第6話 強いられてるんだ。僕は苦行を強いられてるんだ

 それから2週間が経過し、ライトは治療院を開いた。


 元々、初代ルクスリアが使っていた治療院があったため、ダーイン家を総動員してリフォームすることで治療院はすぐに再利用できるようになった。


 治療院の開業決定から2週間を要したのは、リフォームだけに時間がかかったからではない。


 ダーイン家の次期当主、ライトが<法術>を使用できるようになったとダーイン家の納める領地、ダーインクラブでお祝いをしたからだ。


 ルクスリア以来、10代目候補のライトまで1回も<法術>を使える者が現れなかったため、ダーインクラブの住民達もお祝いへの力の入れようが異常だった。


 そのお祝いの際、ライトが時間を指定して治療院を開くと発表があると、住民達は歓声を上げた。


 アンデッド由来の病気に苦しむ者達は、どうしても薬だけでは根治できずに苦しんでいたからである。


 そして、お祝いの際に知らされた治療院の料金設定も好意的に取られた。


 富める者からは多めに貰い、貧しい者からは低額を貰う。


 具体的には貴族階級からは1回の治療あたり1万ニブラ。


 平民階級からは1回の治療あたり1,000ニブラ。


 貧民階級からは1回の治療あたり100ニブラを貰う。


 ニブラとはニブルヘイムの通貨の単位だ。


 貨幣は石貨から金貨まであり、石貨以外は半金貨、半銀貨、半銅貨、半鉄貨という半円型の貨幣も存在する。


 日本円の価値も併せて示すと、レートは以下の通りになる。



 石貨=1ニブラ=1円

 半鉄貨=5ニブラ=5円

 鉄貨=10ニブラ=10円

 半銅貨=50ニブラ=50円

 銅貨=100ニブラ=100円

 半銀貨=500ニブラ=500円

 銀貨=1,000ニブラ=1,000円

 半金貨=5,000ニブラ= 5,000円

 金貨=1万ニブラ=1万円



 つまり、貴族からは金貨1枚、平民からは銀貨1枚、貧民からは銅貨1枚を貰うということだ。


 こうすればダーインクラブの住民の懐事情に悩まされることなく、治療院の運営をするのに必要なコストは十分賄える。


 そもそも、ライトは治療院で治療して儲けることはそこまで考えていない。


 勿論、へそくりぐらいは手に入れたいと思っているかもしれないが、生涯年収を稼いでやるとまでは意気込んでいない。


 あくまでエリザベスの病気を根治させるまでの間、治療できずにいた者達を治療し、貴族ノブレス義務オブリージュを果たすための措置だ。


 だから、ダーインクラブの住民がライトを好意的に思ってくれるようになれば問題ないのである。


 それはさておき、開業に欠かせないのは治療院を運営するスタッフだ。


 ライトからは用心棒と会計兼補佐ができる者を1人ずつ希望した。


 ところが、エリザベスがライトの希望に便乗する形でイルミに社会勉強をさせるため、用心棒にイルミを指名してしまった。


 だから、ライトは是が非でも会計兼補佐はまともで手のかからない人にしたかった。


 しかし、現実はライトにとって非情だった。


 ライトの望む人選は残念なことに叶わなかったのだ。


 今、治療院の診察室には、ライトの前にイルミの他にできる茶髪ギャル系のメイドのアンジェラがいた。


「強いられてるんだ。僕は苦行を強いられてるんだ」


「若様~、苦行だなんて酷いです。私、若様のためならなんでもしちゃいますよ?」


「アンジェラ、そのなんでもにはも含まれるの?」


「当 然 で す」


「決め顔で言うセリフじゃないよ、この変態!」


「んあぁ、若様から蔑まれるなんて・・・、私達の業界ではご褒美以外の何物でもありません」


「勘弁してよ、もう」


 ライトは額に手をやって天を仰いだ。


 アンジェラは聡明で算術は得意だし、事務仕事も早くて正確である。


 その上、戦闘もバリバリできるのでスペックだけ見ればライトの望み通りだ。


 だが、アンジェラにはどうしようもないマイナス要素があった。


 それは重度のショタコンということだ。


 アンジェラは23歳でライトとは18歳離れている。


 アンジェラのストライクゾーンは15歳以下だったのだが、ダーイン家で仕えてからライトに出会うと、他の子どもなんて目にも映らないぐらいライトだけにショタコンを発揮する変質者と化した。


 おそらく、パーシーもエリザベスもライトが屋敷にいなくなる時間が増えると、アンジェラの業務効率が落ちるだけでなく、ライトが不在の間にライトの寝室に忍び込んで何をするかわからないからライトに押し付けたのだ。


