第7話 君のような5歳児がいるか?
治療院が開業してから1週間が経過した。
初日の患者数が多かったため、2日目以降はかなり患者数は落ち着いていた。
だが、それはあくまでダーインクラブ内の話で他所の領地からやって来る患者は減るどころか増える一方だ。
ニブルヘイムには
それ以外は海であり、ニブルヘイムには大陸が1つしかないのだ。
その大陸の名前もニブルヘイムであり、世界と大陸の名前が統一されていてニブルヘイム大陸にヘルハイル教皇国がある訳だ。
その中央部には教皇領であり。ニブルヘイムの中心であるセイントジョーカーがある。
セイントジョーカーの東西南北を囲うように4つの公爵家の領地があり、更にその奥に侯爵家以下の貴族の領地がある。
もっとも、東西南北の大陸の端には騎士爵ではなく辺境伯が領地を構えているので、中央から順に階級が低くなる訳ではない。
セイントジョーカーと4つの公爵家の土地の位置関係は以下のようになっている。
東に位置するのはドゥネイル公爵家の領地のドゥネイルスペード。
西に位置するのはドゥラスロール公爵家の領地のドゥラスロールハート。
南に位置するのはライトが住むダーイン公爵家の領地のダーインクラブ。
北に位置するのはドヴァリン公爵家の領地のドヴァリンダイヤ。
ライトが<法術>を使えることは日に日にヘルハイル教皇国中に伝わっていく訳で、今もライトは診療待ちの列に並んでいた最後の患者を治療した後だった。
もう少しで終業時刻となると思った時、治療院のドアが荒々しく開けられた。
「ライト、いるか!?」
ドアを乱暴に開けて診察室まで入って来たのは、ライトの父親のパーシーだった。
パーシーと一緒にいるのはローブを着た銀髪の男性と顔色の悪い青髪の剣士の女性で、剣士の女性は気を失っているが魘されており、ローブを着た男性に背負われていた。
その後ろにはイルミがよく遊びに行って模擬戦を行うヒルダもいて、今にも目から涙が零れ落ちそうな様子だった。
「父様、そんなに慌てて一体どうされたのですか?」
「ケインがアンデッドを倒した後、その正面にいたエレナがアンデッドの瘴気をモロ被りした。正直、リジーの時よりもヤバいと思ってる。ライト、なんとかできないか?」
「ライト、母様を助けて!」
「ライト君、頼む! 妻を、エレナを助けてくれ!」
パーシーが説明をした後、ヒルダがライトに詰めより、エレナをベッドに寝かせたケインもライトに頭を下げた。
緊急事態だと理解すると、ライトはイルミとアンジェラに声をかけた。
「イルミ姉ちゃんとアンジェラは協力して今日の営業の片づけをお願い。ドアも締めてこの後誰も入れないように」
「わかったわ!」
「かしこまりました」
ライトの真剣な様子から、イルミは素直に言うことを聞き、アンジェラと協力して治療院のクロージング作業に移った。
それからすぐに、ライトも診察に移った。
「父様、街に入る前に瘴気は落としましたか?」
「・・・すまない。そこまで気が回ってなかったよ」
「わかりました。【
ライトが技名を唱えると、診察室を優しい光が包み込んだ。
「ライト?」
「治療の前は清潔にするのが基本です。街中にいたならまだしも、外にいたのでは瘴気を持ち込んだ可能性があります。だから、僕が浄化しました」
「すまない」
「今謝っても仕方ありません。治療を始めます。ケイン様、エレナ様に触れてよろしいですか?」
「構わない。どうか、治してやってくれ」
<鑑定>を使うと、ライトはエレナの肺のあたりに瘴気が溜まっていることを知った。
「失礼します」
そう断りを入れてから、ライトはエレナの胸に両手を置いた。
「ここですね。【
エレナの胸を中心に彼女の体が光に包み込まれた。
光が収まると、苦しそうだったエレナの顔に少し余裕が現れた。
「重ねて行います。【
再び、エレナの胸を中心にその体が光に包み込まれた。
光が収まると、更にエレナの顔に余裕が現れた。
しかし、山場はまだ超えていなかったため、ライトは治療を続けた。
「【
また、エレナの胸を中心に、彼女の体が光に包み込まれた。
光が収まると、エレナの表情がかなり和らいだ。
「ふぅ」
「ライト君、エレナはどうなんだ?」
「ライト、母様は?」
「根治まではいきませんでしたが、山場は超えました」
「ありがとう、ライト君!」
「ありがとう!」
ケインはライトの両手を握ってブンブンと縦に振り、ヒルダは感激してライトに抱き着いた。
「お、落ち着いて下さい。まだ、根治はしてません。あくまでも急場しのぎの処置です。母様の時と同じように毎日継続的に治療して、瘴気を弱らせてから一気に治します」
「治療のことはよくわからないが、ライト君に全て任せるよ」
「ライト、ありがどう」
