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「それにしても、初っ端から俺と――えっと、春日さんの【固有ヒント】が完全に矛盾してるってのも面白い話だな。でも、どっちが本物で、どっちが偽物だかは、どうやって見分けるんだろう?」
現状で考えられる材料はひとつだけ。すなわち、カードに割り振られたアルファベット。春日のヒントが【F】なのに対して水落のヒントは【U】だ。それを見分ける方法は分からない。そもそも、そんな方法があるのかさえ定かではない。
「現時点ではなんとも言えないが、私は各ヒントに割り振られているアルファベットが鍵を握っているんじゃないかと思っている」
ヒントが共有されたおかげで、互いのSGTを見比べる必要もなくなった。自分のSGTに視線を落としながら春日は続ける。
「このヒント一覧に注目して欲しい。君のSGTでもほとんどが【?】になっているだろうが、ここでのポイントは【?】の行数だ」
春日はすでに【?】で埋め尽くされている行数を数え終えていた。その数、自分の【固有ヒント】を1行とカウントして合計すると、ちょうど20行になる。水落と【固有ヒント】を共有したため、現時点で春日と水落の【固有ヒント】が1行ずつ表示され、残りの【?】で埋め尽くされている行数は18行となっていた。合計でやはり20行。行を数え終えたであろう水落が顔を上げる。
「多分、ここに20人分の【固有ヒント】が表示されることになるんだろうな――」
小さく頷く春日。その通り。水落の言う通り、恐らく20人分の【固定ヒント】が表示されることになるのだと思われる。だからこそヒント一覧は全部で20行となるわけだ。それを前提とすると――。
「あぁ、そして上からアルファベット順にヒントが並ぶのではないかと私は考えていたんだ。その証拠に私の【固有ヒント】のほうが、君の【固有ヒント】より上にあるだろ? そして、君のヒントは最後のほうだ。これはSGTが異なっても変わらない。君のSGTでも私のSGTでも、同じように表示されているはずだ。しかし――この推測はあくまでも過去形だと言っておこう。だからこそ私はアルファベットが鍵を握っているのではないかと思っているんだ」
アルファベットがヒントに割り振られた記号に過ぎないのであれば、春日は気にも留めなかったであろう。単なる整理番号と等しいものを気にしても仕方がないからだ。しかし――どうやらこれらのアルファベットは、単純にヒントへと割り振られたものではないらしい。水落の【固有ヒント】がそれを物語っているのだ。
「あの、春日さん。申し訳ないんだけど、俺にも理解できるように噛み砕いてくれない?」
春日としては、これでも分かりやすいように噛み砕いたつもりだった。しかしながら、どうやら水落には伝わっていないらしい。春日は水落が前提を理解しているものだと思って話をしていたが、どうやらもう少しレベルを落としてやらねばならないようだ。
「ならば、ひとつ質問をしよう。君の【固有ヒント】に割り振られている【U】は、アルファベットで何番目になる?」
別に馬鹿にするつもりもなければ見下すつもりもない。けれども、自分がそのような態度を見せていたらどうしようかと心配になる。少なくとも悪気はないのだが、ごく普通に話しているつもりでも、相手を不快にさせてしまったことが多々あった。なんというか――やはり他人とのコミニュケーションというのは、相手の心が全く見えないから苦手だ。こちらにそんなつもりはないのに、悪く受け取られてしまうこともあるのだから。
指を折りながら少しばかりメロディーチックにアルファベットを口にする水落。恐らくはABCの歌を頭の中で流しているに違いない。
「……21番目だ。そうか【A】から順にアルファベットが割り振られているだけなら、21番目になる【U】が使用されることはない」
水落はようやく、春日の言いたいことを察してくれたようだった。
「その通り。単純にアルファベットが【A】から順に割り振られているのであれば、使用されるアルファベットも【U】の直前の【T】までのはず。理由はいたって簡単。20の【固有ヒント】にアルファベットを順に割り振るなら【A】~【T】までで事足りるからだ。よって【U】が使用されているのは明らかに不自然であり、だから何かしらの意味があるのではないかと思っている」
春日の言葉に水落は唸りながら首をひねり、しまいには黙ってしまった。まだ今の状態では情報が足りない。例え春日の推測通り、割り振られたアルファベットに意味があるのだとしても、水落と春日の【固有ヒント】だけでは、考えられることにも限りがある。
「なんにせよ、俺達二人の【固有ヒント】だけじゃ何も分からねぇなぁ。どうして俺の【固有ヒント】に割り振られたアルファベットが、本来使用されるはずのない【U】なのか――。まだサンプルが足りないっていうか、今の段階ではどうにもならないというか」
水落はわりかし物分かりがいいというか、それなりの理解力を持ってくれているから助かる。なにをすべきなのかを見据えているようだし、その思惑はどうであれ、仲間を欲していることであろう。もちろん、春日だって仲間を欲していた。ただし、それには明確な根拠とそれなりの理由がある。人間特有の群れたがる性質は、人嫌いの変わり者には備わっていなかった。
「あぁ、だとすれば私達がやるべきことはひとつだけ。他の参加者と可能な限り合流し、そして【固有ヒント】を集めてサンプルを増やすことだ。サンプルを増やせば増やすほど、どのヒントが本物なのか見極める材料が増えることになると私は考えている。もし良かったら力を貸してくれないか? 一人より二人のほうが、なにかとプラスになるはずだ」
春日の言葉に同意するかのように頷く水落。このゲームは基本的に他者と争う必要のないゲーム。むしろ、他者と力を合わせるべき仕様になっている。もちろん、他の手段を取ることもできるが、春日は可能な限り平和主義でいたかった。そう――正攻法では通用しない参加者が現れることも考慮して、力になってくれる仲間を一刻も早く作っておきたかったのだ。
「もちろんだよ。むしろ、一人でこんな変な街に放り出されて、正直なところ不安だったんだ。とりあえず一緒に他の参加者とやらを探そうぜ」
握手はついさっき交わしたばかり。まだ水落という男がどんな男なのか分かったわけではないが、話した限りではそこまで危険をはらんでいるようなタイプではなさそうだ。ややチャラチャラとしているような雰囲気はあれど、ごく一般的な思考の持ち主であろう。彼と行動を共にしても、大きな問題にはならない――春日はそう考えていた。
「それにしても、春日さんはこんなところでなにをしてたんだ? それに――ショルダーバックは支給されなかったのか?」
地面に転がる食酢をはじめとした物資に視線をやる水落。彼はしっかりと支給されたショルダーバックを肩からかけていた。
「いや、ついさっきまで私も持っていたんだが――見てくれ、あのざまだ。もしよければ、私の物資は君のショルダーバックの中に入れてもらえると助かる」
春日は溜め息を漏らすと、真っ黒になってしまったショルダーバックの残骸へと視線をやる。つられるようにして水落が黒焦げのショルダーバックを見つけた。
「――もしかして、ここに罠が?」
真剣な面持ちの水落に対して、春日は小さく首を縦に振った。
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