遠征見学編
第48話 黒パンと干し肉だけじゃ成長期の僕は我慢できません
新人戦が終わってから6月に入った。
ライトのパーティーはそれぞれ購買の無料券を使って欲しいものを貰った。
アルバスは<鎌術>使いの
これを選んだ理由は、アルバスが<鎌術>にどんな技があるのか正確に把握できていないからである。
<鎌術>について少しでも情報があれば、アルバスは自分の実力を高めるために貴重な権利を惜しげもなく使った。
ザックが貰ったのは砥石だ。
しかし、この砥石はただの砥石ではなかった。
砥いでも消耗しない珍しい砥石なのだ。
ザックの場合、ドボルザークの手入れは欠かせないので、高くて効果のある砥石を貰えるなら是非とも貰っておきたいと考えたのである。
ロゼッタは
購買に
その
この植木鉢はエネルギーポットという名前であり、ここに土を入れて植物を育てると土に含まれる栄養が豊富になり、植物が大きく育つというものである。
実家が花屋のロゼッタにとってエネルギーポットは見逃せない品だったらしい。
アリサが無料券で貰ったのは「鉱物大全」という本だった。
鍛冶屋の娘としては、どんな鉱物がどこで取れてどんな特徴があるのかが記された本は貰わずにはいられなかったようだ。
では、肝心のライトは何を貰ったのか。
その答えは「
なんでライトが料理本なのかとツッコミたい者は多いだろう。
実際、ライトがこの本を手にした時にアルバス達はどうしてそれなのかとツッコまずにはいられなかった。
だが、ライトはいずれわかると言ってはぐらかした。
さて、今日は6月1週目の水曜日でライトは午後がフリーだった。
だから、ライトは
教会学校の生徒が利用する食堂だが、実は許可さえもらえば生徒が厨房に入って料理することだってできる。
しかも、ライトは新人戦の個人の部で優勝したおかげで食堂の食材を自由に使える。
食堂で食べるのが無料なら、食堂の食材も無料で使えるだろうと思って訊ねてみたところ、狙い通りその要求が通ったのだ。
厨房で何をするのかと言えば、当然料理だろう。
「ダーイン君、何を作るんだい?」
「ステラさん、今から保存食を作ろうと思います」
ライトに訊ねたのは、食堂で料理を作るステラ=アントという恰幅の良い女性だ。
まさに、食堂のおばちゃんとも呼べる存在である。
彼女の職業は
そんなベテランのステラにライトはキッチンを使わせてほしいと頼み、何かを作ろうとするのだからステラが気にならないはずがない。
「保存食? どこかに出かけるのかい?」
「2週間後の金曜日と土曜日に4年生の遠征について行くんです。その時に黒パンと干し肉だけじゃ悲しいじゃないですか」
「悲しいって言うけど、それが普通じゃないのかい?」
「黒パンと干し肉だけじゃ成長期の僕は我慢できません」
「そりゃそうだね。大きくなるにはたんと食べないと駄目だものね」
正確には必要な栄養の摂取が求められているのだが、それをステラに言ったところで半分も理解してもらえないと思い、ライトは適当に頷いた。
「ステラさんも一緒に作ります?」
「ダーインマヨネーズの生みの親が作る保存食は気になるけど、あたしゃこれから夕食の仕込みだよ。だから、できたら味見させておくれ」
「わかりました」
ステラは手を振り、自分の作業へと戻って行った。
ライトは1人になると、早速作業を開始した。
この時間でライトが作ろうとしている保存食は2つだ。
その2つは食材が豊富な教会学校の食堂だから作れるものであり、「
1つ目はクッキーである。
それもただのクッキーではなく、しっかりと栄養を補給できるクッキーだ。
まず、オーブンでマーガリンを溶かした後、薄力粉とベーキングパウダーは合わせて篩う。
次に、紅茶の葉を磨り潰して細かくし、溶かしたマーガリンに干し葡萄を入れてよく混ぜるものに投入する。
そこに薄力粉とベーキングパウダーを追加して、ヘラでさっくりと混ぜる。
水気が足りず、それだけではまとまらないので、まとまるように牛乳を少しずつ加え混ぜる。
混ぜ合わせたものを棒状にまとめたら、砂糖の入った底の浅い皿の上で転がし、まんべんなく砂糖を塗す。
それを綺麗な布で包み、食堂の地下にある氷室で1時間冷やす。
予定した時間が経ったら、生地を氷室から出して5ミリ間隔で切る。