ケインは大人だったので、感情をどうにかコントロールできたが、ヒルダはまだ子供で感情のコントロールなんてできない。
だから、ヒルダは泣くのを我慢できず、ライトに抱き着いたまま泣いてしまった。
ヒルダの方が年上だが、ライトは転生しているので精神年齢で言えば20歳近く年上だ。
だから、ヒルダに抱き着かれても狼狽えることなく、ヒルダを優しく宥める余裕があった。
ヒルダが泣き疲れて寝てしまうと、ライトはパーシーに訊ねた。
「父様、今日は一体何と戦ったんですか? どう考えても異常な瘴気でしたよ?」
「今日戦ったのはデスナイトだよ」
「デスナイト?」
「そう、デスナイトだ。人の死体に取り付くアンデッドで取り付くと黒い全身甲冑の騎士になるんだ。そいつの剣に触れたら瘴気にやられてしまうから戦うのが難しいのさ」
「そんなアンデッドがいるんですね」
「ああ。以前からダーインクラブとドゥラスロールハートの中間地点で目撃されてて、ダーイン家とドゥラスロール家で共同して倒すことになってたんだ。それで今日倒したのは良いんだが、デスナイトが最後にとんでもない置き土産を残したんだ」
「倒せたのは良かったですが、倒した後まで悩まされる相手なんて非情に厄介ですね」
「ライトがいて本当に助かった。リジーの時もそうだがよくやってくれたよ。ライトは俺の誇りだ」
そう言うと、パーシーはライトの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「僕からも改めて礼を言わせてほしい。エレナを助けてくれてありがとう」
「いえいえ。これも僕の仕事ですから。僕にできることをやっただけです」
「・・・ライト君、君っていくつだっけ?」
今までは気にしていなかったが、終始冷静なライトを見てケインは今更ライトの年齢がいくつなのか訊ねた。
それもそのはずで、
「僕は5歳ですよ」
「君のような5歳児がいるか?」
「いますよ。目の前に」
真正面からこんな5歳児はいないと言われ、ライトはムッとした表情になった。
思わず言ってしまったケインだったが、すぐに自分の失言に気づいて謝った。
「失礼。そうだったね」
「気にするな、ケイン。俺だってライトがたまに俺より年上に思えるから」
「それは駄目だろ。父親としてどうなんだ?」
「そんなこと言われてもな。なあ?」
「父様、そこで僕を見ないで下さい」
ケインがパーシーをジト目で見ると、パーシーはその視線に耐えられずにライトの方を見た。
ライトは自分の顔を見られても困るので、自分で答えてくれと言外に告げた。
それから、少ししてからエレナが目を覚ました。
「あれ、ここは?」
「エレナ、気づいたか」
「ケイン。私、どうなったの?」
「エレナが一命を取り留めたのは、パーシーの息子のライト君のおかげだよ」
「ライト君? あぁ、そういうことね。私、ライト君の治療院に連れて来られたのね?」
「エレナ様、お久し振りです」
「ライト君、久し振りね。私のこと助けてくれてありがと、うっ」
起き上がって礼を言おうとしたエレナだったが、まだ起き上がるのは厳しかったらしく、思わず声を漏らしてしまった。
「まだ起き上がっては駄目です。今エレナ様にできたのは、あくまでも応急処置です。根治させるためにはしばらくの間毎日治療する必要があります」
「どうもそうらしい。ライト君の専門だから、僕にはわからないんだけどね」
「そうなのね。でも、隣とはいえ、毎日ドゥラスロールハートからここに来るのはちょっと・・・」
「それだったら、エレナは俺の屋敷の客間にしばらく泊まれよ。そうすれば、何かあってもライトが治療できるし」
「パーシー、お願いできるかい?」
「任せてくれ。普段、イルミが度々そっちにお邪魔してるからな。こういう時に、借りを返させてほしい」
「わかった。じゃあ、僕は政務もあるからドゥラスロールハートに戻るよ。ヒルダは・・・」
「私もここに残る」
寝ていたと思ったらちゃっかり起きていたらしく、ヒルダは自分もダーインクラブに残ると主張した。
「流石にヒルダまで面倒を見てもらうのは悪いよ」
「父様、私はここに残る」
「ヒルダ・・・」
ケインが首を縦に振るまで自分は何度でも同じことを主張すると目で語るヒルダに対し、ケインは困った表情でパーシーを見た。
「ヒルダちゃんも残っても良いよ。エレナと離れて暮らすのは不安だろうし」
「悪いわね、パーシー。娘共々、しばらく厄介になるわ」
「構わないよ。ヒルダちゃんがいてくれれば、イルミの相手にもなってくれるだろ?」
「ありがとうございます」
こうして、エレナとヒルダがダーイン家の屋敷にしばらく滞在することが決まった。
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