ユミ③

マコト、マコト、戻ってきて。

マコト、マコト、愛してるの。

マコト、マコト、マコト、マコト…


「ユミ」


「マコト!おかえりなさい!」


ゆっくりと近づいて来ると、マコトは黙ったまま私の両頬をそっと両手で包んだ。

マコトの瞳の中には私の姿がちょこんと写り込んでいる。


「ずっとマコトの事を考えていたよ。」


マコトは私を膝の上に抱き寄せると、頭をなでながらゆっくりと話し始めた。


「朝は、喋り出したユミに驚いて、気持ち悪く思えて、嫌な態度を取ってごめん。さっきまで実花の家に行っていて、思い出した。ユミの事を大好きだった時の事。」


「あの頃はどこに行くのもずっと一緒だったよね。」


うん、とうなずくと、マコトは私を目の高さに持ち上げた。


「リュックサックに入れて背負ってたね。小児喘息で1つもぬいぐるみを買って貰えなかった私のところに来た、初めてのぬいぐるみだったから。丸洗いできるからお風呂も一緒に入った。入院中大好きな看護師さんの名前がユミだったからユミって名前を付けた。その時の気持ちを全部、全部はっきり思い出した。コロッケのおかげで。」


一気に喋るとマコトは、ふふっと笑った。


「コロッケ?私そんなにおいしそうかな?」


「ううん、コロッケって言うのは…」


その時、マコトの腕時計が外の光に反射してキラッと光った。


「待って!マコトのお話もっと聞きたいんだけどね、途中で遮ってごめんなさい。」


「どうしたの?」


「私はあと5分、15時になったら心が無くなるの。」


「心?」


「ぬいぐるみは皆、心があるんだけど、捨てられるときにも心があると辛いでしょう。だから、捨てられる時が皆わかっていて、その前に心が無くなるようにしてあるの。」


マコトの目がいつもより大きく真ん丸になる。


「捨てない。ずっと捨てるわけないから。」


「マコトが修学旅行に行っている間に、マコトのお母さんの友達と3歳の息子が遊びに来て、その男の子に間違えて捨てられるの。ほら、手のひらサイズだからね。男の子にしたら両手サイズだけれど。ギュッとつかんでポイッとゴミ箱へ。」


「お母さんに言っておくから。男の子なんて来ないように、ゴミ箱をちゃんと確認するように。修学旅行なんて行かなくたって良い

。」


「マコト、ぬいぐるみの捨てられる日は変えられないの。もし修学旅行にいかなくても、もしその日男の子が来なくても、私が捨てられる日はその日と決まっているの。」


「嫌だ。やっと、やっとユミと話せたのに。」


ポトン、ポトンと温かい涙が私の身体を濡らしていく。


「さようならが辛いのは、悲しいことじゃないんだよ。一緒に過ごした時間が幸せだったということなのだからね。

さぁ、あと30秒よ。さようならを言って。私の心が無くなったら3時のおやつを食べて幸せをかみしめてちょうだいな。」


イヤだ、と言いかけた口を一回キュッと結んでから、マコトは口を開いた。


「さようなら、幸せだったってこと、ユミのおかげで今気づけた。ありがとう。」


「さようなら、私もずっと幸せよ。ありがとう。マコトと話せて、嬉しかった。」


言葉を言い終わった瞬間に、壁の時計からメロディが流れ、天使が中から出たり入ったりし始めた。マコトの顔がだんだん薄くなって見えなくなり、私だけが温かくて白い光の中に包まれる。


あぁ、気持ちいいな。朝のお布団の中みたいだ。

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