第8話 なんでこの流れで許嫁ができたんでしょうか?

 エレナとヒルダがダーイン家に泊まり始めてから、2週間が経過した。


 初診からライトが毎日欠かさず【中級回復ミドルヒール】と【中級治癒ミドルキュア】をかけているおかげで、エレナの経過は良好である。


 そして、ライトが毎日継続している午前中の訓練を終え、味にもすっかり慣れたユグドラ汁を飲み干した後、ルクスリアから声がかかった。


『ライト、ちょっと良いかしら?』


「どうしたの、ルー婆?」


『幸か不幸か毎日の治療院での業務とエレナの治療のおかげで、私の想定していたペースよりも遥かに早く熟練度が到達したわ。もう【上級回復ハイヒール】と【上級治癒ハイキュア】が使える技量になったのよ』


「本当? じゃあ、エレナ様を根治させられますね」


『良かったわね』


「うん。もっと長い時間かかると思ってたからこれは嬉しい」


『・・・もっと嬉しそうな顔しなさいよ。嬉しいって言う割に、表情が大して変わってないわ。年相応に感情を表に出しなさいな』


 嬉しいと言いつつ、ほとんど真顔、辛うじて微笑と呼べなくもない表情のライトを見てルクスリアはジト目を向けた。


「そうは言ってもこれが僕だからねぇ。嬉しそうにしろって言われても困るよ」


『やれやれ。訓練のし過ぎで随分と精神を老成させてしまったわね。あっ、ライト。身支度しなさい。ヒルダがこの部屋に向かって来てるわ』


「わかった。【範囲浄化エリアクリーン】」


 ライトが自分の体ごと室内を清潔な状態にしたタイミングで、ライトの部屋のドアがノックされた。


 コンコン。


「ライト、入っても良いかな?」


「どうぞ」


 ライトが許可を出すと、白銀の長い髪と青い目をした少女が室内に入って来た。


「ライト、お願い。私を匿って」


「・・・はぁ。ヒルダ、またイルミ姉ちゃんと模擬戦ですか」


「うん。別にやるのは良いんだけど、ずっと模擬戦すると疲れちゃうよ」


「ヒルダはよくやってくれてますよ。イルミ姉ちゃんの相手をしてくれるおかげで、僕は自分のために時間を使えてます」


「母様共々お世話になってるから、これぐらいは当然だわ」


 ヒルダはライトと比べて3歳年上だが、ヒルダがライトに自分のことを呼び捨てで呼んでほしいと強く希望したので、ライトは特に反論せずにそのようにしている。


 最初の頃はライトにヒルダと呼び捨てにされるだけで顔を赤らめていたのだが、今となってはすっかりと慣れたようだ。


「あっ、そうでした。今日の治療でエレナ様を根治させられるかもしれません。今から行きますか? 治療だと言えば、イルミ姉ちゃんも模擬戦に連れ出すこともありませんよ?」


