新人戦編

第34話 おまいう

 5月に入り、ライト達は学校生活に慣れて来た。


 第1週の火曜日にシスター・マリアは実技の授業の終了間際に告知した。


「皆さん、5月最終週の金曜日と土曜日ですが、この学校では新人戦が行われます」


「ワクワクすっぞ!」


「待ってました!」


「リベンジタイムやで!」


「やってやりますわ!」


「落ち着きなさい。騒がれては説明ができないでしょう?」


 シスター・マリアがそう言うと、はしゃいでいた者達はすぐに黙った。


 静かになったことを確認してから、シスター・マリアはよろしいと頷いた。


「静かになりましたね。では、話を続けます。守護者ガーディアンコースの1年生には5月末に新人戦で戦ってもらいます。金曜日が個人の部で土曜日がパーティーの部です。その週の金曜日の座学は木曜日と入れ替えになります」


 新人戦とは守護者ガーディアンコースの1年生のみが参加する行事だ。


 入学して2ヶ月弱が経ち、入学時にあった実力の差をどれだけ埋められたか、追い越したか、更に差を付けたかを確かめる機会である。


 なお、新入生の戦いは上級生が観戦する。


 新人戦を観戦することで、守護者ガーディアンクラブの上級生が各パーティーへと勧誘を本格化するのだ。


 新人戦が終わるまでは、1年生は教会学校での生活に慣れることが最優先のため、勧誘は行わないことが守護者ガーディアンクラブのルールとされている。


 しかし、新人戦が終われば勧誘が解禁される。


 だから、新人戦は1年生にとって上級生に顔を売る貴重な機会であり、上級生にとってはスカウトの品定めができる機会なのだ。


「個人の部とパーティーの部ではそれぞれ優勝者に景品があります。個人の部の優勝者には卒業まで食堂が無料になる権利が与えられます。パーティーの部の優勝パーティーには購買で買える物なら1つだけ無料で貰える権利が与えられます」


 そこは有名な武器や装備がプレゼントされるのではないかとツッコむ者もいるかもしれない。


 だが、ちょっと待ってほしい。


 1年生が有名な武器や装備を手に入れたとしても、少なくとも2年生になるまではそれらがお披露目される機会はない。


 そんな宝の持ち腐れになる状態は、残念ながらヘルハイル教皇国では看過することができる程余裕がない。


 それに、食堂無料や購買でのプレゼントは苦学生にとってはありがたいものだ。


 この景品になったのも、苦学生にやる気を出させるためでもある。


「パーティーの部ですが、1パーティー5人と決まってます。このクラスでは丁度半分ずつになりますね。人選は自主性を重んじると偏りが生じることが目に見えてますので、私が決めてます」


「えー」


「横暴ですわ」


 オットーとエルザが不満を口にしたが、シスター・マリアが一睨みするだけでその口を閉じた。


「パーティーメンバーを発表します。1つ目のパーティーはダーイン君、ドゥネイル君、ロアノーク君、フローラさん、シュミットさんです。2つ目のパーティーはオルトリンデさん、オネスティさん、ドヴァリンさん、ウォーロック君、スタンレー君です」


 ライトのパーティーには、アルバス、ザック、ロゼッタ、アリサの名前が呼ばれた。


 もう1つのパーティーには、エルザ、カタリナ、ミーア、アズライト、オットーの名前が呼ばれた。


「選定基準ですが、両パーティーとも前衛と後衛の数がどちらかに偏らないようにしました。また、1ヶ月の実技の授業の様子から私の独断と偏見で決めました。異論は認めません」


 普通、独断と偏見という言葉を使われれば、文句を言いたくなるだろう。


 ところが、ライト達の中に不満を口にする者はいなかった。


 何故なら、シスター・マリアの人選がライト達にとって納得できるものだったからだ。


 好き勝手に組もうとすれば、言い争いになるのは時間の問題である。


 それを回避できるうえバランスも考えられているのだから、誰も文句は言わなかった。


「パーティーリーダーはそれぞれで決めて下さい。次の木曜日の実技の授業でそれぞれのパーティーから発表してもらいます。それでは、今日の授業は以上です。お疲れ様でした」


