第5話 それ、思考放棄って言うのよ?

 ライトはどうしたものかと思った。


 実は、ライトは<法術>が使えることをエリザベスにしか伝えていなかったからだ。


 エリザベスには治療をする都合上、隠し通すことができないと判断し、庭で治療した翌日に自分が既に<法術>の一部を使えることを話していた。


 しかし、パーシーやイルミには秘密にしてもらっていた。


 何故なら、既に<法術>が部分的にでも使えるとわかれば、街を挙げての大事になるのは確定路線であり、その後自分がどれだけの時間拘束されるかわからなかったからだ。


 ルクスリアのトレーニングに加えてエリザベスの治療を毎日欠かさず行うには、ライトは自分が<法術>に目覚めたことは内緒にしておく必要があった。


 だが、エリザベスの病気が根治した今、まだ<法術>が使えないと嘘をつくには無理があった。


 だから、ライトはルクスリアのことは伏せてそれ以外を正直に話すことにした。


「実は、僕は2年前から<法術>を使えたんです」


「・・・え? 本当に?」


 ライトのカミングアウトを聞き、自分が想像していたよりもその内容が大事だったので、パーシーはそれを信じられずにエリザベスの方を見た。


「本当よ。私、2年前から今日までの間、ずっとライトの<法術>のお世話になってたもの」


「リジー、そんな大事なことをどうして俺に言ってくれなかったんだ? 一大事だぞ?」


「父様、母様は悪くありません。僕が口止めしたのです」


「ライトが?」


 エリザベスに理由を訊ねたら、今度はライトがエリザベスを庇うように口を開いたので、パーシーは困惑した。


 しかし、パーシーが困惑するのをそっちのけでライトは話を続けた。


「僕は今まで母様の病気を治したい一心で独学で鍛えておりました。そして、2年前に<法術>の【回復ヒール】と【治癒キュア】を使えるようになり、母様の治療を始めたんです」


「【回復ヒール】と【治癒キュア】だって? 3歳のライトが?」


「私が保証するわ。私が庭で倒れかけた時、ライトに治療してもらったのよ。私が魔女ウィッチでMP感度が高いことはパーシーだってわかってるでしょ? 誤魔化せないとわかったライトは、次の日に正直に話してくれたわ」


「確かにリジーのMP感度の高さを騙すのは不可能か。それはわかった。ライトが3歳で<法術>を使えるようになったことは信じよう。でも、なんで黙ってたんだい?」


 エリザベスのことを信用しているからこそ、ライトが<法術>を3歳で使えるようになったことを信じたパーシーだったが、ライトとエリザベスがそれを黙っていた理由がわからず首を傾げた。


「父様、僕は母様を治すことと自らのスキルを磨くことに時間を使いたかったのです。僕が<法術>を使えるとわかれば、きっと街を挙げてお祝いした後にあちこちで引っ張りだこになったのではありませんか?」


「・・・そうだな。ライトの想像の通り、そうなってただろう。でも、それはどうなんだ? ダーイン公爵家として持てる力を隠して私用に費やしてたとバレるのはマズいぞ?」


貴族ノブレス義務オブリージュですか」


「そうだ。リジーを助けるため、ライトが頑張ってくれたことを俺は嬉しく思う。だが、世間がどう思うだろうか。街にも病気で苦しんでる者は多い。それらを放置して、リジーだけを治療してたという訳にもいくまい」


 本心からエリザベスを助けてくれたことをパーシーは喜んでいたが、それと同時に貴族、それも公爵家が保持する力を隠していたとは言い出せないので、どうしたものかとパーシーは頭を悩ませた。


 しかし、ライトがそれに答えを出した。


「父様、ご安心下さい。弁明の準備は整ってます」


「ん?」


「僕は母様に実験に付き合っていただいてた。これだけで良いんです」


「どういうことだ?」


 ライトの言っている意味がわからず、パーシーは首を傾げた。


「そういうことね。パーシー、ライトが言いたいのは私のことを治療することで、<法術>を使いこなしたことを証明できると考え、訓練していたということにするのよ」


「なるほど」


 ライトとバトンタッチし、エリザベスがライトの言いたいことを代わりに説明した。


 それを聞くと、パーシーは納得したらしくポンと手を打った。


「母様の治療が終わった今、僕は自分の訓練以外の時間は空いてます。ですから、初代様が遺した治療院を僕の手で復活させようと思います」


「初代様の治療院を?」


「はい。今は物置になってると聞きましたが、設備はまだ手付かずだとも聞いてます。あそこで、1日3時間治療します。そうすれば、今まで手を付けられなかった方々の治療も教会学校入学までにはきっと完了してるはずです」