「本当!? 母様、治るの!?」


「落ち着いて下さい、ヒルダ。あくまで可能性があるだけです。今日試してみたいことがあるのですが、上手くいけば治せるという話であって、絶対とは約束できません」


「それでも良いわ! ライトならきっと母様を根治させてくれるわ! さぁ、行きましょう!」


 エレナを治せる可能性があると聞き、イルミとの模擬戦で疲れたと言っていたのが嘘のようにヒルダはライトの手を引いてエレナが借りている部屋へと向かった。


 エレナの部屋に到着してノックしてその中に入ると、エレナは本を読んでいるところだった。


「あら、ヒルダ。ライト君も一緒なのね。もう治療の時間かしら?」


「いえ、いつもより早い時間ですが、ヒルダに連れて来られましたので、先に治療させていただこうと思いまして」


「あらあら、ヒルダったらライト君のことがお気に入りなのね」


「えっ、あっ・・・」


 エレナがニヤニヤと見つめるその視線の先に自分の手がライトの手を固く握っていたことに気づき、ヒルダは顔を真っ赤にしてライトの手を離した。


「それに引き換えライト君は落ち着いてるわね。もしかして、将来は女誑しになるのかしら?」


「僕はただイルミ姉ちゃんに普段から強引に手を引かれることに慣れてるだけですよ」


「・・・ヒルダ、頑張りなさい」


「うっ、うん。頑張る」


「あれ、僕、何か変なこと言いましたか?」


「「別に」」


 ライトが首を傾げると、エレナとヒルダのジト目がライトに向けられた。


 若干の居心地の悪さからライトは本題に入った。


「では早速治療を始めます。手を拝借してよろしいですか?」


「ええ、お願いするわ」


 初診の時は肺に瘴気が溜まっていたので、エレナの胸に手で触れてから治療した。


 しかし、今はもうそこまでする必要がないのでライトはエレナの手を握った。


「いきます。【上級回復ハイヒール】【上級治癒ハイキュア】」


 ライトが握ったエレナの手を起点として、エレナの体が光に包み込まれた。


 その光は【中級回復ミドルヒール】と【中級治癒ミドルキュア】よりも強くて温かく、エレナは一気に体が楽になるのを感じた。


 光が収まると、エレナは体を軽く動かしてみた。


 ここ最近は常に自分の体に靄のような感触があったのだが、今はそんな重さが全く感じられなかった。


「・・・えっ、体がデスナイト戦の前よりも軽いわ」


「ちょっと待っててください。根治したか診てみますから」


 エレナが嬉しさと戸惑いが半々な様子で言うので、ライトは<鑑定>を発動した。



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名前:エレナ=ドゥラスロール 種族:人間

年齢:30 性別:女 Lv:57

-----------------------------------------

HP:570/570

MP:470/470

STR:770

VIT:770

DEX:570

AGI:770

INT:470

LUK:470

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称号:ドゥラスロール公爵夫人

   達人

二つ名:剣乙女ソードメイデン

職業:剣士フェンサー

スキル:<剣術><見切り><HP回復速度上昇>

装備:なし

備考:なし

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 エレナの備考欄には病気の表示がなくなっていた。


 しかも、エリザベスの時には能力値が病気のせいで一時的に落ちていたが、今回はそれすら元通りだった。


「おめでとうございます、エレナ様。根治です」


「ライト君、ありがとう!」


 根治と聞いてエレナは椅子から立ち上がり、ライトを抱き締めた。


「母様!?」


「うっ」


 咄嗟のことで呆然としてしまったヒルダだが、エレナがライトに抱き着いたのだからそれも仕方のないことだろう。


「ライト君、本当にありがとう!」


「うぐぐっ」


「母様! ライトを離して!」


「あら、ヒルダ。嫉妬しちゃったの?」


「そうじゃないわ! 母様の力で思いきり抱き締めたら、ライトが息できないわ!」


「あっ・・・」


 我に返ったエレナはすぐにライトの様子を確かめた。


 すると、ライトはヒルダの予想通りに息ができなくなっており、その上気絶していた。


「アハハ・・・。やっちゃった。ヒルダ、エリザベスを呼んで来てくれるかしら?」


「はぁ。わかった」


 自分の忠告が既に手遅れだったとわかると、ヒルダはエレナをジト目で睨んだ。


 そして、病み上がりのエレナに呼びに行かせる訳にもいかないので、ヒルダはエリザベスを呼びに行った。


 それからしばらくして、ライトは目を覚ました。


「この感じ、また気絶させられちゃったのか」


 ライトの声に気づいてヒルダがライトの傍に駆け寄った。


「あっ、ライト! 良かった~」


「ヒルダ、今何時ですか?」


「えっ、午後3時だけど」


「・・・治療院の仕事、遅刻してますね」


 気にするのはそこなのかとツッコミたい気持ちをグッと抑え、ヒルダはライトに頭を下げた。


「母様がごめんなさい」


「いえ、僕が母様を治した時もこうなりましたから。耐えられるように鍛えてたんですが、まだまだ鍛錬が足りなかったようです」


「エリザベス、貴女ねぇ・・・」


「何よ。エレナにだけは言われたくないわ」


「何言ってるのよ。さっきは私のこと怪力女とか言ってたくせに、自分だって同じことやってるじゃないの」


「私のは息子ライトが治療してくれたことが嬉し過ぎて、感極まっちゃっただけよ」


「私だって命を助けてもらったことが嬉し過ぎて、全力で抱き締めちゃっただけよ」


「私は魔女ウィッチだけど、貴女は剣士ソードマンなのよ? それに、私が治してもらった時は能力値が落ちてたもの。全快した貴女とは違うのよ」


 確かにその通りなのだが、嬉しさが爆発してライトを気絶させるぐらい抱き締めたという事実だけ見れば、どっちもどっちだと言えよう。


「わかった。じゃあ、こうしましょう。ライト君を強く抱き締めちゃったことのお詫びとして、ヒルダをライト君の許嫁にするの」


「わかった。それで手を打つわ」


「なんでこの流れで許嫁ができたんでしょうか?」


 脈絡なくヒルダを自分の許嫁にすることが決められ、ライトは首を傾げた。


「ラ、ライト、私じゃ駄目なの?」


 そう訊ねるヒルダの目には、ライトに断られるんじゃないかという不安が現れていた。


 そんな目をされてしまえば、精神年齢は普通に大人のライトが断れるはずもない。


 精神年齢だけならお巡りさんこいつです案件だが、今の自分は5歳であり、ヒルダが8歳なら歳の差としては全く問題ないのもライトの決断を後押しした。


「駄目じゃないですよ。ヒルダ、これからどうぞよろしくお願いします」


「うん!」


 こうして、パーシーやケインがいない中、ライトとヒルダの婚約が決まった。


 無論、後でその話を聞いた2人が追認したのは言うまでもない。

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