第33話 仰せのままに、お姫様。どこにでもついてくよ

 翌朝、ライトはいつもよりゆっくり起きた。


 昨日、遠征に出たせいで疲れていたのもあるが、今日が安息日の日曜日だからだ。


 授業もなければクラブ活動もない。


 だから、ライトはゆっくりと起きることができた。


 ライトは後衛であり、激しい運動をした訳ではないから筋肉痛に襲われることはない。


 しかし、ジェシカとイルミ、ヒルダはデスナイトを相手に動き回っていたから、今日は間違いなく筋肉痛だろう。


 日曜日は食堂も営業していないので、朝食をどうしようかとライトが考えていると、コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「おはよう。起きてる~?」


「起きてるよ。今開けるね」


 ライトがドアを開けると、そこには笑顔のヒルダがいた。


「おはよう、ライト」


「おはよう、ヒルダ。筋肉痛は大丈夫?」


「体中バキバキ。でも、今日は是が非でもライトと過ごしたかったからこれぐらい我慢するよ」


 無理して笑っているヒルダを見て、ライトは少しでも痛みを和らげて上げようと決めた。


「部屋に入って。少しだけかもしれないけど、痛みをマシにするから」


「そんなこともできるの?」


「多分ね。じゃあ、ベッドに横になって」


「ラ、ライト、まだ朝だよ!? そりゃ、ライトが求めるなら私はいつだって準備万端だけど!」


 早とちりして朝から夫婦の営みをするんじゃないかと思ったヒルダは、顔を真っ赤にしながらライトのベッドに仰向けになった。


 そんなヒルダを見て、何を早まったことをと言いたげな表情でライトは首を横に振った。


「・・・ヒルダ、何考えてんの? 治療するんだよ。ほら、俯せになって」


「うっ、うぐ~」


 自分が勘違いしていたとわかり、ヒルダは俯せになりながら恥ずかしさで呻いた。


 呻くヒルダを無視してライトは治療に移った。


「【疲労回復リフレッシュ】」


 俯せのヒルダの脹脛ふくらはぎに両手を当て、ライトが技名を唱えた。


 すると、ヒルダは両脚が急に軽くなったように感じた。


「あぁ、良い・・・」


「楽になった?」


「うん。ライト、肩凝りも治らない? 治るなら肩もお願いしたいな」


「良いよ。【疲労回復リフレッシュ】」


 ライトがヒルダの両肩に触れて技名を唱えると、ヒルダの肩がスッと軽くなった。


「うわぁ、軽くなったよ。胸が大きいのも考えものだよね」


 実はヒルダ、13歳にしては胸の発育が良い。


 ヒルダの母のエレナも大きい方だったから、ヒルダもいずれはそうなると思っていたが、ヒルダの胸はライトの予想よりも早く大きくなったのだ。


 肩凝りの原因は勿論筋肉痛ではなく、その年齢の割には豊かな双丘のせいなのは間違いない。


 ヒルダは起き上がると、ライトに抱き着いた。


「今日は一緒にセイントジョーカーをぶらぶらしようよ」


「そうだね。シュミット工房に行こうとも思ってたし、その帰りにぶらぶらしようか」


「賛成! ところで、シュミット工房にはあれを持ってくの?」


 ヒルダは白い棺を指差しながらライトに訊ねた。


 この白い棺の中には、ライト達が昨日手に入れたペインロザリオが収納されている。


 デスナイト戦ではライトのおかげで後遺症が残るような怪我をせずに済んだし、討伐にかかる時間も短縮できた。


 その上、ライトに決まった武器がないことからペインロザリオはライトの物になったのだ。


 黒い十字剣の見た目をしたペインロザリオは、ライトが振るうには大きいので鍛冶屋でサイズ調整をしようという訳だ。


 鍛冶屋ならG1-1のクラスメイトの実家があるということで、シュミット工房に行くことにした。


 クラスメイトならば、割引になったりするんじゃないかという淡い期待があったりすることもシュミット工房に行く理由の1つである。


 ちなみに、ペインロザリオを使用するデメリットは痛覚が2倍になるというものだった。


 その代償を支払うだけでSTRの数値が1.5倍になる。


 デメリットの方が大きいかもしれないが、これはデスナイトが遺した武器なのだから妥当と言える。


 デスナイトではなくもっと強いアンデッドを倒せば、ペインロザリオ以上にハイリスクハイリターンな呪武器カースウエポンが手に入る可能性はある。


 それはさておき、ライト達はシュミット工房に行く前にカフェに立ち寄った。


