第28話 常識は壊すためにあるんです

 ライトとヒルダが生徒会室に戻ると、ジェシカとメイリン、イルミはまだ書類と格闘していた。


 イルミはいち早くライトに気づき、シュババッと音を立ててライトに抱き着いた。


「ライト、お姉ちゃんを助けに戻って来てくれたんだね!?」


「違うよ。見学が終わったから戻って来ただけ。それに、イルミ姉ちゃんは会長や副会長よりも全然量が少ないじゃん」


「だって~、お姉ちゃんデスクワーク苦手なんだもん」


「頑張れ。できない訳じゃないでしょ?」


「そんなぁ・・・」


 ライトは萎れたイルミを元居た席に座らせると、自分に与えられた椅子に座ってノートを開いた。


 ライトのノートを上から覗き見て、ヒルダは気になったことを訊ねた。


「ライト、それってなんて書いてあるの? 読めないよ」


 ヒルダが気になったのはノートに書かれていた言語がヘルハイル語じゃなかったからだ。


 ヘルハイル教皇国では、アルファベットのことを神聖文字と呼び、英語をヘルハイル語と呼ぶ。


 転生したライトは勿論ヘルハイル語を学んだ訳だが、それとは別に転生前の日本語を使っていた記憶があるから、他人に見せたくない記録は全て日本語で書いていた。


 だから、ヘルハイル教皇国の国民であれば日本語で書いた文字が読めない。


「あぁ、ごめん。これ、多分僕しかわからない暗号だよ」


「暗号? なんで?」


「万が一盗み見られてもその内容が流出しないようにしてるんだ」


「その話、とても気になりますね」


「会長」


 ジェシカはライト達の会話を聞いていたらしく、ライトの席にやって来た。


「ふむ、確かに全くわかりませんね。ですが、これは暗号というよりも別の言語のように思えます」


 ジェシカは日本語が読める訳ではないが、ヘルハイル語で作った暗号ではないことは理解できたのでライトの記した内容が別の言語だと断言した。


 (一目で別言語と見破られたか。流石は会長、頭良いな)


 ライトをよく知るイルミやヒルダならば、ライトのことだからまた新しいことを始めたのかと流すのだが、ジェシカはまだライトと会ってから日が浅い。


 それが原因でライトの異常性を流せないのだ。


「まあ、僕にしかわからない時点で言語とは呼べませんから、これはやはり暗号ですよ」


「・・・まあ、そういうことにしておきましょう。ところで、ライト君はどうして戻って来たんですか? クラブ見学が終わったのなら寮に帰っても良かったんですよ?」


「それはそうなんですが、一応生徒会庶務ですから週2回は生徒会室にいようと思います。そうじゃないと外部に怪しまれるでしょう?」


「なるほど、一理あります。では、仕事が終われば自由にしてて下さい」


「はい。そうさせてもらいます」


 ジェシカはライトとの会話を切り上げて自席へと戻って行った。


 それから、ライトは目当てのページを開くとヒルダに声をかけた。


「ヒルダ、早速だけど協力してもらえる?」


「良いよ。何をすれば良い?」


「【水球ウォーターボール】を出せる?」


「撃つんじゃなくて手の上に出せば良いのかな?」


「うん。頼める?」


「任せて。【水球ウォーターボール】」


 ヒルダはライトに頼まれてすぐに手の上に水の球を創り出した。


 それを確認しながら、これから行う実験で水が零れても良いように、ライトはたらいを用意した。


「【聖付与ホーリーエンチャント】」


 ライトが技名を唱えると、ヒルダの創り出した水の球に神聖な光が付与された。


「ライト、これってもしかして聖水?」


「うん。良かった。魔法系スキルで創られた水でも、聖水を作れたね」


「「「え?」」」


 ライトが何をやるのか気になり、作業する手が止まっていたジェシカとメイリンは目の前の光景が信じられずに口をポカンと開けた。


 それも当然のはずで、聖水とは聖職者クレリックコースを卒業した司教ビショップ神官プリースト女神官プリーステスか、守護者ガーディアンコースを卒業した僧兵モンクにしか作れないとされている。


