ユミ②

「朝ごはんおいしかった?」


マコトは無言で私の方をチラッと見ると、キャスター付きの全身鏡を私との間に置いた。こちらからは着替えているマコトのすらっとした手と足が時々少し見えるくらいで、身体は全く見えない。


「今さら隠さなくてもいいのに。」


鏡が勢いよく動き、壁にぶつかってゴッという鈍い音をたてた。


「何なわけ?何で喋るの?いつもみたいに黙ってて。」


マコトから感情を向けられるのも久しぶりだ。怒りをぶつけられるのはもしかしたら初めてかもしれない。


「マコトと、話がしたくて。」


マコトの話を聞くのが好きだった。


美味しい食べ物や友達、好きな車の話なんかももちろん面白かったけれど、一番好きなのはマコトの作った架空の世界の話だった。


未来の事が何でもわかる占い師の話、夜中に動き出す人形の話、時間怪獣に寝ている時間を食べられる話。ワクワクが止まらなかった。


空想の世界を語る時、マコトの目は一番大きく、キラキラ輝いていた。今私に向けている、刺すような視線とは全然違う。


「頭おかしくなったのかな。」


そう小さくつぶやくとマコトはまた部屋を出ていった。


「いってらっしゃい。」


言葉が空気に紛れて、部屋の中でふっと消えてしまった気がした。こんなにも相手に届かないなら、言葉なんて口に出しても出さなくても同じものなのかもしれない。


でも、伝えなくてはならないんだ。私にはもう時間が無いのだから。

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