第50話 NOマヨネーズ、NOライフ

 翌朝、ライトのパーティーとイルミのパーティーは集合時間に誰も遅刻せずにグラウンドに集まった。


 そこでは、シスター・エクシアとシスター・マリアが待っていた。


 シスター・マリアはライトのパーティーの方を向いて口を開いた。


「おはようございます。遅刻者なしで安心しました。今回の遠征見学はダーインさんのパーティーについて行って下さい。良いですね?」


「「「「「はい!」」」」」


「貴女達、1年生の前だからといって良いところを見せようと張り切り過ぎないように。特にダーインさん、貴女はパーティーリーダーなんですから、くれぐれも突っ走ったりすることのないように。ドゥラスロールさん、ダーインさんの手綱はしっかり握って下さい」


「は~い」


「わかりました」


 その後、ライト達は諸注意を聞いてから蜥蜴車リザードカーに乗って出発した。


 蜥蜴車リザードカーは2台用意されており、その御者は4年生がやることになっていた。


 往路の御者を任されたのはヒルダとノアだった。


 蜥蜴車リザードカーの分け方はイルミのパーティーで1台、ライトのパーティーで1台だ。


 当然、ヒルダはライトと少しでも近くにいたいと考えてライトのパーティーが乗る蜥蜴車リザードカーの御者を引き受けた。


 そうなれば、ライトは婚約者ヒルダ1人を御者台に座らせていられないので、車内ではなくヒルダの隣に座った。


 この流れは間違いなくヒルダの計画通りである。


 意図的に自分とライトだけになる状況を作り出したのだ。


「ヒルダ、今日はどこに行くの? ついて行くパーティーによって目的地が違うんだよね?」


「そうだよ。私達の目的地はダーインクラブから少し離れた所にある月見の塔だね」


「あぁ、月見の塔か。すっかりアンデッドの巣窟だよね」


「うん。倒しても倒しても無限にアンデッドが沸いてくるから、教会学校の生徒の遠征にはもってこいなんだ」


「言われてみれば、確かに丁度良いかも。出現するアンデッドも生徒だけでなんとかなりそうな部類だし」


「でしょ? でも、油断しちゃ駄目だよ? さっきシスター・エクシアが言ってたように、大規模遠征で討ち漏らした複数のアンデッドがヘルハイル教皇国内に散らばってるらしいから」


