第19話 うん、大体合ってる

 ローランドが仕事に戻り、ライトはヒルダによってG1-1の教室へ案内された。


 教室には誰もいなかった。


 ライトが一番乗りなのだからそれは当然のことだろう。


 ヒルダは教室のドアを締め切って周囲に誰もいないことを確認すると、ライトをぎゅっと抱き着いた。


「ライト、おめでとう」


「ありがとう、ヒルダ」


「強くなったんだね。まさか教皇様を相手に無傷で逃げ切るなんて」


「ひたすら防戦一方だったけどね」


「ううん、それがすごいの。ここの生徒会長だってまだあの勝負に勝つのは無理だから」


「生徒会長? なんで?」


 突然、生徒会長という言葉が出て来たのでライトは首を傾げた。


「あれ、言ってなかったっけ? 生徒会長はこの学校で最強の学生が就くの」


「へぇ。でも、学校最強ならなんとかなるんじゃないの?」


「最強って言っても学生の領分だもん。教皇様に一撃入れようとしても、瞬殺されるのがオチだよ」


「そうかもしれないね」


 実際、ライトはローランドを相手に一撃入れるのは不可能と判断して逃げ切ることを選んだ。


 ルクスリアによる指導がなければ、ライトがローランドから逃げ切ることは不可能だっただろう。


 突然、ピピピッと教室内でタイマーの音が鳴った。


 音の発生源はヒルダが首から提げていた時計だった。


「ヒルダ、それは?」


「これ? 魔法道具マジックアイテムの時計だよ。生徒会の備品でセットした時間で鳴る仕組みなんだ。時間だって測れるのよ」


「あぁ、ストップウォッチか」


「なんだ、ライト知ってたの? つまんなーい」


 ライトが前世での道具の名前を口にしたら、偶然それが正解だったようでヒルダはドヤれる機会が減って残念そうだった。


「ごめんね。それより、ストップウォッチが鳴ったってことはヒルダに何か仕事があるんじゃない?」


「あっ、いけない! 誘導係の仕事があったんだ! じゃあね!」


 ヒルダは仕事を思い出して慌てて教室から飛び出した。


 ライトはそれを見届けると、急に暇になったので<鑑定>で自分のステータスを確認し始めた。



-----------------------------------------

名前:ライト=ダーイン  種族:人間

年齢:10 性別:男 Lv:20

-----------------------------------------

HP:1,000/1,000

MP:12,000/12,000

STR:800

VIT:1,000(+200)

DEX:800

AGI:900

INT:1,000 (+1,000)

LUK:800

-----------------------------------------

称号:ダーイン公爵家長男

   鉄心

二つ名:なし

職業:なし

スキル:<法術><鑑定><道具箱アイテムボックス

    <状態異常激減><超回復>

装備:ダーインスレイヴ

   聖骸布の白衣

備考:なし

-----------------------------------------



 (あれ、もうMP全快じゃん。流石は<超回復>)


 ステータスを見たライトは真っ先にMPの数値に目が行った。


 さっきまでローランドと戦っていたにもかかわらず、MPが全快していたので驚いたのだ。


 この<超回復>だが、<HP回復速度上昇>と<MP回復速度上昇>が統合されたスキルであり、HPやMPが減った分だけ回復した時に全体値が増える。


 ルクスリアがライトに対して欠かさずユグドラ汁を飲ませ続けたことで、ライトの体は常人の回復能力とは違うレベルになっていた。


 ちなみに、ユグドラ汁を飲み続けたことで”忍耐の鬼”が”鉄心”に上書きされた。


 忍耐力が異常なまでに高く、ちょっとやそっとのことじゃ動じなくなった者でなければ”鉄心”の称号は獲得できない。


 更に言えば、<状態異常半減>が<状態異常激減>に上書きされている。


 これも当然、ユグドラ汁を飲み続けたことが影響している。


 つまり、ユグドラ汁を飲み続けるというのは苦行であり、ライトがそれに耐えられるだけの器だったということに他ならない。


 それはさておき、<超回復>があれば、HPやMPを消耗すると消耗した分だけ全体値に加算される。


 しかも、<HP回復速度上昇>と<MP回復速度上昇>の時よりも回復にかかる時間が減った。


 このおかげでライトは自分に【回復ヒール】を使う回数が少なくなった。


 自分のステータスチェックも終わり、暇を持て余して【範囲浄化エリアクリーン】で教室を埃一つないレベルまで掃除していると、大鎌を持った緑髪の少年がクラスにやって来た。