後は<鑑定>で温度を調整して予熱したオーブンで焼けば、紅茶風味の葡萄クッキーの完成だ。
葡萄クッキーの生地を氷室で冷やしている間、ライトはただそれを待っていた訳ではない。
ライトはその時間を使って2つ目の保存食の調理も始めていた。
それはピクルスの瓶詰である。
まず、きゅうり、セロリ、大根、パプリカを瓶の高さに合わせてスティック状になるように切る。
次に、酢と水、塩、砂糖、胡椒、輪切りにした唐辛子を鍋に入れて煮立てる。
瓶にスティック状の野菜を入れた後、鍋の中身も入れて冷ます。
瓶が持てるようになったら、その瓶は氷室に持って行って冷やす。
完全に冷えたらピクルスの瓶詰の出来上がりだ。
クッキーとピクルスが揃った時、匂いに引き寄せられてステラともう1人見たことがない男子生徒がやって来た。
「ステラさん、その人は?」
「あっ、どうもっす。オイラ、M1-1のジャック=サクソンっす。実家はサクソンマーケットっていう食品専門の商店やってるっす」
三下口調の金髪のジャックは、ライトに挨拶するがその目は完全にクッキーとピクルスに向いている。
「サクソン君はサクソンマーケットの勢力拡大を目指してるんだよ。それで食堂にヒントを求めに来たら、ダーイン君が保存食を作ってるじゃないか。だから、勉強のために連れて来たのさ」
「匂うっす。金の匂いがするっす」
「そうですか。では、ステラさんだけじゃなくてサクソン君にも味見してもらいましょう」
「やったっす!」
喜んではいるが、ステラについて来た時点でライトが断れないのをわかっているのだから、ジャックも強かだと言えよう。
だが、ライトはそれを図々しいとは思わなかった。
食品専門の商店の息子ならば尚更その感想は聞きたいに違いない。
いざ実食ということで、最初はピクルスから食べることにした。
先にクッキーの試食にしなかったのは、甘いものを食べた後に酸っぱいものを食べたくないというライトの気分を優先したからだ。
「これは丁度良い酸っぱさだねぇ」
「仄かな酸味がなんとも言えねえっす!」
ピクルスはステラとジャックに好評だった。
ライトも1つ食べてみると、酸っぱ過ぎることもなく野菜の触感もしっかりと感じられて上出来だった。
今度は葡萄クッキーの試食に移った。
「しっとりしてるから食べやすいねぇ」
ステラがクッキーを食べているのを見て、ライトはピンと来た。
(これがリアルステラおばさんのクッキーか)
そう思うと吹き出しそうになったライトだが、どうにか噴き出すのを堪えた。
「仄かな紅茶の風味がなんとも言えねえっす!」
「確かにさっきから何にも言ってないですね」
「あうっ・・・。意地悪言わねえでほしいっす」
食レポができないジャックに対し、ライトがズバッと指摘するとジャックは困った顔をした。
まあ、ライトはそのおかげでステラおばさんのクッキーで笑わずに済んだのだが。
「ダーイン君、これなら良いんじゃないかい? 黒パンと干し肉に、野菜と果物。バランスが良いじゃないか」
「そうですね。初めて作りましたが上手くできて良かったです。来週の遠征にはこれらも持って行こうと思います」
「ちょっと待ってほしいっす!」
ステラとライトの話にジャックが待ったをかけた。
「ダーイン君、この2種類の保存食のレシピを売ってくれないっすか? これなら絶対に売れるって確信があるっす!」
「構いませんが売り上げの3割は貰いますよ?」
「・・・3割っすか。そこを2割に負けてくれないっすか?」
「僕には売らないという選択肢もあります」
「ぐぅ。わ、わかったっす。それでお願いするっす」
「商談成立ですね」
「ありがとうっす。オイラのことはジャックと呼んでほしいっす。それと緊張するから言葉は崩してほしいっす。」
「わかった。僕もライトで良いよ」
ライトはジャックと握手して保存食のレシピを売った。
3日後、サクソンマーケットから賢者クッキーと賢者ピクルスという名前で売られているのを見て、ライトはジャックが転んでもただでは起きない人物だと思い知った。
ライトのネームバリューを利用するあたり、ジャックも只者ではなかった。
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