「わかってるって。油断大敵だね」


 ライト達が出発する前、シスター・エクシアは最後に1つだけ付け加えた。


 それがヒルダの口にしたアンデッドの件だ。


 ライトが先月作成した聖水を使い、今月の頭にローランドを大将とする大規模遠征が行われた。


 結果としては、潤沢にあった聖水のおかげで国内に存在するアンデッドをガンガン倒し、負傷者の数が過去10年に遡って最小で済んだ。


 しかし、INTの数値が高くてずる賢いアンデッドもおり、聖水でやられる同族を見て逃げ出した者もいた。


 それらのアンデッドが今回の遠征見学で姿を見せる可能性があるのだから、教師としてシスター・エクシアが注意しない訳にはいかなかった。


「ライト達は今日と明日、私達の戦闘を見学するんだよね?」


「そうだよ。ヒルダ達の指示をよく聞いて、勝手に戦闘に参加しないようにだってさ」


「シスター・マリアもそれをライトに言うのは違和感があったでしょうね」


「どうだろうね。知らないよ、あの人の考えなんか」


「あれ、ライトはシスター・マリアのこと嫌いなの?」


「嫌いだよ。だって、ヒルダを無事に帰って来させたければ遠征に参加しろって脅すような人なんだよ?」


「なりふり構ってないんだね。でも、ライトが来てくれたから私はとっても嬉しかったよ」


「そりゃ、僕だってヒルダと一緒にいるのは好きだもの。ただ、ヒルダを人質みたいに使われるのは嫌なんだ」


「もしも私が人質にされたとしたら、ライトは私のことを助け出してくれる?」


「当たり前でしょ? ヒルダは僕の大切な婚約者だからね」


「ライト・・・」


 ヒルダは頬を赤く染めてライトに体を預けた。


 その後も雑談をしながら目的地に向かうと、昼前には月見の塔に到着した。


 全員が蜥蜴車リザードカーから降りると、月見の塔に挑戦するよりも先に昼食を取ることになった。


 月見の塔の中に入れば、ゆっくりと食事を取っている暇がなくなる。


 それゆえに今食べるのだ。


 昼食は学校側から支給された黒パンと干し肉なのだが、ライト達はそれだけでは満足できない食べ盛りなので、賢者クッキーと賢者ピクルスも食べることにした。


 賢者クッキーと賢者ピクルスだけでもライトを除いた全員が喜んでいたが、ライトは一味違う方法で食事を取る気でいた。


 両手の握り拳ぐらいの大きさの黒パンにナイフで切れ込みを入れると、ライトは干し肉とピクルスを中に詰めた。


 そして、鞄の中からダーインマヨネーズを取り出してお手軽保存食バーガーを作り上げた。


 すると、ダーインマヨネーズの大ファンのノアが自分の片膝を地面につき、自分の黒パンをライトに差し出した。


「NOマヨネーズ、NOライフ。ライト君、どうかお願いします。私にも幸福ダーインマヨネーズを分けて下さい」


「あっ、ライトが抜け駆けしてる! お姉ちゃんにも同じのちょうだい!」


 ノアの動きを察知したイルミも便乗し、全員がライトに注目した。


 その結果、ライトは全員のパンをお手軽保存食バーガーにすることになった。


 食事と食休みが終わると、ランドリザードを適当な樹に繋ぎ、いよいよ月見の塔の中に入る時間である。


 先行するのがイルミのパーティーで、その後ろにライトのパーティーがついて行く。


 この遠征見学では4年生だけがアンデッドと戦うことになっているので、基本的に1年生が手出しをすることは想定されていない。


 それはアンデッドによっては瘴気を撒き散らすだけでなく、倒れ際に呪いを遺す者がいたりするからだ。


 1年生がその被害に遭えば、教会学校に戻るまで生きていられる保証がない時だってある。


 それゆえ、原則として4年生だけがアンデッドと戦うことになっている。


 しかし、4年生が劣勢だったり生命の危機に陥った場合はその原則に拘っていられない。


 いくら4年生がアンデッドとの戦闘経験があったとしても、プロの守護者ガーディアンの経験とは大きく差がある。


 素人に毛が生えた程度の4年生だけでは厳しいなら、1年生も戦闘に参加することは認められている。


 だから、功名心に駆られる1年生がルールの抜け穴を掻い潜り、アンデッドとの戦闘に参加したという報告が毎年あるのはどうしようもない。


 ただし、ライトのパーティーに限って言えば、そんなことは起こらないだろう。


 何故なら、イルミのパーティーは学年最強だからだ。


 月見の塔に入って少し進むと、ライト達は早速アンデッドと遭遇した。


 斥候を務めるターニャが敵を見つけ、その種族名を素早く全員に知らせた。


「ロッテンウルフ3体!」


「了解。あれぐらいなら私がパパッとやっちゃうよ」


「わかったわ。イルミ、よろしく」


「は~い」


 ライトの前でイルミが活躍しているところを見せたいと考えていることを見抜き、ヒルダは序盤でガス抜きするためにイルミだけで戦って良いと言った。


 (マジで手綱握られてるんだね、イルミ姉ちゃん)


 ライトはその様子を見て、ヒルダとイルミの関係が信頼し合っているパーティーメンバーというよりも飼い主と飼い犬のように見えてしまった。


 それはさておき、イルミはロッテンウルフの前に躍り出た。


 ロッテンウルフとは体が腐った狼だ。


 このアンデッドがいる時、近くに白骨死体や骨系のアンデッドがいることはライト達も座学で学んでいる。


「フッフッフ。今日の私はアンデッドに飢えてるよ。【輝正拳シャイニングストレート】」


 イルミは手前にいたロッテンウルフに向かって輝く拳をぶつけた。


 すると、そのロッテンウルフは後ろに吹き飛ばされ、そのまま殴られた衝撃で脆かった体が弾けた。


 【輝正拳シャイニングストレート】は元々、【突撃正拳ブリッツストレート】だった。


 イルミが聖水を飲んで<格闘術>が<聖闘術>に変化したことで、技の名前と効果、威力も変わったのだ。


「【輝正拳シャイニングストレート】【輝正拳シャイニングストレート】」


 

 残りの2体もイルミがサクサクと倒してしまった。


 アルバスはそんなイルミの戦う姿を見てキラキラと目を輝かせていた。


「イルミさん、マジすげえ。俺、あの人に追いつけるかな」


 (アルバスはぶれないねぇ)


 戦っている姿はまだしも、普段のイルミの姿も知っているライトはアルバスの憧れを壊さないように口は閉じていたが、内心苦笑いだった。


「一丁上がり! ライト、どう!? お姉ちゃん、結構やるもんでしょ!?」


「わーい。イルミ姉ちゃんすごいすごーい」


「むぅ。棒読み禁止」


「<聖闘術>を使いこなしてるのはわかったから、も見せてね」


「まっかせなさい!」


 暗に自分以外の1年生も見ているんだぞと伝えると、イルミは笑顔でサムズアップした。


 本当にわかっているのか小一時間程問い詰めたくなったライトだが、そんな状況ではないのでグッと堪えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る