 シスター・マリアがその場から去ると、アルバスがすぐにライトに話しかけた。


「ライト、どうするよ?」


「うーん、まずはパーティーで食堂に行かない? 親睦を深めるには丁度良いでしょ?」


「良いんじゃないか? ザック、ロゼッタ、アリサ、飯行こーぜ」


「了解」


「は~い」


「良いよ」


 ライトの提案が採用され、ライト達のパーティーはそのまま食堂へと向かった。


 食堂で5人が座れるテーブルを見つけ、それぞれの食事を持って座った。


 それから、他愛のない雑談をしつつ昼食を取った。


「ライト、姉、どう?」


「ザック、メイリンさんと生徒会で上手くやれてるかって意味で合ってる?」


「肯定」


「ザック・・・。もうちょい喋ろうぜ・・・」


 半分ぐらいしか自信がないが、ライトはザックの訊きたいことことがそれで合ってるか訊ねた。


 ザックが頷くと、アルバスはザックのコミュ障具合に顔を引きつらせた。


「問題ない」


「それは僕が意図を汲み取れるから問題ないってこと?」


「肯定」


 マイペースに頷くザックを見て、アルバスは待ったをかけた。


「いや、俺とロゼッタ、アリサがわからねえって。つーか、なんでライトはわかんだよ?」


「入学前に色んな患者さんを診察したから、口数の少ない人から症状を訊き出した経験則だね」


「お前、マジですげえよ」


 多才なライトにアルバスは脱帽した。


「ザッ君は~、特徴的な喋り方だよね~」


「おまいう」


「アハハ、今のは私にもわかった」


 間延びした喋り方のロゼッタに言われ、ザックは流石にムッとしたのかアリサにもわかる反応を示した。


「まあ、口調はすぐに変わるものじゃないから無理することはないよ」


「そう言うライトは職業病がどうとか言ってたのにすぐに口調を変えたよな」


「そりゃ、いつまでも丁寧に喋ってたらみんな距離があるように感じるでしょ?」


「それがわかってるんなら、最初から砕けた喋り方をすりゃ良いのに。良い子ぶりやがって」


 アルバスがジト目を向けるが、ライトは全く気にしなかった。


 ライトが丁寧に喋っていたのは、入学するまでの生活でライトと同年代の者やフランクに喋れるものが少なかったからだ。


 ヒルダは婚約者であり、イルミは姉だが姉らしく感じないぐらい世話が焼ける。


 このような関係ならば砕けた喋り方をしても問題ないのだ。


 アンジェラに関して言えば、変態に対して丁寧に喋るのが馬鹿らしいだけでこれは例外と言えよう。


 そういう事情から、入学から1ヶ月も経てばライトだって同級生を相手にフランクに喋るようになった。


 もっとも、それはライトだけではなく自己紹介の時は丁寧に喋っていた者達も皆、砕けた口調になっているのだが。


「別に良い子ぶってなんかないよ。良い子ぶるって言うなら、会長を前にしたアルバスの方がぴったりだと思うけど?」


「同意」


「確かに~」


「私もそう思う」


「畜生、味方がいねえ。頼むからマジで姉上の話は勘弁してくれ。鳥肌立つから」


 墓穴を掘ったと悟ってアルバスは降参した。


 実際、ジェシカの前だとアルバスはいつもよりも姿勢が正しくなり、一つひとつの動作が公爵家に相応しく見えるように振舞う。


 こうするのは、ジェシカ経由で彼等の実家に自分の態度がなってないと告げ口されるのを阻止するためだ。


 アルバスが降参したので、アリサが軌道を修正して真面目な話題を振った。


「アルバスいじりはここまでにするとして、そろそろパーティーの話をしようよ。私、リーダーはライトが良いと思う」


「賛成」


「私も~」


「俺も良いと思うぜ。ライトは後衛で、全体が良く見えてるからな」


「アルバス、リーダーやりたくないの?」


「俺がリーダーを務めるとしたら、多分ザックとロゼッタの喋り方にイラついてすぐにキレると思うからパス」


「異議」


「アル君酷~い」


「こいつら、わざとだろ・・・」


「まあ、確かにアルバスがリーダーだったら、切羽詰まった時に2人にキレそうってのは私もそう思うわ」


 アリサは苦笑いしつつ、アルバスの言い分に納得した。


「だろ? だったら、冷静で後ろから指示の出せるライトの方が適任だ。頼んだぜ、ライト」


「わかった。じゃあ、みんなよろしく」


「おう」


「諾」


「よろしくね~」


「よろしく」


 話し合いの結果、パーティーリーダーはライトに決定した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る