 教会学校とは子供が10歳になると通う教皇領にある学校である。


 ニブルヘイムの成人年齢は15才であり、11歳になる年から成人になるまでの5年間、将来の仕事を決めるための学校に通うことになっている。


 もっとも、大抵の貴族は自主的に勉強を子供にさせるため、教会学校に行く意味はコネクション作りの意味合いが大きいのだが。


 とりあえず、ライトが言っているのはこれから10歳になるまでの間、毎日患者を治療することでエリザベスのために使った2年間をチャラにするということなのだ。


「私はそれで良いと思うわ」


「リジー」


「というか、私が意見するのは違うと思うの。だって、ライトは私のために2年間頑張ってくれたんだもの。ライトがどんな選択をしたとしても、私はライトを応援するわ」


「・・・そうか」


 エリザベスの意見を聞くと、パーシーは少しの間考え込んだ。


 それからうんうんと唸ったが、やがてパーシーは頷いた。


「よし、わかった。ライトの言う通りにしよう。俺が思ってたよりもずっとライトは賢い。というか、イルミよりも絶対に賢い。だから、ライトの好きにさせてみる」


「それ、思考放棄って言うのよ?」


「そう言われても俺にはライトよりも良い考えが浮かばない。逆にリジーは何か良い案でもあるのか?」


「それは・・・、ないわね」


「そうだろう?」


「なんでパーシーが得意気なのよ?」


「考えるな、感じろ。直感で大体のことはなんとかなる」


「おい筋肉馬鹿、少しは考えなさい」


 開き直ったパーシーに対してエリザベスが毒を吐いた。


「リジーは相変わらず言い方がキツイなぁ」


「最近、ますますイルミがパーシーに寄ってるの。このままだとダーイン家の娘は馬鹿って陰口を叩かれるわ。体を動かしてばかりじゃ、筋肉馬鹿になっちゃうわよ?」


「・・・母様、それ、僕のいる時にイルミ姉ちゃんには言わないで下さいね。馬鹿って言われると怒って僕が八つ当たりされますから」


 一瞬、成人した脳筋イルミがアンデッドを殴り飛ばしているイメージを思い浮かべ、ライトはしっくりくると思った。


 しかし、そこには馬鹿要素がしっかりと含まれており、それを自分が肯定すれば間違いなくイルミに殴られる。


 だから、せめて言うなら自分のいないタイミングにしてくれとライトはエリザベスに頼んだ。


 この話を続けていると、この場にいないイルミと自分が馬鹿だと言われ続けそうなので、パーシーは話題を変えることにした。


「ライト、治療院での治療に誰を使う? 屋敷の執事かメイドが必要だろ?」


「そうですね。では、2人手配して下さい。1人は用心棒で、1人は計算や身の回りの手伝いができる者が良いです」


 ライトが自分の希望を口にすると、エリザベスが良いことを思い付いたと手を打った。


「だったら、力を持て余してる子がいるじゃないの」


「・・・母様、まさかイルミ姉ちゃんを用心棒に使えと?」


「そうよ。いい加減模擬戦ばかりしてないで社会経験を積むべきなのよ。ライトが治療院を復活させるなら、イルミにも社会経験をさせておかないと教会学校に行った時に恥をかくわ」


「それは名案だね、リジー」


「父様?」


 パーシーがエリザベスの意見に賛成したことで、ライトの顔が引きつった。


 そんなライトに対してパーシーはサムズアップした。


「大丈夫。ライトならイルミの手綱を握れるさ」


「父様、普通は姉が弟の面倒を見るものではありませんか?」


「ライトが規格外なんだし、その辺は立場が逆になることだってあるよ」


「イルミ姉ちゃん、駄目な方に信用されてるよ・・・」


 2年前よりもさらに力をつけたイルミが用心棒として配置されるのは決定事項だと理解し、ライトはなんとも言えない気持ちになった。


 確かに、イルミは大人にも負けない<剛力>の持ち主だから、並みの相手なら力負けしないとライトはわかっている。


 だが、それと同時に活発で飽きっぽいイルミが3時間も同じ場所でじっとしていられるのか心配だった。


 せめて、計算や身の回りのフォローをする者はまともな人に頼みたいと思うライトだった。

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