 ライトとしても、自分が外出している間に部屋を物色されるのは好ましくないので、アンジェラを見張る意味でも治療院で働かせるのは悪い考えではない。


 しかし、それはもっと従業員がいてその中の1人にアンジェラがいた場合のみであり、もう1人の従業員が脳筋一直線のイルミならばライトに癒しがない。


 そう考えれば、ライトが苦行を強いられていると発言したのも頷けるだろう。


「ライト、お姉ちゃん3時間もここにいるのは嫌だ。外で体を動かしたい」


「イルミ姉ちゃん、それは父様と母様に抗議して。少なくとも僕はイルミ姉ちゃんを用心棒にしてくれとは頼んでないよ」


「・・・やっぱり残る」


 ライトに当てにされていないと知ると、イルミはムスッとした表情で外に行きたいというのを止めた。


「3時間だよ? ちゃんとおとなしくできる?」


「もう、ライトってば。私の方が3歳も年上なのよ? それぐらいできるに決まってるでしょ?」


「本当に? 途中で投げ出したりしない?」


「しないわ」


「この治療院内で暴れない? 運動しない?」


「しないわ」


「僕の邪魔しない?」


「ライト、お姉ちゃんを子ども扱いすると怒るよ?」


「怒ってるじゃん。もう、僕掴みかかられてるじゃん」


 イルミに胸倉を掴まれ、ライトはいつ殴られるかヒヤヒヤしていた。


 そこに、アンジェラがイルミの首根っこを掴んで無理やりライトから遠ざけた。


「Yes,若様! No,タッチ! これが守れないようではイルミ様には若様に近づくのはご遠慮いただきます」


「アンジェラが頼もしく見えるけど、言ってることはショタコンのそれなんだよね・・・」


 先が思いやられる気持ちでいっぱいだが、いよいよ治療院の開業時刻になった。


「あっ、時間だよ。イルミ姉ちゃん、アンジェラ、開業時刻だ。アンジェラは玄関のドアを開けて。イルミ姉ちゃんは僕に悪いことしようとした人がいたらそれを無力化して」


「かしこまりました」


「まっかせなさい!」


 ドタバタになってしまったが、ダーインクラブの治療院は再び治療を再開した。


 アンジェラが玄関を開けると、そこには長蛇の列があった。


 初日だというのに既に大勢の人が治療院を利用したいと並んでいたのだ。


 治療院を開ける実力になった現在でも、午前はルクスリアと部屋で訓練しているので開業時刻は午後からだが、これを3時間で捌けるのだろうかと弱音を吐きたくなるぐらいの列の長さだった。


「多いな」


「みんな、ライトに治してほしいのよ」


「そりゃそうかもしれないけどね。イルミ姉ちゃん、悪いんだけどアンジェラに症状が軽い人はまとめて治療院に入れるように伝言してくれる?」


「わかったわ」


 治療院の玄関に並ぶ人の多さを前にして、イルミは文句を言うことなくアンジェラの整理を手伝いに行った。


 すると、ライトの傍に誰もいなくなったのを見て、ずっと彼を見守っていたルクスリアが声をかけた。


『ライト、貴方の評判もなかなか大したものね』


「ルー婆の時はこんなに人は並んでなかったの?」


『ライト、昔と今じゃ人口が違うのよ。それにね、私が前線から退いて治療院を開いても当時はこんなに治療してもらおうと人が来なかったわ。当時の私はどうして価格設定を考えられなかったのかしら?』


「そっか。時代が違えば状況も違うよね」


『そういうことよ。とりあえず、今のライトなら【範囲回復エリアヒール】と【範囲治癒エリアキュア】もできるでしょ? それでどうにか頑張りなさい』


「そのつもり」


 それからすぐにアンジェラが症状の軽い人を見繕い、イルミに列の整理を任せてその人達をまとめて治療院に案内してきたので、ライトはルクスリアとの会話を中断した。


「ようこそ、ダーイン治療院へ。皆さんは軽い症状のようなので、まとめて対応します。【範囲回復エリアヒール】【範囲治癒エリアキュア】」


 患者達の体が優しい光に包み込まれた。


 その光のおかげで患者達は温かいと感じ、その温かさによって今まで苦しめられていた症状が消えたことに気づいた。


「治ったぁぁぁ!」


「おぉ、ライト様、ありがとうございます!」


「うわぁぁぁん!」


「嘘みたい!」


「感動しているところすみません! 後が閊えているので、順番にアンジェラと会計を済ませて下さい! より多くの患者さんを助けるため、協力お願いします!」


 ライトがそう言うと、自分達よりも苦しんでいる患者がいるとわかっているため、患者達はライトの指示に従った。


 そして、ライトは個別対応が必要な患者達を順番に治療した。


 治療院初日、ライトは終業時刻ギリギリまで休む暇なく治療した。


 この日、ライトの<法術>の習熟度は急激に上がったのは言うまでもない。

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