 そんな代物が目の前であっさりと作られたのだから、驚かずにはいられないだろう。


 ちなみに、その2人とは違ってヒルダはライトならそれぐらいできても不思議ではないと思っているから驚きはしなかった。


「ライト、この聖水を盥に落として良い?」


「良いよ」


「わかった」


 バシャッと音を立てて盥の半分ぐらいの高さまで聖水が注がれた。


 その音でジェシカとメイリンは正気に戻り、ライト達の近くに駆け寄った。


「この輝き、本当に聖水のようですね」


「聖水が、こんな簡単に・・・」


「そういえば、まだお姉ちゃんが長期休暇で帰省してた時にライトが井戸水で聖水作ろうとしてたっけ?」


 ジェシカとメイリンより少し遅れて来ると、イルミがライトの聖水を見て思い出したように言った。


「うん、それはできたよ。でも、身近に<水魔法>を使える人がいなかったから、実験できなかったんだ」


「なるほどねぇ。ヒルダがいれば実験ができるってことだね」


「そういうこと」


「ライトの役に立てて良かったよ」


「いやいやいや、ちょっと待って下さい。3人共平然と話してますけど、これは世紀の大発見ですよ?」


 ライトとイルミ、ヒルダが普通の調子で話しているとジェシカがツッコミを入れた。


 その隣ではメイリンもうんうんと首を縦に振っている。


「そうは言ってもできるものはできるんですから、受け入れましょうよ」


「私の常識がガラガラと音を立てて崩れてます。聖水とは作れる職業が制限されており、教会の礼拝堂で月光を十分に浴びせた水でしか作れないものですよ?」


「常識は壊すためにあるんです。聖水作成の手順を簡略化させられるのが<法術>だったと思って下さい」


「はぁ・・・。こんなに簡単に聖水ができるならば、瘴気に体を蝕まれた人達も救えますし、弱いアンデッドであれば消滅させられますね」


「その通りです。実際、僕がここに来る前に治療院には納品できるだけ聖水を収納してきましたから」


 ライトが教会学校に通う間、患者の治療ができない。


 それでは、長期的な治療が必要な患者や新規の患者を放置することになってしまう。


 だから、アンジェラに治療院の手入れと聖水の受け渡しを任せた。


 これにより、ライトが長期休みで戻るまではアンジェラだけで患者の対応ができる想定である。


 そうは言っても聖水だって万能じゃない。


 作った者の技量によってどうしても質に優劣の差が出てしまう。


 ライトは<法術>により、本来必要とされる手順を一気に簡略化できるから例外だが、一般的な司教ビショップ神官プリースト女神官プリーステス僧兵モンクが聖水を作れば、どうしても質の均一化も難しい。


 その上、作れる量が限られてしまうから当然ながら値段が高い。


 それゆえ、聖水は庶民には手が出せないものであり、それよりも効き目は悪いが比較的安価な薬品を買って患者達は治療しようとするのだ。


 先程、ライトがケニーに手渡したレシピは聖水よりは効き目が弱いが、それでも市場に出回っているものよりは効き目のある薬品のものである。


 ライトは活動範囲がセイントジョーカーになったことを利用し、ダーインクラブでできなかったことをこちらでやるつもりだ。


「これはとんでもない庶務が加入したものですね」


「イルミ、姉として、役割果たせてた?」


「副会長酷い! 果たせてたよね、ライト?」


 イルミからお姉ちゃんをフォローしてくれという視線が飛んで来たが、ライトはスッと目を逸らした。


 その代わりにヒルダが口を開いた。


「勿論、イルミがライトに世話されてました」


「納得」


「ヒルダ!?」


「私は昔からイルミにライトとの二人きりの時間を何度も邪魔された。その恨みは忘れてないよ」


「それだけでこんなに引き摺らないでよ!」


「私とライトは離れて住んでるんだから、会える時ぐらい気を利かせてくれても良いのにイルミがいつも邪魔をする。許し難し」


 ヒルダの目からハイライトが消えており、ジェシカとメイリンはヒルダがこんな性格だったかと疑問に思うと同時に冷や汗をかいていた。


 ところが、そんな言い合いもライトがこの場にいれば長くは続かない。


「はい、そこまで。ヒルダは落ち着いて。僕が入学したんだから授業以外は一緒にいられるでしょ?」


「うん♪ ライトとずっと一緒♪」


 ライトの発言によってヒルダの目に光が戻り、急にご機嫌になった。


 これを見たジェシカとメイリンは、今後ヒルダが不機嫌になったらライトに頼もうと心の底から思った。

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