第3話 はい。母様が辛そうだからやってみました
元気よく部屋のドアを開けたイルミは、すぐにライトの手を握った。
「さあ、ライト。もう逃がさないよ。今日こそお姉ちゃんとお外で遊ぶの」
「えー、嫌だ。イルミ姉ちゃん、外で遊ぶって言って木剣で模擬戦させるんだもん」
「体を動かして遊ぶのは健康に良いでしょ? ライトはいつも部屋に籠ってばっかりなんだし、外に出ましょ?」
「嫌だ。出たくない」
「嫌じゃない」
「嫌だ。出たくない」
「異論は認めないわ。繰り返しても無駄よ」
「い~や~だ~」
イルミに引っ張られ、ライトは部屋から無理矢理外に出された。
鍛えているライトが、どうしてイルミに力負けして引っ張られたかというと、イルミのスキル<剛力>のせいである。
要は見かけによらず力持ちということだ。
それゆえ、6歳なのに大人に負けないSTRがあり、流石にそんなイルミにはライトも勝てないという訳だ。
結局、庭まで連行されたライトはイルミの持って来た木剣を構え、イルミと向かい合っている。
「ライト、勝った方が今日のお風呂で負けた方の体を洗うのよ」
「えー、自分の体ぐらい自分で洗えば良いじゃん」
「良いの。じゃあ、行くわよ。せいっ!」
「危なっ!?」
自分に都合の良いルールを口にした後、イルミは木剣をライトに向かって振り下ろした。
ライトにとって、STRが高いイルミの攻撃がまともに当たれば、普通に怪我をする。
だから、木剣を使った稽古では防戦一方なのだ。
今もどうにかイルミの振り下ろしをバックステップで躱し、間合いを取って守りの構えに入っている。
「もう、ライトったらすばしっこいわね。お姉ちゃんの攻撃に当たりなさい」
「無茶言わないでよ! イルミ姉ちゃんの攻撃に当たったら、怪我するってば!」
「大丈夫よ。ライトだもの」
「僕だから大丈夫って何!? 根拠ないじゃん!」
真顔で大丈夫と言う理由が全然大丈夫じゃないので、ライトはなりふり構わず逃げ出した。
幸いなことにライトの方がAGIの数値は高い。
そのおかげで、ライトはイルミから距離をどんどん離すことができた。
そこに、金髪碧眼の女性が通りかかってライトが助けを求めた。
「母様助けて! イルミ姉ちゃんが虐めるんです!」
「イルミ、ライトで憂さ晴らしするのは止めなさい」
「うっ、母様」
「・・・母様、僕で憂さ晴らしするって言っちゃってますよ」
イルミが木剣を下ろし、立ち止まったことでホッとしたライトだったが、母親にイルミが自分で憂さ晴らししているという事実を突きつけられてなんとも言えなくなった。
イルミとライトの母親、エリザベス=ダーインはイルミをそのまま大人にしたような見た目をしている。
しかし、イルミの性格はエリザベスから引き継いだのではなく、父親のパーシーの性格に近い。
エリザベスは基本的には強くてクールな女性だが、時々抜けていて病弱だったりする。
今日も病み上がりの散歩をしていたタイミングでライトに助けを求められたのだ。
「イルミ、またドゥラスロール家のヒルダちゃんと模擬戦で引き分けたからって、ライトに当たるんじゃありません」
ドゥラスロール家とは、ダーイン家と同じく公爵家でイルミと同い年のヒルダがイルミと頻繁に競い合っているのだ。
どうやら今日は勝負がつかなかったため、イルミは不完全燃焼らしい。
「だってヒルダってば、ライトみたいにすばしっこいんだもん。ライトに攻撃を当てられれば、きっとあの子にも攻撃が当たるわ」
「いや、イルミ姉ちゃんの攻撃を受け止めたくはないから、逃げるのは普通だと思うんだ」
「イルミは<剛力>に頼り過ぎなのよ。もっと頭を使いなさい」
「考えるな、感じろって父様には言われたわ」
「あの筋肉馬鹿、後で覚えてなさい」
パーシーの発言により、力で解決しようとしたイルミを見て、エリザベスはパーシーに毒を吐いた。