 そこで少し遅めの朝食を済ませてから、シュミット工房へと移動した。


 工房のドアを開けると、アリサがライト達を出迎えた。


「いらっしゃい。って、ダーイン君とドゥラスロール先輩!? どうしてここに!?」


「シュミットさん、こんにちは。実は色々あってこれを手に入れたんだけど、サイズ調整したくてね」


 そう言いながら、ライトは背負っていたペインロザリオをアリサに渡した。


「サイズ調整ですね。・・・ちょっと待って下さい。これ、呪武器カースウエポンじゃないですか?」


「よくわかりましたね」


「そりゃ、私もこの工房でたくさん武器を見て来ましたから。これはダーイン君の物なんですか?」


「ええ。僕が使えるように、サイズ調整をお願いします」


「わかりました。では、ダーイン君のサイズを測らせてもらいますね。それが終わったら父さんを呼びます」


 事前準備としてアリサはライトの体のサイズを計測した。


 計測している間、ずっとヒルダがアリサをハイライトのない目で監視していたので、アリサは生きた心地がしなかった。


 ライトのことはただのクラスメイトとしか認識していないし、そもそもあって数日なのにそんな目を向けられるなんてと思った。


 だが、アリサはそれをヒルダに訴える勇気を持ち合わせていなかったので、心を無にして黙々とライトのサイズを測った。


 それから、アリサはシュミット工房の主である父親を呼んだ。


「父さん、ちょっと来て!」


「アリサ! 工房では親方って呼べっていっただろ!」


 大声を出しながら、作業服を着た日に焼けた大男がライト達の前にやって来た。


「ごめんって。親方、ダーイン君が呪武器カースウエポンを持って来たんだ。サイズ調整してほしいんだって」


「ダーイン公爵家のご子息!? それにドゥラスロール公爵家のご息女じゃないですか!?」


 アリサが普通に接していたことから、てっきり友達が来たのかと思ってみれば公爵家の血筋の者が2人もいるものだから、アリサの父が驚かないはずなかった。


「はじめまして。ライト=ダーインと言います。アリサさんとは同じクラスで、自己紹介の際にご実家が工房だと聞きましたので仕事を依頼しに来ました」


「い、いや、こちらこそ失礼しました。俺、いや、私はテッサ=シュミットと言います。どうか娘と仲良くしてやって下さい」


「喋りにくいようであれば、無理に口調を変えなくても結構ですよ。僕は別に侮辱の意図がない限り、丁寧な言葉じゃなければ許さないと言うつもりはありませんから」


「じゃ、じゃあ、失礼して普通に喋らせてもらいますぜ。若様、俺にサイズ調整を依頼したいというのは、この剣で間違いねえですか?」


「はい。お願いできますか?」


「任せて下せえ。ついでに柄にダーイン公爵家の家紋も彫りやすぜ。アリサ、手伝え」


「はーい」


 それから、シュミット親子によってペインロザリオのサイズ調整が施された。


 1時間後、作業が終わったらしくアリサがペインロザリオを持って戻って来た。


「ダーイン君、お待たせしました」


 アリサから渡されたペインロザリオを握ると、ライトは人のいない方に向かって軽く振ってみた。


「ぴったりです。ありがとうございます。これ、お代です。金貨1枚で良いんですよね?」


「父さんには、私のクラスメイトだから半金貨1枚と銀貨4枚にサービスするっていわれました。これ、お釣りの銀貨1枚です。毎度ありがとうございました」


 目論見通り、1,000ニブラおまけしてもらえたので、ライトはホクホク顔になった。


「こちらこそ、ありがとうございました。では、また明日。学校でお会いしましょう」


「はい。また明日」


 アリサとテッサに見送られ、ライトとヒルダはシュミット工房を後にした。


 その途端、ヒルダはライトの前にムスッとした表情で立ち塞がった。


「ライト、これからは私とデートなんだからね? 服、見に行きたいな」


「仰せのままに、お姫様。どこにでもついてくよ」


「よろしい。最近、大通りに新しく服屋ができたの。そこに行ってライトに私の服を選んでほしいな」


「工房では待たせちゃったからね。喜んで選ばせてもらうさ」


「決まりだね。じゃ、出発!」


 ライトに服を選んでもらえるとわかり、すぐに機嫌を直したヒルダがライトの手を引っ張った。


 この後、日が暮れるまでライトはヒルダに連れ回されたのは言うまでもない。

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