような狼の顔を形成してスモッグ達に命中した。


 <聖剣術>のおかげでアンデッドへの効果が強くなり、物理攻撃が通じない相手にも剣技が当たるようになった。


 それが今の自分だとライトにアピールするように、ヒルダの【輝狼噛シャイニングバイト】は堂々としたものだった。


「ライト、どうだった?」


「芸術的な技だったよ」


「ただ刺突を飛ばすだけじゃ寂しいもんね。これぐらい飾り気があっても良いかなって思ったの」


「良いんじゃない? 少なくとも派手にあんな技が決まれば、味方の士気は高まると思う。流石はヒルダだね」


「でしょ~」


 自分が刺突を昇華させた技をライトが肯定してくれたことが嬉しくて、ヒルダはニッコリ笑った。


 魔石の浄化と回収を終えると、アンデッドを探して先に進んだ。


 それから、ロッテンクロウラー、スカルスパイダー、ゴーストモスと昆虫をベースにしたアンデッドが現れたが、イルミのパーティーは難なく全てを倒し切った。


 魔石の回収が終わると、ノアがライト達に話しかけた。


「1年生の皆さん、月見の塔に出て来るアンデッドは今までに倒した6種類です。全部言えますか?」


「ロッテンウルフ、ロッテンベアー」


「スモッグ~」


「ロッテンクロウラー」


「スカルスパイダー」


「ゴーストモス」


「その通りです。しっかりと見ててくれたんですね。シスター・マリアにレポートの提出を求められたら、ちゃんとそれぞれのアンデッドの特徴とどう対処するのが効果的かかけるようにすると良いですよ」


「ご指導ありがとうございます」


「フフフ。良いんですよ。マヨネーズバーガーのお礼ですから」


 ノアにとっては遠征で黒パンと干し肉以上の物を食べられただけでも嬉しいのに、それが大好きなダーインマヨネーズを使った料理だった。


 だから、ライトにそのお返しがしたかったのだ。


 ノアのお礼をありがたく受け取り、ライトのパーティーは月見の塔に出現したアンデッドの特徴について相談し合ったり、自分だったらどうするかという話もしながらイルミのパーティーについて行った。


 ところが、事態が変わった。


 それは目の良いターニャが齎した情報によって明らかになったのだ。


「種族不明1体、接近! 大きさはロッテンベアー以上! 全員警戒!」


 月見の塔では出現しないはずのアンデッドがこの場に現れたらしい。


 ライトのパーティーはレポートについて話すのを止め、イルミたちの邪魔にならないように位置を気にしつつ、こちらに向かって来るそのアンデッドに警戒態勢を取った。


 新たな種族のアンデッドは口が鼻下から股上まである二足歩行の異形であり、ライトが初めて見た存在だった。

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