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「あぁ、象徴である【トラッペ君】も、さっきまで玄関先にぶら下がっていたよ。ショルダーバックを投げ込んで試してみたんだが、可燃性の液体らしきものが噴出されて一気に燃え上がる罠でね。その際に【トラッペ君】も巻き込まれてしまったようだ。――仲間探しをするにしても拠点があったほうが、なにかと便利だとは思うんだが、また罠が作動する可能性もあるし、どうしたものかと思っていたところだ」
この長丁場を乗り切るためには、拠点となる場所は必要となるだろう。一応、タイムリミットは24時間――日に換算するとたった1日となってはいるが、人間はそんなに長時間行動なんてしていられない。いずれは疲れが溜まるだろうし、疲れはストレスに直結する。ストレスは不満を招き、不満は不和を生む。それを緩和するためにも拠点――帰るべき場所は必要だ。
「もしかすると、この公民館の中にも人がいるかもしれないしな。調べられるところは、できる限り調べたほうがいい。そうでなければ参加者全員と合流なんてできないだろうし」
水落の言葉は大袈裟ではあるが、しかしそれくらいの心構えでいたほうがいいのかもしれないと春日は思う。水落は春日の言葉を律儀に受け、地面に転がっていた物資をショルダーバックの中にしまった。その代わりに、水の入ったペットボトルを取り出す。共通して全員に配られた飲み水だ。
「春日さん、確認するまでもないけど、ここの罠は一度作動してるんだよな?」
水落はそう言うと、ペットボトルのキャップ空けて半分ほど水を飲み干す。どこの誰だか分からないやつが用意した物資をよくも簡単に口にできるものだ――ある意味で感心しながら、春日は水落の動きを見守った。
「あぁ、でなければ私のショルダーバックは今でも無事だったはずだ」
春日が答えると、水落はペットボトルのキャップを閉める。それを公民館の玄関先へと投げ入れた。なるほど、要領は春日のショルダーバックと同じである。水落は水の入ったペットボトルで罠の動作を確認するつもりなのであろう。放物線を綺麗に描きながら飛んだペットボトルは、そのまま何事もなかったかのように公民館の玄関へと転がった。何も起きない。奇妙な液体が噴霧されることも、小さな雷光が走ることもなかった。
「やっぱりな――。春日さん、これは俺の勘なんだけど、恐らく街に仕掛けられている罠は使い切り。一度作動したら二度と作用しない仕組みなんだと思う。だから、ここの罠は大丈夫だ。中に入ろう」
水落は確信したかのごとく大きく頷いた。しかし、春日とて何の根拠もなくショルダーバックを実験に用いたわけではない。少なくとも、それなりの大きさと重さがある物質で動作を確認したほうがいいと考えたからだ。一方、水落が罠の動作確認に利用したのは、水が半分ほど入ったペットボトルだ。重さもなければ大きさもない。それで動作確認とするのは根拠が弱い気がした。
「待った。今ので罠が作動しないと考えるのは危険だ。もしかすると一定の重量があって始めて作動する罠なのかもしれないし、これだけで安全と決めつけるのはやめたほうがいい」
とにかく、罠が何をきっかけにして作動するのか確定していない以上、一度や二度の試験が成功したからといって、むやみに結果を迎合すべきではない。しかし、水落は春日の制止を聞かずに玄関へ向かって足を踏み出す。
「春日さん、気持ちは分かるけど、ありとあらゆる可能性を試していたらキリがない。それに、俺だって馬鹿じゃないから、それなりに根拠がある。ここが安全だっていう根拠がな。それは――」
水落が問題の場所……ちょうど春日のショルダーバックが焼かれた辺りまで歩みを進めた。思わず目をそらしてしまいそうになるが、ぐっと堪えて水落のことを直視した。
「ここにいた【トラッペ君】はもういないってことだ――」
何も起きなかった。問題の場所へと水落が足を踏み入れても、それこそ公民館の扉へと手をかけても、罠は作動しなかった。どうやら水落の推測が正しかったようだ。ただ、なんだかんだで緊張はしていたようで、水落は「あー、寿命が縮んだわ」と漏らし、糸が切れたかのようにへたり込んでしまった。
「さっきも言ったが、若さゆえの無謀な行動は控えたほうがいい」
安堵の溜め息と一緒に吐き出した春日の言葉に、しかし水落は苦笑いを浮かべた。
「だから、一応根拠があるってば。ここにあったはずの【トラッペ君】は、罠に巻き込まれて存在そのものを消したんだろ? これこそが、ここの罠は二度作動しないと思った根拠だよ」
水落の言葉を聞いて、春日はようやく合点がいった。ルールにおいて罠が仕掛けられている場所には【トラッペ君】が設置されることになっている。しかしながら、ここの【トラッペ君】は罠に巻き込まれる形で、その姿を完全に消してしまった。いいや、そもそも【トラッペ君】は罠に巻き込まれたのではなく、最初から罠の作動範囲の中にいたのだ。すなわち【トラッペ君】が燃えてしまったのは偶然ではなかったのだ。
