マコト②
吐き出せる息を全て外に出してから、スーッと息を吸い込む。
よし、と気合いを入れるとインターホンに指を置き一気にボタンを押し込む。
ピンポーン
少しだけ後ろに下がり、口角をきゅっとあげて、じっとインターホンのカメラを見つめる。
「はい。まことさんですね。お待ちしていました。どうぞ。」
ありがとうございます、とマコトが言うが早いか、バン!と玄関の扉が開いた。
「いらっしゃい!」
「実花、びっくりした。」
「だって来るかな来るかなーってずっと待ってたんだもん。さ、上がって。」
「ジャスト10時に来たじゃん。おじゃまします。」
「まことさん、はじめまして。」
奥から出てきたのは実花の母だろう。前に近所のショッピングセンターで実花と一緒に買い物しているのを偶然遠くから見かけた事がある。
「はじめまして。本日は突然お伺いしてすみません。これ、つまらないものですが。」
「まぁお気遣いありがとう。さ、上がって下さいな。ゆっくりしていってください。」
「何して遊ぶー?」
「実花の部屋、見てみたいな。ピンクとかフリフリとか凄そう。」
「えー、そんなでも無いけどぬいぐるみはいっぱいあるかもー。2階だよー。行こう行こう。」
部屋の西側の壁には端から端までピンクのカラーボックスが並べて置かれ、その中も上もぬいぐるみに埋め尽くされていた。
「すごい。」
「でしょー。私のお気に入りの子達です。」
「名前つけてるの?」
「ううん、さすがに。あ、でも端っこにいるクマさんはコロッケって言うの。」
綺麗な水色のイルカのかげに、顔が隠れていて見つけるのに数十秒かかった。所々薄汚れて黒っぽくなっているそのクマは、洗ったらコロッケの色になるのかもしれないと思えた。
「おいしそうな名前。」
「子どものときコロッケ好きだったから。出産祝いにもらったらしくて、この中では最年長。それよりさ、聞いてよ。今日まことと話したい話がいっぱいあるの。」
話がしたいと、ユミもそう言っていたことをふと、思い出した。何の話だろう。あの声は普通じゃ無い気がした。少し、切羽詰まったような、固い声だった。もっとも、ユミの「普通」の声がどんな風かわかっているとは言えないけれども。
一度気になるとグルグルグルグル頭の中で「なぜ?」が回り続けるのは悪い癖だ。その後、実花の話を聞きながら、頭からユミの姿が離れない。
「ごめん、やっぱり帰るわ。」
「えっもう?」
「うん、用事があったこと今、思い出した。」
「そうなの。残念だけど、また来てね。」
後少しで実花の父も帰ってくるし、お昼も食べていったらと言う実花の母の言葉を丁重に断り、家へと自転車をこぎ急ぐ。
朝、ユミといる時は実花の家へ早く行くことしか考えていなかったのに今はユミの事で頭がいっぱいだなんて、くそ。
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