「あれ、先客がいたのか。てっきり、俺が一番乗りだと思ったのに」


「こんにちは」


「お、おう」


 ライトに挨拶されて少年はたじろいだ。


 いきなり礼儀正しい対応をされ、困っているとも言える。


「僕はライト=ダーインです。君の名前は?」


「ライト=ダーイン? あっ、黒髪! そうか、お前がダーイン家の変わり者の医者か!」


「はい?」


「あぁ、すまん。俺はアルバス=ドゥネイルだ。お前と一緒で公爵家出身だよ」


「そうなんですね。初めまして」


「こっちこそ初めまして。って違う、そうじゃない。なあ、ライトって呼んで良いか? 俺もアルバスって呼んでもらって構わんからさ」


「どうぞ」


「それだよ、それ。それが違う」


「どれですか?」


 一方的に自分に違う違うとアルバスが言うものだから、ライトは首を傾げた。


「なんで丁寧に喋ってんだよ。俺達はこれからクラスメイトだぜ? もっと砕けた口調で喋ろうや。堅苦しいじゃねえか」


「すみません、治療院ではずっとこうでしたので・・・。わかった。アルバス、こんな感じで良い?」


「おう! それで頼む! なんつーか同い年で公爵家のお前が堅苦しいと、俺までしっかりしないといけない気がするんだ。折角、親元を離れて伸び伸びできるんだから、もっと砕けようぜ」


 どうやら教会学校に来るまでは、割と厳しく礼儀作法について言われていたようで、アルバスはここではそんなことを気にしたくないらしい。


 ライトの精神年齢は大人なので、アルバスに合わせてあげることにした。


「良いよ。というか、今は自由そうだけどそんなにドゥネイルスペードでは礼儀正しくしてたの?」


「おうよ。礼儀正しくしてねえと、椅子に座れなくなるぐらい母上に容赦なく尻を引っ叩かれる」


「・・・大変だね」


 アルバスは叩かれた時のことを思い出して哀愁漂う表情になっていたので、ライトはアルバスに同情した。


「まあな。でも、こっちに来ても猫を被らにゃならん時があるんだ」


「なんで?」


「そりゃ、俺の姉上が今の生徒会長だからだ。ジェシカ=ドゥネイル。聞いたことないか?」


「ごめん、あんまり上級生の話は知らないんだ。興味なかったから」


「興味ないって、マジか。お前、守護者ガーディアンクラブに入ったら、誰に師事するかで学校生活がガラリと変わるんだぞ?」


「それなんだけど、僕は守護者ガーディアンクラブに入る気ないんだ」


「はぁっ!? お前正気か!?」


 ライトの予想外の発言を聞き、アルバスは思わず大声を出してしまった。


「アルバス、声が大きいよ。まだ試験中だぞ?」


「す、すまん。でもよ、お前が突拍子もねえこと言うからだぜ? どういうことだよ?」


「僕のこと、アルバスはどれだけ知ってる? 僕を医者って言ったってことは治療院で働いてたのは知ってるんだよね?」


「おう。でも、その他はあんまり知らねえ。強いて言えば金持ちからは大目に、貧乏人からは少なめに治療費を貰う<法術>使いだって聞いただけだ」


「うん、大体合ってる」


「んで、それがなんで守護者ガーディアンクラブに入らねえことになるんだ?」


 アルバスはまどろっこしいのは止めにして、結論を言えと言外に催促した。


「僕が守護者ガーディアンコースを選んだのは、アンデッドに関する知識の獲得と最低限の戦闘力を得るためだ」


「最低限って、おい。プライドの高い奴が聞いてたら、間違いなく突っかかって来るぜ?」


「それは置いといて、クラブ活動では、<法術>以外に人を治療できる手段を探したいんだ」


「今の薬や医者じゃ駄目なのか?」


 今までの人生で特に薬にも医者にも困らなかったアルバスは、ライトが奇妙なことを言っているようにしか思えなかった。


 だが、ライトにとってはその認識こそ改善したいのだ。


「全然駄目。今の医療だといつまで経っても医者不足で死者の数が減らない」


「そりゃアンデッドがいる世の中だ。死人が多いのは当然だろ」


「それがおかしい。なんでそれを許容できるんだ?」


「それは・・・、なんでだ?」


「じゃあ、僕が答えよう。それは、アルバスだけじゃなくて、この国の人々がこれ以上今の医療が好転しないと諦めてるからだ」


「いや、そんなことはねえだろ。多分」


「自信なさそうじゃん」


「・・・OK。わかった。降参だ。ライトが色々難しいことを考えてるのはよーくわかったぜ」


 この時、アルバスはライトが口調とは違って医療に対して情熱があるのだと悟った。

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