第30話 立ってる者は親でも使えというでしょう?

 アルバスを先に行かせると、シスター・マリアは謝った。


「すみません。入学したばかりなのに友達と仲良くなる機会を奪ってしまいました」


「そう思うなら今後はやめて下さい」


「状況によりけりです。私は教師として最大多数の最大幸福を実現させる義務がありますから」


「そうですか。では、きっと今後も僕の学生生活はこうして蔑ろにされるんでしょうね」


 昨日もそうだが、今日も昼休みの時間に呼び出されてライトはシスター・マリアに対する不満を隠さなかった。


 昨日はシスター・マリアに頼まれたヒルダに呼び出されたから、悪くないヒルダに文句を言うことはなかったが、今日は状況が違う。


 正直なところ、本当にこれから先クラスメイトと仲良くする機会を悉く潰されるんじゃないだろうかとライトは危惧している。


「ですから、最初に謝りました」


「謝れば済む問題じゃないと思います。それで、どんな用ですか?」


「今日の午後ですが、生徒会は急遽遠征に出ることになりました。ダーイン君にもそれに参加してもらいます」


「ちょっと待って下さい。1年生は見学以外、遠征に参加しないんじゃないんですか? 2年生からでは?」


 ライトはヒルダから聞いた話を頼りにシスター・マリアに待ったをかけた。


「先程の授業を見る限り、何も問題ありません。ダーイン君の実力であれば既に3年生の中の上レベルです。それに、教皇様の試験を無傷で逃げ切ったんですから、死ぬことはないでしょう」


「無茶苦茶ですね」


「無茶苦茶なのはダーイン君の実力です。大体、ダーイン君は婚約者のドゥラスロールさんが遠征に行くのにこちらに留まっていたいのですか?」


「・・・シスター・マリア、碌な死に方しませんよ」


「そうでしょうね。アンデッドがいる限り、私は老衰で死ねるとは思ってません。では、生徒会室に行きますよ」


 話を強制的に切り上げられ、シスター・マリアはライトに生徒会室までついて来るように目で促した。


 (この喪女め。覚えとけよ)


 口には出さなかったが、頭に来たライトは心の中でシスター・マリアに毒を吐いた。


「何か失礼なことを考えませんでしたか?」


「気のせいです。被害妄想ですね」


「そうですか」


 ライトから敵意を向けられ、シスター・マリアは喋るのを止めた。


 これ以上自分が喋れば、ライトから更にヘイトを溜めさせることになると判断したからだ。


 自分の独断で生徒会の遠征にライトを連れて行こうというのに、これ以上ライトから嫌われると遠征に支障をきたすと思っている訳だ。


 2人が生徒会室に着くと、準備をしていたヒルダが真っ先に気づいてシスター・マリアに敵意を向けた。


「シスター・マリア、これはどういうことですか? まさか、ライトを連れてく気ですか?」


「その通りです。現在、セイントジョーカーの守護者ガーディアンが出払ってるので、勝率を上げるためにダーイン君を同行させることにしました。勿論、彼にも報酬は出ます」


「ライトはまだ1年生です。どうして危険な目に遭わなきゃいけないんですか?」


「良いよ、ヒルダ。正直、シスター・マリアのやり方はムカつくけど、僕が行けばヒルダの危険が減るのは間違いないから」


「ライト・・・」


 ライトが自分の身を案じてくれて嬉しい気持ちと、ライトを危険な目に巻き込んでしまうことへの苛立ちが半々であり、ヒルダはとりあえずライトを抱き締めた。


 そうすることで、自分を落ち着かせようとしているのだ。


「ライトも遠征行くの? それなら百人力だね!」


 空気の読めないイルミは、ライトが遠征に同行してくれて嬉しいとサムズアップした。


「ライト君の<法術>があれば私達としても助かりますが、こんなことをして良いんですか?」


「ライトは、1年生」


 ジェシカとメイリンはイルミのように能天気ではなく、ライトを連れて行くメリットは理解しつつ、まだ1年生のライトを戦場に連れて行って良いものかと悩まし気な表情だった。


