第49話 イルミの弟がこんなに礼儀正しい訳がない
6月3週目の木曜日の午後、ライトは生徒会室で振り分けられた作業をしていた。
すると、一息入れたくなったジェシカがライトに話しかけた。
「ライト君、明日から遠征見学ですよね?」
「はい。4年生のパーティーについて行くことになってます」
ジェシカとライトが話している内容を聞き、イルミがドヤ顔でライトの前に立った。
「フッフッフ。ライト聞いて驚くと良いよ。ライトのパーティーの引率をするのは、お姉ちゃんのパーティーなのだ!」
「えっ、そのパーティー大丈夫? お姉ちゃんに振り回されて大変じゃん」
「あれぇ? お姉ちゃんの期待してた反応と違う」
安心感を与えるつもりだったのに、むしろライトに心配されたことでイルミは首を傾げた。
そこにヒルダも話に加わった。
「ライト、大丈夫だよ。私がイルミの手綱をしっかり握ってるから」
「そっか。ヒルダと同じパーティーだったよね。それなら安心だ」
「ちょっとちょっと、お姉ちゃんへの信頼は?」
「あるとでも?」
「ないでしょ」
「うぅ・・・。ライトとヒルダが酷い」
イルミのパーティーはどんな基準で選んだのかわからないが、イルミがパーティーリーダーになっている。
そのパーティーが自分達を引率するとなれば、ライトが不安になるのも仕方がない。
しかし、そこにヒルダがいれば話は違う。
ライトの信頼の度合いは、
「酷くなんかないわ。イルミのロジックじゃシスター・エクシアを説得できずにライトのパーティーを引率できなかったじゃん。遠征中、ライトと一緒にいられるのは私のおかげなんだからね?」
「面目ねぇ」
ヒルダとイルミの話を聞き、ライトはG4-1内でどんなやり取りがあって自分達の引率が決まったのか気になってヒルダに訊ねた。
「ちなみに、イルミ姉ちゃんは最初にどんな言い分で僕達の引率をしたいって言ったの?」
「私は弟と組みたい。以上」
「イルミ姉ちゃん・・・」
ロジックもへったくれもなく、それはイルミのただの願望だった。
これにはライトもイルミにジト目を向けるしかなかった。
シスター・エクシアは、G4-1、つまりはイルミとヒルダのクラスの担任であり、物事に納得できる理由を求める性格の持ち主だ。
そんなシスター・エクシアに対し、自分の願望だけをぶつけてそれを押し通そうとするあたり、イルミの頭は色々と足りていない。
「だ、だって、お姉ちゃんライトと一緒が良かったんだもん。どんな建前を言ったところで、本音はそれだもん」
「それは私も同じだけど、シスター・エクシアに感情論でぶつかっても無駄でしょ? 事実、イルミが言った後すぐに却下されたじゃん」
「むぅ、お姉ちゃんとライトの仲を引き裂こうなんて、シスター・エクシア許すまじ」
恨めしそうな表情でこの場にいないシスター・エクシアに怒るイルミがいたが、ライトはそれをスルーしてヒルダに訊ねた。
「じゃあ、ヒルダはなんて言って説得したの?」
「2つ理由を挙げたの。1つ目は<法術>使いのパーティーなら、学年最強の私達が守るべきってこと。2つ目は顔見知りがいる方が緊急時に連携が取れるってこと。この2点をきちんと説明したら、シスター・エクシアは快諾してくれたの」
「でも、本音は私と同じくせに」
「当然だよ。私達のパーティー以外でライトのパーティーを組ませる訳にはいかないわ。一泊二日の道中で悪い虫がライトに付くかもしれないから」
本音を隠さずぶち当たるイルミと本音を隠して論理的に話すヒルダでは、シスター・エクシアの評価は後者の方が高い。
それもあってヒルダがそう言うならばと許可してくれたことをイルミはちゃんと理解しているのだろうか。
その時、生徒会室のドアをコンコンとノックする音が聞こえた。
「失礼します。G4-1のエマ=オリエンス、ターニャ=アルジェント、ノア=バジーナです。入ってよろしいでしょうか?」
「どうぞ、入って下さい」
ジェシカが名乗った訪問者に対して声をかけると、3人の女子生徒が生徒会室に入って来た。
「イルミ、ヒルダ、明日の買い物終わったよ。って、もしかしてこの子が?」
「そうだよ、エマ。私自慢の弟のライトだよ!」
エマと呼ばれたイヤリングの女子がライトに目を付けると、イルミがドヤ顔で応じた。
