第32話 イルミ、汗臭いからこっち来ないで

「そりゃ! 【正拳乱打ストレートラッシュ】」


 イルミが一気に勝負に出て残っているスケルトンに次々に正拳をぶち込み、それよってあっさり全体倒した。


 どのスケルトンもHPが0になり、瘴気を纏った魔石を遺して消滅した。


 ライトの【昇天ターンアンデッド】で倒さなければ、魔石が瘴気を纏ったままドロップするのはデフォルトである。


 むしろ、倒した後ですら手間をかけなければ元が取れないのがアンデッドとの戦闘で腹の立つところと言えよう。


 イルミに配下を全滅させられたとわかると、デスナイトの足元からデスナイトを中心に大きくて怪しい魔法陣が出現して瘴気が集まり始めた。


 (<配下召喚>か。やらせないよ)


「【範囲浄化エリアクリーン】」


 デスナイトの戦力増強を阻止するため、ライトは集まった瘴気を清浄な空気に換えた。


 それによってデスナイトの<配下召喚>は失敗し、デスナイトのターゲットがライトになった。


「やらせない。【岩壁ロックウォール】」


 メイリンが技名を唱えると、ライトに向かって駆け出そうとしたデスナイトの正面に岩の壁が出現し、デスナイトがそれにぶつかった。


 その先を見逃す者はここにはいない。


「メイリン、ナイスです! 【斬撃巣スラッシュネスト】」


「私だって! 【水刃ウォーターエッジ】」


 ジェシカが攻撃したデスナイトの右腕にヒルダが水の刃を飛ばしたことで、耐久度が落ちていたデスナイトの手首が切断された。


 それにより、デスナイトの怨嗟の剣が手首と一緒に地面に落ちた。


 それを見たライトはデスナイトの戦力を削るため、ヘイトを稼ぐことを承知の上でスキルを発動した。


「【浄化クリーン】」


 ライトが技名を唱えると、瘴気まみれで禍々しかった剣から瘴気が消えて十字架を模った黒い剣へと変わった。


 すると、ここで驚くべきことが起きた。


「オォォォォン!」


 今まで1回も声を発することがなかったのに、このタイミングでデスナイトが叫んだのだ。


 デスナイトの叫びにジェシカとヒルダが足を止めたが、イルミだけは止めずに攻撃を続けた。


「よくわかんないけど、もういっちょ喰らえ!」


 その瞬間、イルミに向かって瘴気が勢いよく噴出された。


 デスナイトの<呪噴射カーススプラッシュ>である。


 勢いに乗って体に悪そうな瘴気が噴き出した。


「間に合え! 【防御壁プロテクション】」


「痛でっ!?」


 突然、目の前に光の壁が現れたことにより、イルミは急に止まれずに頭を光の壁にぶつけた。


 しかし、その痛みぐらい甘んじて受け入れるべきだろう。


 もしもライトの【防御壁プロテクション】がなければ、瘴気の噴射に直撃してエリザベスやエレナと同じくライトに時間をかけて治療してもらう羽目になったのだから。


「【範囲浄化エリアクリーン】」


 ライトはイルミが瘴気を吸い込む前に、光の壁にぶつかって周囲に広がろうとする瘴気を浄化した。


「ライト、ごめん! 助かった!」


「イルミ姉ちゃんの馬鹿! ちょっとは考えて行動しろ!」


「はい・・・」


 イルミはライトに強く言われることが今までの人生でほとんどなかったので、イルミはしょぼんとしてしまった。


「イルミ、一旦退いて」


「うん」


 ヒルダに声をかけられ、イルミはヒルダと一緒にライトの所まで撤退した。


「【回復ヒール】」


 ライトが技名を唱えると、イルミは額の痛みがすぐに消えるのを感じた。


「ライト、ごめんなさい」


「わかればよろしい。僕は嫌だからね? イルミ姉ちゃんが母様みたいに弱る姿なんて、絶対に見たくない」


「うん。そうだね。お姉ちゃん、ライトが悲しまないように気を付ける」


「そうして。それで、もう大丈夫?」


「大丈夫。戦線復帰するよ」


「わかった。くれぐれも気を付けてね」


「うん!」


 力強く頷くと、イルミは再びデスナイトに向かって走り出した。


「姉弟じゃなくて、兄妹みたい」


「そうですね。まったく手間のかかるイルミ姉ちゃんですよ」


 ライトとイルミのやり取りを見ていたメイリンは、イルミの方が妹なんじゃないかと思った。


 ライトも同意見だったが、事実はその逆なので肩を竦めた。


 それはさておき、ライト達の前方ではジェシカとヒルダが必死にデスナイトのヘイトを稼いでいた。


 イルミを守るため、ライトが3連続で<法術>を使ったことで、デスナイトの狙いが完全にライトに向いてしまったのだ。


 そのヘイトをどうにか自分に向けさせようと、ジェシカもヒルダも左右からガンガン攻撃を仕掛けた。


 そこにイルミも加わると、デスナイトが再び叫んだ。


「オォォォォン!」


「さっきのが来ます! 回避して下さい!」


「【範囲浄化エリアクリーン】」


 今度は、<呪噴射カーススプラッシュ>を【防御壁プロテクション】で防ぐのではなく、噴射された瞬間から浄化した。