「立ってる者は親でも使えというでしょう? 出し惜しみしてる場合じゃありません。30分後、出発します。それまでに準備を済ませて校門前に集合して下さい」


 そう言うと、シスター・マリアは出て行った。


 シスター・マリアが出て行くと、ヒルダはライトを強く抱き締めた。


「大丈夫。ライトのことは私が必ず守るから」


「だったら、僕はどんなことがあってもヒルダが死なないようにサポートするよ」


「ライト、お姉ちゃんは?」


「イルミ姉ちゃんもちゃんとサポートするよ。化けて出られたら鬱陶しそうだし」


「それは失礼じゃないかな!? ねえ!?」


 ライトに言われたことがあんまりだと思ってジェシカ達に同意を求めたが、彼女達はスッと視線を逸らした。


 どうやらライトと同じ意見らしい。


 それはさておき、ジェシカ達は遠征準備をしている間にライトは急いで食堂に駆け込んで手早く昼食を済ませた。


 そして、30分後には校門前に生徒会5人とシスター・マリアが揃った。


「揃いましたね。それでは、出発します」


 ライト達は手配した蜥蜴車リザードカーに乗って目的地に向かった。


 御者はシスター・マリアが務め、ライト達は車内に入った。


 車内ではこの後の行動の打ち合わせが始まった。


「確認ですが、今から向かうのはセイントジョーカーとドヴァリンダイヤの中間地点にあるカルマ大墳墓です。あそこに、デスナイト率いるアンデッドの集団が突然発生したと報告を受けてます」


「他の守護者ガーディアン、ドゥリンガル山脈にいる。応援はない」


 教会学校の生徒会が駆り出されたのは、ドゥネイルスペードの奥にあるドゥリンガル山脈にスパルトイが大量発生したからだ。


 スパルトイとはスケルトンがかつて倒されたスケリトルドラゴンの怨念によって進化したアンデッドで、スパルトイ1体でスケルトン10体分の強さを誇る。


 そんなアンデッドの大量発生だが、これは突発的に起きたものではない。


 毎年この時期になると、原因は明らかになっていないがスパルトイの大量発生が起きるのだ。


 だから、戦える守護者ガーディアンのほとんどがこの時期にドゥネイルスペードに集結する。


 そのせいで今日このタイミングでカルマ大墳墓に行ける者達がおらず、教会学校の生徒会にその役割が流れて来た。


 本当なら守護者ガーディアンコースに所属する生徒をこぞってぶつけたいところだが、それをしてしまうとセイントジョーカーで戦える者がいなくなる。


 それもあって少数精鋭の生徒会だけでカルマ大墳墓に行くことになった。


「大丈夫だよ。なんてったってライトがいるんだもん。それだけでお姉ちゃん戦えちゃうよ」


「イルミ姉ちゃん、頼むから無茶だけはしないでよ?」


「イルミ、ライトを悲しませたら許さない」


「勿論だよ。お姉ちゃんはライトに良いところを見せたいけど、ライトを悲しませたい訳じゃないからね」


「それならよろしい」


 ヒルダが本当にわかっているのかという視線を向けるが、イルミはニコニコ笑っているだけだ。


 仕方ないのでイルミは放っておいて、ヒルダはライトの方を向いた。


「ライト、アンデッドとの戦闘経験はあるって聞いたけど、デスナイトとは戦ったことないよね?」


「ないよ」


「ライトはデスナイトにやられた母様を救ってくれた。でも、それはライトがデスナイトと戦えることと同義じゃない。だから、絶対に前に出ないで」


 過去にヒルダの母、エレナがデスナイトの悪あがきによって倒れてから、ヒルダはデスナイトに他のアンデッドよりも駆逐してやりたいという執念を燃やしている。


 エレナはライトに治してもらったから良かったものの、デスナイトは人の死体に取り付くアンデッドで、放置するとどんどん配下を増やして人の住む場所に侵攻する。


 それだけは阻止したいという気持ちとライトには傷ついてほしくないという思いから、ヒルダはライトに無茶せずに力を貸してほしいと言外に頼んだ。


「任せて。さっきも言ったけど、僕がいる限りヒルダは絶対に死なせないから。それに、僕だってあれから<法術>の腕を磨いたんだ。僕にできるのは治すだけじゃないからね」


「うん。頼りにしてるね」


 ヒルダはライトの手を握ってニッコリと笑った。


 それからすぐにシスター・マリアの声が車内に届いた。


「アンデッドが見えてきました。戦闘準備をして下さい」


 ライト達の戦いはすぐそこまで来ているらしい。

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