「イルミ、ライトは3人と初めて会うんだから、ちゃんと紹介しなくちゃ。ライト、イヤリングを付けてるのがエマ、色黒なのがターニャ、弓を背負ってるのがノアだよ」
「エマ=オリエンスだよ。オリエンス辺境伯はダーイン公爵家のすっごく遠い親戚なんだ。仲良くしてね」
「誰が色黒よ。ターニャ=アルジェントよ。一応、アルジェント伯爵家の長女ね。得物はこのナイフなの」
「ノア=バジーナです。バジーナ子爵家の三女です。ダーインマヨネーズの大ファンです」
「はじめまして。ライト=ダーインです。姉のイルミがいつもお世話になっております。明日と明後日は僕と僕のパーティーをよろしくお願いします」
「「「・・・」」」
ライトが挨拶すると、エマとターニャ、ノアがジト目でイルミを見た。
3つの視線のプレッシャーに耐えられず、イルミは口を開いた。
「な、何かな?」
「弟君って、本当にイルミの弟なの?」
「養子じゃないかしら?」
「同じ血が流れてるとは思えません」
「私は正真正銘ライトのお姉ちゃんだよ!」
「イルミの弟がこんなに礼儀正しい訳がない」
「全面的に同意」
「むしろ、イルミが足りないのはライト君に持ってかれたからですね」
「OK。その喧嘩、言い値で買ってあげる。地面にキスしたい人から前に出て」
一方的な言われ方にイルミは頭に来たようだ。
シャドーボクシングを始めるイルミを見て、エマ達は1歩下がった。
弄り過ぎてイルミが頭プッツンするラインを越えてしまったと悟ったからだ。
(やれやれ、世話の焼けるイルミ姉ちゃんだ)
内心溜息をつきながら、ライトはイルミの背後に忍び寄って膝カックンをお見舞いした。
「あうっ。ライト~、酷いよ~」
「ほら、馬鹿なこと言ってないで、用事を先に済ませなよ」
「弟君の動き、速かったね」
「イルミの背後を取った・・・だと・・・」
「今回の遠征は楽できそうです」
今のやり取りを見たエマ達は、ライトを只者ではないと評価した。
エマ達がいるとライトとイチャイチャできる時間が減ってしまうので、ヒルダが話を進めることにした。
「買い物お疲れ様。ちゃんとお願いした通り買ってくれた?」
「勿論。賢者クッキーと賢者ピクルスも確保できたよ」
「黒パンと干し肉だけじゃ飽きるもんな」
「モチベーションに関わりますからね」
「ありがとう」
「そんなに人気なんですか?」
まさか、エマ達がジャックに提供したレシピの保存食を買いに行っていたとは思っていなかったので、ライトは思わず質問した。
「当然だよ。弟君、発案者なのに知らないの?」
「すっごい人気なのよ。教会学校の生徒だけじゃなくて
「ダーインマヨネーズの生みの親、恐るべしですね」
「そんなに好評でしたか。嬉しいですね」
「流石お姉ちゃんのライトだよ」
「違うよ、イルミ。私のライトだから」
ライトの自慢をするイルミとヒルダは、ライトの所有権を主張し合った。
当然のことだが、ライトはイルミのものでもヒルダのものでもなくライト自身のものだろうが、それを指摘する者はこの場には誰もいない。
余計なことを口にして、とばっちりを受けたい者もまた誰もいないからだ。
「皆さん、明日明後日と私の愚弟もよろしくお願いします」
「私も。弟をよろしく」
ジェシカとメイリンはエマ達にアルバスとザックのことを頼んだ。
「会長と副会長の弟さん達もいるんですね。わかりました」
「ちなみに、弟さん達って婚約者います?」
「ターニャ、がっつき過ぎです」
「良いじゃん。私達の学年の男なんて私に怯えて声すらかけてくれないんだ。だったら、同学年に拘る理由なんてないわ」
「そうですね。相手がいないのは辛いですよね」
「チッ、相手がいるからって見下しやがって」
どうやら、ノアには婚約者がいるがターニャにはいないらしい。
ターニャは今回の遠征を利用して、婚約相手を探すつもりのようだ。
「愚弟にはいませんよ」
「同じく」
「では、合意の上なら婚約を迫っても構いませんか?」
「別に良いですが、おそらく無理でしょうね」
「同感。気になってる子、いる」
「神はいないのね・・・」
ターニャは足元から崩れ落ちた。
そんなターニャをエマとノアが回収して生徒会室から出て行った。
ライト達の初めての遠征見学はすぐそこまで来ていた。
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