「――【トラッペ君】は言わば罠の象徴。だから【トラッペ君】が設置されているのに罠が仕掛けられていないというのはおかしいし、逆に【トラッペ君】が設置されていないのに、罠が仕掛けられているというのもおかしいということか」
春日の言葉に、へたり込んだまま「あぁ、そんなところだ」と返してくる水落。学生という部類において、そこまで優秀そうには見えないが、しかしそれなりに頭は回るらしい。金髪はどうしても馬鹿っぽく見えるから、やめたほうがいいと忠告してやりたい。
「実は俺、もう他の罠にも引っかかっててさ――。まぁ、完全に不可抗力なんだけど、スタートした地点に罠が仕掛けられてて、壁と壁に挟まれそうになったんだよ。結果、俺はギリギリで脱出したんだけど、スタート地点となった部屋に置いてあった【トラッペ君】は壁に挟まれて部屋に飲み込まれてしまった。そして、一度作動してしまった壁が元に戻ることもなかったんだ。だから、思ったんだよ。罠と【トラッペン君】はセットでなければ矛盾が生じる――ってね。むしろ、一度しか作動しない罠に関しては、作動した罠が【トラッペ君】を巻き込んで、その存在をなかったことにする仕様になっている可能性が高いかもね」
春日は水落のことを少し見くびっていたが、それは間違いだった。つまり水落は【トラッペ君】と罠は必ずイコールでなければならないと考えた。そして、春日の目の前で作動した罠は、作動と同時に【トラッペ君】まで一緒に燃やしてしまった。これにより【トラッペ君】と罠がセットではなくなった。罠が仕掛けられているのに【トラッペ君】が設置されていないということは、事情を把握している春日達だからこそ知っていることであり、他の参加者からすれば話が違う――ルールと違うということになってしまうだろう。
単純に【トラッペ君】があるところには罠が仕掛けられていなければならないし、逆に【トラッペ君】がないところに罠が仕掛けられていることがあってはならない。そう考えると、公民館の罠がもう一度作動していいわけがない。象徴である【トラッペ君】が設置されていないのに、罠だけ作動するのはルール違反だからだ。
このゲームを仕掛けたのが何者なのかは分からない。けれども、ゲームである以上、ルールに反するものは排除されて然るべき。ゲームはルールの上に成り立つものなのだから当然だ。そして、そのルール通りにゲームが進行されるのであれば、すでに【トラッペ君】が燃えてしまった公民館前の罠は、もう一度作動するべきではない。作動してはならない。水落はそう考えたのであろう。
「なんにせよ、これで拠点は確保だ。中に罠が仕掛けられていないといいんだけど」
水落はそう言うと立ち上がろうとする。しかし、本人は強がっているだけで、罠の作動したポイントに飛び込むのは、相当に恐ろしかったらしい。腰から砕けるようにして、水落は改めてへたり込む。
「――時として、結果というものは偶然によってもたらされたりする。今回の場合は君の命が失われていたかもしれないから感心はできないが、一歩前進できたのも事実。良くも悪くも君がいなければ、私はこの場で立ち往生したままだっただろう」
春日は恐る恐ると水落のそばに歩み寄ると、罠が作動しないことを確認しつつ水落に手を差し伸べた。かすかに笑みを浮かべつつ春日の手を握る水落。
「それって、褒められてるってことでいいよな? 遠回しに貶されたりしてない?」
水落につられて春日も笑みを浮かべる。掴んだ水落の手を勢いよく引っ張り上げた。
「都合の良いように解釈してくれて構わない。ただ、私にとっては間違いなくプラスになったとだけ伝えておこう」
春日の手を借りて立ち上がった水落は、なんとか立つことができた自分に安堵したのか、大きく溜め息を漏らしつつ「そりゃ結構なことで」と呟いた。
「さて、中に罠が仕掛けられているのかどうかは不明だが、早速調べてみよう」
春日と水落の二人の姿が、玄関のガラスに映り込んでいる。この公民館が拠点として使えるようになれば、かなりゲームは楽になるはずだ――春日がガラス張りの扉に手をかけた時のことだった。
「――動くなっ!」
ふと頭上から声がした。それにつられて見上げると、二階の窓――ちょうど玄関の真上にある窓から体を乗り出している人影が確認できた。迷彩柄の長袖に迷彩柄のヘルメット。そして、構えたライフル銃らしきものの銃口は、春日達のほうへと向けられていた。
「両手を挙げて、そのまま手は頭の上にっ!」
二階の窓からライフル銃らしき物騒なものを構え、明らかに春日達に対して警戒心をむき出しにしている迷彩服。最初から公民館の中に潜んでいたらしい。
「やれやれ、一難去ってまた一難ってやつか」
両手を挙げつつ呟き落とした水落の言葉に、同じく春日は両手を挙げつつ漏らした。
「心配いらない。このような行動を取る参加者が出るのは想定済みだよ。むしろ、なんの警戒もなく私に近寄って来た君のほうが想定外だったくらいだ」
突如として突きつけられた銃口。身動きの取れない春日と水落。そして、銃を構えた迷彩服。――これが春日と水落の出会いであり、また彼らと
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