それはさておき、エリザベスが出て来たことで模擬戦は中止となった。
ライトは怪我をする可能性がなくなったので、短く息を吐いた。
その時、エリザベスが咳き込んで立っていられなくなり、そのまましゃがみこんでしまった。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「「母様!」」
「だ、大丈夫よ」
「イルミ姉ちゃん、僕が母様を部屋にお連れするから誰か呼んできて」
「わかったわ」
イルミが走り出すのを見届けると、ライトはエリザベスの背中を
そこに、ふよふよとルクスリアがライトに声をかけた。
『ライト、【
ルクスリアの声はライトにしか届かない。
というより、ルクスリアの姿を見ることができるのもライトだけだ。
だから、ルクスリアと喋っているとバレないようにライトは首を縦に振り、小声で技名を唱え始めた。
「【
エリザベスの体が優しい光に包み込まれた。
その光のおかげで、エリザベスは温かいと感じ、その温かさによって咳が治まったとわかった。
「あら、体が温まったわ? ライトがやってくれたの?」
「はい。母様が辛そうだからやってみました」
エリザベスは、病で前線から引退する前は、
それを知っているライトはエリザベスに下手に嘘をつくことはせず、まだルクスリアの前でしか披露したことのない<法術>を使ったことを認めた。
ライトに自分の体に干渉されたが、それは自分のためを思っての行動だったので、エリザベスは感謝こそすれど、怒る気なんて微塵もなかった。
「そう。ライトはすごいわ。流石は私の子ね」
優しく笑みを浮かべ、エリザベスはライトの頭を撫でた。
ライトは恥ずかしくなり、顔が赤くなるのがわかりつつ話を逸らした。
「そんなことよりも母様、お部屋に戻りましょう」
「わかったわ」
エリザベスはゆっくりと立ち上がり、ライトと手を繋いで自室へと戻った。
そこに、少し遅れてメイドを連れてイルミがエリザベスの部屋にやって来た。
メイドに後のことを任せると、ライトとイルミは部屋から出た。
「母様、大丈夫かしら?」
「きっと大丈夫。ゆっくりと休めば元気になるって」
「そうよね」
「じゃあ、僕は部屋に戻るから」
「うん」
イルミと別れ、ライトは自室へと戻った。
部屋に戻ってすぐにライトはルクスリアに話しかけた。
「ルクスリア、僕の【
『・・・今のままじゃ無理ね。効かない訳じゃないけど効果が弱いから根治まではいかないわ』
【
病気は状態異常に含まれるので【
「じゃあ、根治させるにはどうすれば良いの?」
『【
「ルー婆から見て僕がそれらを使えるまでどれぐらいかかる?」
『・・・【
「それ、日課の鍛錬を厳しくすれば短縮できない?」
普段、鍛錬がキツいと文句を言うライトから自主的に鍛錬を厳しくしてほしいと言われ、ルクスリアは耳を疑った。
しかし、エリザベスの病気を根治させたいという気持ちがあるとわかると、自分の耳に届いた言葉が事実であると納得した。
そして、少し考えた後にルクスリアは頷いた。
『ライトの体に無茶じゃないギリギリまで負担を賭ければ、【
「わかった。それで良いからお願い。僕は母様を死なせたくないんだ」
『良いわ。任せておきなさい。じゃあ、今日のトレーニングは終わりって言ったけど、これからもう1セットよ。ユグドラ汁も我慢して飲みなさい』
「うっ、わかったよ。頑張る」
ユグドラ汁が苦手なライトが苦手なのを我慢して飲むと言ったので、ルクスリアはライトの本気度合いを理解した。
その日から、ライトはエリザベスの治療をするため、更に厳しくなったルクスリアの鍛錬に必死に耐え抜くのだった。
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