 ライトは2回目にして、<呪噴射カーススプラッシュ>の封殺に成功した。


 しかし、デスナイトのライトへのヘイトは高まるばかりだ。


「【岩弾ロックバレット】」


 ライトに向かって走るデスナイトに尖った岩の弾丸が命中して勢いが落ちた。


「ヒルダ、左脚をお願いします! 【斬撃巣スラッシュネスト】」


 ジェシカはライトからヘイトを奪おうとして攻撃を仕掛ける。


「わかりました! 【十字斬クロススラッシュ】」


 ジェシカの攻撃により、ダメージが蓄積した左脚にヒルダの放った十字の斬撃が命中してデスナイトの左脚が砕かれた。


 左脚を失ったことでバランスを失い、デスナイトは俯せに地面に倒れた。


 そのチャンスに気合十分のイルミがデスナイトの体に飛び乗った。


「喰らえ! 【正拳乱打ストレートラッシュ】」


 背骨の部分に何度も何度も拳を繰り出し、深追いしないでデスナイトが立ち上がりそうになった瞬間にすぐに撤退した。


 ライトに活を入れられ、イルミの戦闘から危なっかしさが消えていた。


「それにしても、タフですね」


「同感」


「そろそろ倒れてくれないかな~」


「早く倒して帰りたい」


 ライト以外の面々はデスナイトのタフさにうんざりしていた。


 そんな中、ライトは<鑑定>によりデスナイトの残りのHPを確認していた。


 (残りHPが500か。これぐらいなら僕がもう倒せるね)


 デスナイトの残りHPとVITの数値、そして自分のINTの数値から、ライトはそのように結論を出した。


「勝負に出ます! デスナイトの注意を僕から逸らして下さい!」


「「「「了解!」」」」


 ライトが【昇天ターンアンデッド】を使うつもりであると気づき、ジェシカ達が気を引き締めて返事をした。


 ライトが【昇天ターンアンデッド】の射程圏に入るまで、ジェシカ達はデスナイトがライトに意識を向けられないように攪乱し始めた。


 そして、射程圏にライトが入ると戦闘を終わらせる技名を唱えた。


「【昇天ターンアンデッド】」


 パァァァッ。


 ジェシカ達のおかげで天敵たるライトへの注意が疎かになったデスナイトは、ライトの技をまともに喰らって消滅した。


 デスナイトがドロップして現れたのは、浄化された魔石と剣だった。


《ライトはLv23になりました》


《ライトはLv24になりました》


《ライトはLv25になりました》


 そして、ライトの耳には自分のレベルアップを告げるヘルの声が届いた。


「ふぅ。終わった」


「ライト~! お疲れ様!」


「ヒルダもね。お疲れ様」


 ライトがデスナイトにとどめを刺すと、ヒルダはすぐにライトに駆け寄り、そのまま抱き着いた。


 婚約者として、勝利して最初に声をかけるのは自分だとヒルダが拘りを発揮した結果である。


 そこに、イルミがやって来た。


「ライト~!」


「イルミ、汗臭いからこっち来ないで」


「酷くない!? というか、ヒルダだって似たようなもんじゃん!」


 デスナイトと命懸けの戦いをしたのだから、ジェシカとイルミ、ヒルダが汗だくなのは当然だろう。


 それにもかかわらず、自分を棚上げしてイルミを汗臭いというあたり、余程ライトとイチャイチャする時間を邪魔されたくないのだろう。


 折角デスナイトを倒したのにイルミとヒルダが言い合いを始めるので、ライトはすぐに手を打った。


「【範囲浄化エリアクリーン】」


 これにより、パーティー全員がさっぱりした。


 イルミが汗臭いという論争はライトが力づくで終わらせた。


 その後、ライト達が戦利品を回収していると、ジェシカが残ったままになっている剣の前で立ち止まった。


「これ、もしかして呪武器カースウエポンですかね?」


 ジェシカが首を傾げているので、ライトは<鑑定>を発動して確認した。


 (ペインロザリオ。間違いない。呪武器カースウエポンだ)


呪武器カースウエポンですね」


「ライト君、わかるの?」


「僕、<鑑定>持ちでもありますから」


「「「「えぇ!?」」」」


 <法術>だけでも驚きなのにライトが<鑑定>も持っていると知り、ライト以外の全員が驚いた。


 その後、ライトがペインロザリオを浄化して触っても問題ないようにしてから、ライト達はシスター・マリアが待つ蜥蜴車リザードカーまで持ち帰った。


 ライトが<法術>を使えるので、生徒会パーティーが無傷の姿で戻って来るのは予想できたが、まさか浄化した呪武器カースウエポンを持ち帰って来るとはシスター・マリアも驚きであった。


 帰りの馬車の中で、戦闘でクタクタになったライト達はぐっすり寝てしまった。


 教会学校に到着して車内に入り、それを見たシスター・マリアは彼らの年相応の寝顔を見て安心した。

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